ランチを食べに近くに来た人たちがわざわざ僕の店にデザートを食べにくる。
 それはとても有難いことで、とても嬉しい。
 ランチの店でもデザートは出しているから、そういうことをするひとは、本当に貴重。
 午後のお茶の時間よりは早いその時間帯は、いつもそこまで込み合うことはない。
 こういうときに、きちんとご飯を食べておかないと、ひとが多くなるとしんどいからね。
 取り敢えず、いまのところなにもなさそうだし、イリカに昼食を勧めた。
 完全なる交代ではないから、フロアの様子も見ながらの昼食。
 慣れないとそわそわしたりするものだけれど、いつもの穏やかな時間が過ぎている。

「わぁ、今日はラタトゥイユなんですね」
「うん、久々に野菜を採ろうと思って」

 普段から調理はするけど、自分のための調理はあまりしない。
 ここの調理場では、本当にケーキとかしか作らない。
 コンポートやカスタードを煮るためのコンロと鍋はあるけど、料理用って置かないから。
 臭いが移ったら嫌だから、二階の自分の部屋で煮炊きしてきた。
 チョコレートを包んだクロワッサンに、昨日から鍋に作っておいたラタトゥイユ、それからフルーツ。
 バランス悪くはないでしょ?
 僕ひとりだったら質素な食事でも良いけど、年頃の女の子がいるし、何より相手の身体を考える。

「しっかり噛んで食べてね」
「はい。いただきます」

 紅茶を飲みながら、僕も休憩。
 イリカが食べている間に何かあればすぐにフロアに出られるように。
 まぁ、この時間にフロアにいるのは常連さんだけだから、問題ないでしょ。
 昼食をとっている彼女の身体はちょっと特殊で、エネルギーがたくさん必要だから、本当にそれは考えている。
 カロリーだけなら、ケーキでたくさん補充できるけど、他の栄養素も必要だからね。
 お家ではちゃんと料理人がバランスの取れた食事を出してくれているだろうけど、一日の大半はここで過ごしているから。
 せっかく許してもらっているのに、ここにいるせいで彼女の体調が悪くなった、なんてことになれば、働けなくなるかもしれない。
 そうすれば、この子はまた、ひとりで泣くのだろう。

「ん、あれ」

 珍しく店じゃなくて僕の携帯が鳴る。
 ディスプレイを見てみれば、『無料奉仕』の文字。つまりはシャンキー。
 僕がいつもシャンキーの大事な医療機器壊すから、無料奉仕しなきゃいけないんだよね。
 この店に息抜きに来ても、お金はもらわない。
 病院へ出張調理をしにいっても、お金はもらえない。
 そんなシャンキーでもこの時間は普段携帯には出ないから、いつもは店の方にかけてくるはずなのに。

「なんだろ・・・・・・もしもし?」

 休憩中だったから、たまたま取れたけど、今のタイミングじゃなきゃとらなかったよ?
 耳にあてれば、久しぶり、と少し気忙しい挨拶。

『単刀直入なんだけどお願いがあって』
「うん、何?」
『イリカ嬢の細胞、使わせてくれ』

 ・・・・・・・・。
 これは、なにかあったんだ。
 珍しく、お茶らけている様子もなく、まっすぐに言葉が届く。 

「・・・・・・・どうしたの?」

 真面目なシャンキーは、いつもの余裕がないとき。
 本当はすごく頭がいいのに、頭が悪く見えるほど普段は真面目にしない。
 真意がどこにあるのか、長い付き合いの僕にさえよく見えないこともあるくらい。
 どこまで本気なのか、それが図りづらい。
 そんな彼が、ここまでストレートにものをいうときは、本当に危ない。

 短く端的に理由を説明してくれる。
 でもこればかりは僕が判断していいことではない。

「イリカ」
「店長?」

 ちょっと待っててと携帯を口元から離してイリカを見る。
 いつもとは違う僕の様子に、イリカは少しだけ緊張していた。

くんが瀕死状態だって」
「え」
「怪我がひどくて、彼ひとりの力じゃ、ちょっと無理みたい」
「あの、どうしたら」
「シャンキーが君の細胞使わせてくれないか、って」

 以前の健康診断で彼女の細胞を採取したことは、知っていた。
 本人の意志に背いた使用はしないから、とその言葉にイリカは嬉しそうに笑っていた。
 いままでなら、採取に同意は必要なくて、勝手に培養されて、どこの誰ともわからない誰かを助けるために使われていた。
 助けるだけじゃない。大きなお金が動くことだから、ビジネスだった。
 そこに彼女の意向はどこにもない。

「店長」
「嫌なら無理しなくていいよ」
「違います。先生に伝えてください。絶対にさん助けてください、って」
「うん、わかった」

 強くなったなぁと微笑ましく思って、携帯を元に戻す。
 彼女からの伝言を伝えると、シャンキーは自信満々に『もち』と返してくれた。
 大丈夫、シャンキーの腕は信じてる。

「店長、あの・・・・・・」
「うん、わかってる。僕も一緒に行くよ」

 今日は早めに切り上げよう。
 彼のこと、心配だしね。





「ごめんくださーい」

 誰も出てこなければ、忙しいということだろうから、キッチンに勝手に回ろうかと考えたけれど、取り敢えず声をかける。
 目の前にあるパッと見普通のシャンキーの病院は、お金の出所が普通と違う。
 お金がたくさんある富豪層からはぼったくり、貧困層からは無料で治療を提供している。
 あるところが出せ、っていうスタンスなんだよね。
 お金があるところが出すのはいいことだし、それくらいでその家が傾くようなら、最初からそれまでの家だということ。
 そこから取らなかったら、無料奉仕分完全な赤字だもんね。
 ちなみに僕はちゃんと払ってるよ。定額を。
 そして更にシャンキーのうちでの飲食費を払ってるよ。
 出張調理なんて、シャンキーに頼まれなきゃやらないよ。

「あ」

 様子を見に出て来てくれたのは、くんと仲のいい銀髪ツンツン少年。
 見た目だけかと思えば、性格も割とツンツンしているんだよね。
 そしてケーキを前にするとデレデレしてとても可愛い。
 俗にいうツンデレってやつじゃないかな。ユっちゃんと一緒。
 まぁ、ユっちゃんはこの子みたいな可愛らしいデレ方しないけど。

「あぁ、君も一緒だったんだ。くんの様子はどう?」
「まだ手術中だけど・・・・・・なんでケーキ屋の店長がここに?」
「うん、イリカが心配してたみたいだから」
「て、店長!」
「でも君の顔色を見ると、なんとか手術は上手く行きそうってことかな」

 なぜか慌てるイリカを落ち着かせながら中をのぞく。
 君がくんのこと心配しているだろうことなんて、この子にもお見通しだと思うよ?
 常連さんが怪我したら、心配するのはイリカの性格だし。
 怪訝そうな表情をする少年に、僕は苦笑する。
 仕事投げ出してきて、プロ意識はないのか、って表情。
 早じまいしたことを告げれば、少しだけ緊張を解いてくれる。

「ちょっと今回は事情が事情だし、シャンキーと話しておきたくて」
「・・・・・・?ここの医者と知り合い?」
「うん」

 あ、そうか。この子は僕たちの関係知らないのか。
 当然といえば当然か。
 夕飯の支度をしていたのだろうか。外まで香っていたスパイスに、見当をつける。
 手伝うことを申し出れば、先導してくれた。ここの造りは一応知ってるけれど、少年の行動が嬉しくてそのまま。
 シャンキーの秘蔵っ子と少年とで作っていたらしいカレーを見て、目を細める。
 心配で、心配で、仕方なかっただろう。
 調理に専念すれば、それなりに心は落ち着くものだから。
 備え付けの調理器具と、持ってきた僕専用のものを準備して、手を洗う。
 味見をしてもらいながら作るのは、とても楽しいよね。

 大手術で疲れ切っているだろうシャンキーにお酒のゼリー。
 大量に持ってきた材料で甘いものも準備。カレーだからサラダもいるよね。
 くんが起きたら、甘いものあげたいから。
 みんなが哀しくなりませんように、倖せになれますように。
 願いを込めて、鍋を振るった。
 




 

「シャンキー、生きてる?」

 ノックもせずに扉を開けて中を覗き込む。
 ユっちゃんがゆっくりと驚いた様子もなく視線をこちらに向けると、そのまま指を簡易ベッドの方に指す。
 笑って頷くと、また視線を本に落とすユっちゃんが座っているのはシャンキーのデスク。
 院長の椅子というだけあって結構いい値段がするらしいそこは、前に座ったけれどとても心地よかった。
 主は横になっているのだ、誰が使っても構わないだろう。
 そんなことを思いながらワインセラーへと足を向ける。
 弱ったシャンキーには特効薬と呼べるものがある。
 普通の食事よりも、お酒で回復できるなんて人間としては問題だし、医師としても問題だけれど。
 特殊な鍵を開けると、一番度数がきつそうなものを選ぶ。
 価値は低くていい。味も気にしない。まぁ、ここにあるのは美味しいものだと確定しているけれど。
 いまは取り敢えずきついアルコールを選ぶ。
 栓を抜いて香りを楽しむこともなく、差し出されたユっちゃんの手に置けば、そのままシャンキーの口につっこまれた。
 
「むぐ!?」
「さっさと飲め」
「・・・・・・っぷっは!!ちょ、ユリエフくん、気管に入ったらどうすんだ!」
「そのまま死ね」
「ひど!?ラフィーくん、いまのひどくない!?」
「ユっちゃん照れ屋だから」
「照れ屋で殺されたくない、俺」

 いつものやり取りに口角が上がる。
 気管に入らないようにユっちゃんは工夫しているし、シャンキーもそれは理解している。
 少しだけやり方が乱暴なだけ。
 照れ屋なユっちゃんは、シャンキーを素直に気遣うことはないし、それでもやはり心配はしている。
 気を許した相手だから、これくらいで信頼が揺るぐことはない。
 じゃれ合いのようなやり取りが微笑ましくて、ベッドで身体を起こしたシャンキーにゼリーを渡す。
 スプーンを手渡してやれば、きらきらした笑顔を向けてくるので、ユっちゃんにもあげたことを教える。
 途端につまらなさそうな表情をするけれど、口に含んだ途端わかりやすく表情が緩む。
 このわかりやすさは、長年の付き合いの中でみつけたシャンキーの長所。
 何考えてるのかわからないことが多いけれど、好きなもの、美味しいものを食べたときは本当に素直でいい。
 好物をお礼にすれば、大体次も我儘聴いてくれるから。

「オーラが尽きた俺を満たすのは酒!」
「アル中か、最低だな」
「医師免許剥奪されないようにね」
「・・・・・・二人ともひでー・・・・・・」

 酔っ払うことなんてそうそうないとは思うけど、医者の不養生とか笑えないよ?
 急患が来たときに、酔っ払ってて医療ミス起こしたなんて、それこそ医師免許なくなるはずだし。
 お酒がシャンキーを助けてるのは知っているから止めはしないけど、ほどほどにしなきゃ。
 強いとはいっても僕と違ってシャンキーは酔う時は酔うんだから。
 それでもじっと恨めしそうにこちらを見つめる赤い瞳。
 シャンキーはこの瞳の色が嫌いだといっていたけど、僕は。

「・・・うん。シャンキーの目って、本当においしそうだよね」
「・・・・・・食べても実際にはおいしくないと思うよ?」
「むしろこいつの馬鹿が移るからやめておけ」
「うん」
「否定、否定しようラフィーくん、そこは否定しよう」

 思ったことをそのまま口に出せば、まっすぐな答え。
 そこにユっちゃんの変化球が加わる。
 実際、シャンキーのいい加減なところが移ったら困るから。
 アレンジの範囲内で効かないミスはしたくないよ。膨らまなかったら困る。
 病院で薬の量間違えても、ある程度ならあの子が指摘してくれるだろうけど、まだイリカには僕のミスを指摘するのは早い。
 調理を任せていないからね。興味があれば、少しずつでも教えようかと思うけど、そうするとフロアがね。
 接客は嫌いじゃないけど、大ボスは最後に出た方が効果的でしょ?

「くー・・・・・風呂入って寝るかな。あ、色男のお連れさんたちはどうした?」
「いまは全員合流して、病室で付き添ってるみたいだよ」
「メイサたちは女で集まって話してたな」
「いいねいいね、女の子が集まるって目の保養」
「・・・しかし、女連中の集まる部屋より男連中の集まる病室のが騒々しい」
「個性的だからねえ、色男のお仲間は」

 ホント仲良しでいいよね。
 いつかは、あの4人も、付かず離れずの関係になるんだろう。
 空いた食器を片付けながら、明日のことを考える。
 取り敢えず、栄養のとれるもの、作ろうか。
 目が覚めるまでは、傍にいたいと願うあの子のために。






一周年記念の話を、店長視点で書いて下さいました!
くうー!すごく幸せ!ありがとうございます、海梨さん!!

[2012年 6月 24日]