なんかもう…すいません。
[2012年 6月 24日]
深い深い底にまで沈んでいた意識が浮上する。
ゆっくりと瞼を押し上げると、カーテンのわずかな隙間から差す朝日。
……もう朝か、と時計を確認しようとしたんだけど。………なんでか動けない。
あれ?と眉を寄せて状況を確認しようとしたら、ぐっと腰を強く抱き寄せられた。
背後から。
「…まだ起きるには早いよ」
そんでもって、耳を、噛まれながら、なんか囁かれ、た。
背中にぴったりと感じるのは、もしやこれは、誰かの胸板でしょう…か。
そして俺の腰を抱き込んでいるのは、背後にいる誰かの腕ってことなんですか、ね。
「どうしたんだい?寝ぼけてるなんて、珍しいね」
ねっとりと絡みつくような声と、特徴的な笑い方。
も、ももももももももし、や。もしや、俺の背後にいるのは…!!
「おはよう、」
「ヒソ…」
反射的に飛びのこうとした俺の身体をベッドに押し付けて、あろうことか。
…あろうことか……き、ききききききキスだと…!?
何してくれてんだてめえええぇぇぇぇ!!そんでもって、なんで俺もお前も裸なんだYO!!
素顔なぶん、まだ怖くないけどっ。でも男にキスされる趣味は俺にはねえよ!!
ようやく口を解放されて酸素を吸い込むと、楽しそうに目を細める変態。
ヤバイ、このままだと俺殺される。
「…離せヒソカ」
「嫌だって言ったら?」
「いいから。もう朝だ」
「ウーン、でもボクはもう一度キミを食べちゃいたいんだよね」
俺がいつ食べられた!?
ああもういいからどけ!!と渾身の力でヒソカを押し返す。
別に本気で押さえつけようとはしてなかったのか、割と簡単にベッドに転がるヒソカ。
にやにや楽しげに俺を見上げてるのが相変わらずキモチワルイ…。
とりあえず服だ、服。
ベッドを抜け出してクローゼットに。着替える間も視線が痛い。
「ヒソカ」
「うん?」
「何食べたい」
「」
「朝食の話だバカ」
「キミが作ってくれるなら、なんでもイイヨ」
また一番困る答えを貴様…!!卵かけご飯にでもしてやろうか。
いまだベッドでごろごろしてるヒソカを睨んで、俺は寝室をずんずんと出ていく。
………っていうか、なんでヒソカと朝を迎えてんの俺?
新婚生活っていうコンセプトを否定するのも疲れてきたけど。
(!?)をつけりゃいいと思ってんのか管理人…いつか覚えてろよ。
ヒソカに朝飯を食わせてから、俺はそのまま外出。…当然のようにヒソカもついてきたけど。
なんでだか今日はメイクをせず素顔のままだ。おかげでイケメンと並ぶことになり、疲れる。
ホント、こうしてりゃ格好良いのになー、もったいない。
…いくら美形でも、溢れだす変態オーラは消せないんだけどな。あ、猫が逃げた。
「…ヒソカは今日は暇なのか」
「ウン。せっかくキミがいるんだし、ボクもオフにしようと思って」
ご機嫌なヒソカの言葉は、俺からすればいらん世話である。
いいよ別に。ひとりで青い果実のところにでもいけよ、ゴンやキルアたち以外のとこな!
クロロとやりあってりゃいいじゃん、もしくはイルミ。俺は止めないよ。
「なら、夕飯もお前いるのか」
「当然」
「………よし」
「?」
立ち止まった俺にヒソカも足を止めて首を傾げる。
俺はそんなヒソカを見上げて、びしっと人差し指を立てた。
「今日の夕飯、お前が作れ」
「ボク?」
「いつも俺ばっかり作って不公平だ。お前だってたまにはやれ」
「…のように上手くはいかないと思うんだけど」
「器用なんだから、やればできるだろ。簡単なメニューなら作れるんだろ?」
ハンター試験でだって、けっこう器用に作ってたはず。スシでは、なかったけど。
食材を買うべく行き先を変更する俺に、ヒソカは肩をすくめながらついてきた。
…うん、これは作ってくれるってことだな。よしよし、なら俺は夜はのんびりできる。
読みかけの本があったから、料理と後片付けはヒソカに任せて満喫しよう。
まさか料理をおねだりされるとは思わなかったよ。
ひとりで過ごす時間は多かったし、他人を信用できない場所では自力で作るしかない。
だから料理も最低限はできるんだけど、それは本当に最低限のレベルなんだよねぇ。
そんなのでも食べたいと思うものなのかな、と食べ終えた皿を洗いながら首を捻る。
決して上等な料理ではなかった。
なのに彼は最後までたいらげて、ご馳走様でしたと丁寧に頭を下げることまでして。
ちらりとキッチンからリビングを覗いてみる。
はソファにごろりと寝そべりながら読書中。
ウン、ああいう自然体の姿が見られるっていいね。
およそ一般人とは呼べないボクたちのような種類の人間の中にあって。
さらには特殊な人間。ボクに言えたことじゃないって?それとはまた違うのさ。
ひとと関わることを呼吸するように避ける。危機察知能力がとんでもなく高い。
そのくせ、キルアやゴンたちに対しての接し方は一般人よりも優しいときがあるし。
アンバランスなところがこちらの興味をそそる。
強いのに、脆い。強烈な存在感を持っているのに、いまにも消えてしまいそう。
ああ、考えるだけでゾクゾクしてきちゃうよ。
「………ヒソカ」
「何だい?」
「…皿、ヒビ入ってる」
「あぁ、ごめん。つい力が入りすぎちゃって」
文字を追ってたはずのの目が、いつの間にかボクを見てた。
こうした些細な変化も目ざとく気づくのが彼。でもすぐに視線を戻しちゃった。
そういう素っ気ないところも好きなんだけど、と最後の皿を棚に戻す。
「終わったよ」
「お疲れ様。コーヒーでも淹れるか?」
「それは嬉しい申し出だけど、ボクとしてはそろそろお風呂に入りたいね」
「…湯ならもう溜まってると思うけど」
「なら一緒に入ろうか」
「狭いだろう」
「別に問題ないよ。密着できていいしね」
「………。………さ、俺はコーヒー飲むか」
ボクの提案を無言で却下してキッチンに入っていっちゃう。
残念、と笑いながらまあいいかといまは大人しくしておく。
が入ってるときに、後からお邪魔しちゃえばいいんだしネ?
なんかもう…すいません。
[2012年 6月 24日]