平然とぶっとんでるのはさすがというべきか。
[2012年 6月 24日]
「あの、キキョウさん」
「あらさん、私のことは義母さんと呼んでくださって構いませんのよ」
「………………イルミの結婚相手が男、ってことに突っ込まないんですか」
「跡取りはキルがいますから、問題ないでしょう。我が子の恋愛は見守る派です」
「………………」
誰か、誰かー!!これは恋愛なんてもんじゃないってこのひとに説明したげてー!!
「ふふ、娘とこうしてお台所に立つのが夢でしたの」
「………義息子なんですが」
「さんがねこなのでしょう?」
「………何の話ですか」
「ふふふふふ、照れなくてもよろしいのに」
だから何の話!?なんでそこでキキョウさんが顔赤くして恥ずかしがるわけ!?
俺は現在、ゾルディック家のひろーい台所にて鍋をかき混ぜているところ。
キキョウさんはイルミのために作ってるんだと思い込んでいるが、これは俺の食事だ。
…ゾルディック家の料理なんて食べられない。毒が入ってる可能性があるんだから。
どうしてだかここが俺の家になってしまい(本当にどうしてだ)
仕事や遺跡巡りのとき以外はここで寝泊りするため、食事は自分で作ることにしていた。
それが一番安全なのである。命を守るにはそれしかない。
よって、俺がいま作ってるのは俺個人のもので。キキョウさんは別に家族用の食事を作ってる。
いやー、すごいよ、さすがゾルディック家。包丁の使い方が尋常じゃない。
「母さん、ここに………あ、いた」
「あらイルミ、おかえりなさい。仕事は終わったの?」
「うん」
ひょっこりと真顔のまま顔を出したのはイルミ。俺をこの家に押し込めた犯人だ。
料理中だったんだ、と抑揚もなく言ってのけたイルミは俺の後ろに。
………背後に立たれるの怖いからやめてくださる?と俺は横にずれる。
すると当然のように隣に並んで、味見していい?と小首を傾げられた。
断れるはずもなく、俺は小皿にちょっとだけ盛って渡す。
「うん、おいしいね」
「それは良かった」
「ふふ、イルミは幸せ者ね。こうして料理を作ってくれるお嫁さんをつかまえて」
「うん」
「いや否定しろイルミ。俺がお嫁さんはおかしいだろ」
男!俺、男!!
必死に目で抗議してみると、イルミはぱちぱちと目を瞬いた。
「え、じゃあ俺がお嫁さん?」
そういうことじゃねえよ!!!
「けど俺、家事できないから。あ、もしかして疲れとか出てる?」
「そうねぇ、ここへ嫁いでから毎日頑張ってくれているし。たまには羽を伸ばしてもいいのよ?」
「………なら、この家から出たいんですが」
「旅行?母さん、ハネムーンに良い場所って知ってる?」
「あら、お父様と行った場所にする?あそこは素敵だったわ」
なんでハネムーンなんだよおおおぉぉぉぉ!!!誰か、ツッコミを!!くれ!!
この家を出られることさえできれば、俺は幸せなのにっ。平穏をくれ、平穏を!
「ー、なんか食うもんない?」
そして今度はキルアが顔を出した。ああ、俺の癒しが…!
イルミがいることに気づいて、キルアは顔を顰めたけど見ない振り。
そのまま俺の傍までやって来たキルアの手は誰かを引っ張ったまま。
…と思ったら、あれ。
「アルカも来たのか」
「あい」
キルアの可愛い妹アルカが、俺を見上げてにっこり笑う。くーっ、可愛い!
イルミとキキョウさんが微妙に難しい顔をしてるけど、俺は構うことなく。
アルカの黒髪を撫でて、ふたつ分のゼリーを冷蔵庫から取り出す。
キルアの弟なんだか妹なんだかよくわからないけど、可愛いからよし。
色々と妙な能力があるらしいが、キルアと一緒のときはそれに怯える必要はない。
二人で仲良く食べろよ、とスプーンも渡すとはーいと二人の良い返事。
そのまま手を繋いで台所をぱたぱたと出ていくちびっ子たち。
………いいなぁ…できれば俺、あっちに混ざりたい。
「アルカはによく懐いてるね」
「キルアが俺に好意的だから、真似てるだけじゃないか」
「ふうん」
素っ気なく返して、イルミは鍋をぐるぐるかき混ぜている。
うん、そろそろ完成かな。よーし、ようやく俺の夕飯が完成だ!
が俺のものになって、割と毎日が楽しい。
母さんもすごく楽しそうにしてるし、茶飲み仲間ができたってじいちゃんも言ってたっけ。
親父とは骨董品とかの話題で盛り上がったりもするらしいし、ミルキとゲームしてることもある。
ってなんでも幅広く知ってて、そこはすごいよね。
何より俺としても嬉しいのは、キルがこの家にいる頻度が高くなったこと。
アルカのこともあるから、当然ではあるんだけど。の存在は大きい。
「………イルミ、風呂入ってきたらどうだ」
「何で?」
「血の臭いがする」
「あれ、そう?返り血は浴びてないはずなんだけど」
仕事をしてきた後だから仕方ないかもしれない、と鼻をくんと利かせてみる。
俺はよくわからないけどは気になるらしい。ならまあ、風呂に入ってこようか。
「あ、も入ろう」
「…何で」
「疲れてるんでしょ?マッサージしてあげるよ」
「…マッサージ」
「先に風呂で身体ほぐして。あ、嫌なら針治療でもいいけど」
「入る」
針を向けられることを極端に嫌がるは即答。
まあ、俺の仕事道具でもあるわけだから、そりゃ受け入れにくいよね。
俺たちみたいな人間は、他人に凶器を向けられると自然と身体が緊張する。
これはもう性分みたいなものだから、そうと頷いて一緒に温泉へ向かった。
今日一日の汗を流して、よく働いたと満足する。
風呂から上がった後はが俺の髪を乾かすのが恒例。
ストレートすぎるだろ、と髪を梳かしながら呟く声が聞こえてきた。
これけっこう面倒なんだよ、結びにくいし。すぐ顔に髪が流れてきて邪魔だし。
「はい、。そこに横になって」
「………温泉で十分疲れはとれたからいい」
「マッサージするって約束したよね」
「それを了承した憶えは」
「俺からの感謝の気持ちだよ」
家族の相手をよくしてくれるし、仕事上でも手伝ってもらってる。
それにもうもこの家の人間なんだから、感謝とか愛情はきちんと示さないとね。
遠慮しようとする嫁(婿?)をベッドに転がして跨る。
さて、どこが凝ってるかな。針を使わないとなると普通にマッサージするしかないけど。
精孔を確認して、オーラの具合が悪そうなところを重点的にやればいいか。
このままでもいいんだけど、邪魔だから上は脱いでもらおう。
「………おい、イルミ」
「うん、すぐ終わるから」
そこでようやく諦めたのか、が溜め息と共に全身の力を抜いた。
じゃ、始めるよ。
すぐに終わると思ったマッサージだったけど。
全身まんべんなく疲れが溜まってたらしいの身体を解すのは時間がかかって。
また汗をかいちゃったから、もう一度風呂に入ることになったっていう。
恨みがましい目で見られたけど、いいじゃない。
マッサージ後でぐったりの君を、俺が風呂に入れてあげたんだから。
平然とぶっとんでるのはさすがというべきか。
[2012年 6月 24日]