クラピカの場合

………もうこの企画に関しては何も言うまい。
相手が男じゃねえか!新婚ってどういうことだ!とかツッコむのはやめる。

、朝だ。そろそろ起きろ」

ベッドの中で葛藤していた俺にかけられたのは、クラピカの声。
布団から顔を出してみると、ラフな格好をしてエプロンをつけた伴侶(?)がそこに。
朝日を受けた金髪はきらきらとしていて、いつものことながら美人だなーと思う。
じーっと見つめていたせいか、クラピカが首を傾げた。

「寝惚けてるのか?」

ベッドに手をついて俺の顔を覗き込んでくる。
ああ、やっぱり綺麗だよな。初めて会ったときは美少女だったし。
いまはしっかり男になってきたけど、それでも中性的であることに変わりはない。
でもそういうこと言うと怒るだろうから、黙っておこう。

まだぼんやりしてる俺の髪を優しくかき分ける手。あ、このまま寝そう。
うとうとする俺に、起きろと苦笑の混じった声。それから、おでこに感じる温もり。
ぱちりと目を瞬くと、少し頬を赤くしたクラピカが食事もできてると言い逃げしていった。

「………朝の挨拶?」

おでこを触りながら、俺はようやく身体を起こす。
開けたままにされたドアの方からは、確かに良い香りがしてくる。
朝なんだなぁ、と穏やかな気持ちで感じながら。ちょっとだけ考え込む。
………おはようのキスって、男同士でもありだっけ?外国ってどうなの、俺わかんない。
こういう場合、キスで返してあげるべき?日本人の俺としてはものすごーく抵抗あるけど。

…でも、クラピカ相手ならできる気がする、と唸った。

ベッドから抜け出して寝間着から普段着に着替え、リビングに顔を出す。
おお、なんておいしそうな朝食が!
起きてきたらご飯ができてる、って幸せだよなぁ。ちょっと泣きそう。

「クラピカ、手伝うことは?」
「そこにあるものを運んでくれ。それでだいたい…」
「?」

振り返ったクラピカが俺を見てちょっと吹きだす。
なんだろうか、と不思議に思ってると白い手が伸びてきて俺の髪に触れた。

「寝癖。直さずに出てきたのか」
「…あぁ。出かけるわけでもないし、いいかと思って」
「身だしなみは大切だぞ。食事を終えたらきちんと整えるように」
「わかってる」

こういうとこはクラピカお母さんみたいだよなー。ご飯作ってくれるし。
あ、いまなら朝の挨拶して大丈夫かな。俺だけしてもらうってのも悪い。
そう思って、もともと近くにあったクラピカの頬にキスをひとつ。
うん、すげえ緊張する。外人ってすごいよな、なんでこういうことストレートにできるんだ。

「…っ……
「うん?」
「………、………………なんでもない。冷める前に、食べよう」
「あぁ。いただきます」

なんかちょっとぎこちない空気が漂ってるのは、俺が緊張しちゃってるせいだろうか。
それを見なかったことにしてくれるクラピカに感謝して、朝食にありつく。

………本当にもう、ひとが作ってくれたご飯ってなんて美味しいんだろうか。





「朝からご機嫌ね、クラピカ」

かけられた声に我に返ると、センリツが書類を手に微笑んでいた。
彼女とも長い付き合いになる。暴走しがちな私をセーブしてくれる、貴重な仕事仲間だ。
最近では仕事も平和なもので、戦闘よりもこうした事務処理が主になってきている。
同胞の眼も確実に取り戻せているのは、センリツやの協力あってこそだ。

「そういえば、明日から休みをとるんだったわね?」
「…あぁ、少し里帰りをしてくる」
と?」
「そのつもりだが」
「なら安心」
「?」
「悲しい記憶のある場所でも、あのひとが一緒にいてくれれば大丈夫でしょう?」
「センリツ…」

ひとの心音を聞くことができ、それによって相手の想いを感じ取れるセンリツ。
彼女には出会った頃から今まで、本当にたくさんのことを見抜かれ助けられてきた。
こうして優しく穏やかに見守ってくれる仲間に、私は心から感謝している。

「それで?朝からご機嫌な理由は?」
「…そ、それはいまは関係がないだろう」
「あら、あなたがやっと捕まえた幸せだもの、聞いてみたいのよ」
「馬に蹴られても知らないぞ」
「ふふ、ご馳走様」

本当に、何もかもを見透かされているようでまた頬が熱くなる。

いまにも消えてしまいそうな存在を、ようやく捕まえられたと思う日々。
何があっても、最後にはここへ帰ってきてくれる。そう信じられるようになってきたのは最近だ。
寝起きの無防備な姿を見せてくれるようになったり、キスをくれたり。
優しさは昔から変わらないが、の本当の姿に少しずつ近づけているような気がする。

仕事が終わる頃、迎えに行くよ。
そう言って送り出してくれたの声は、常よりも穏やかだった。

活力がわいてくるような気がして、さっさと仕事を終わらせようと背筋を伸ばす。
今日の業務を終えたらそのまま故里へと出発だ。
まだ全てが集まったわけではないが、緋の眼を同胞の眠る地へ届けるのが目的。
一緒に行く、とに言われたときには戸惑ったが。嬉しくもあった。

全てを失い、さまよっていた私。
そんな頃、ほのかな光を見させてくれたのがだ。
きっとあのとき出会えたから、私はいまここにいられる。

「さ、これで今日の仕事はおしまい」
「え。しかし、まだ」
「あとはクラピカじゃなくても片付けられるわ。ほら、迎えよ」

センリツが示した方向へ振り返ると、歩いてくるの姿が見えた。
自分の身体が引き寄せられるような、そんな感覚を覚えて。

「……センリツ」
「なに?」
「…感謝する」
「いいのよ。お土産、期待してる」
「あぁ」

頼りになる同僚の笑顔に背中を押され、私を待つパートナーのもとへ。
もういいのか?と尋ねてくる瞳は細められ、微笑んでいる。
大丈夫だと頷いて歩き出せば、当然のように隣に並ぶ温もり。

あのとき、出会えた。だから、ここにいる。

そしてきっと、これからも。





ご馳走様です。

[2012年 6月 23日]