さんと一緒になって、1ヶ月が経った。
マンションまで買って暮らしていると言うのに、まだ少し現実味がない。私の気持ちを受け入れてもらえたこと、彼が応えてくれたこと。
色んな過程をすっ飛ばして、けっ…けっこ、結婚なんてものを……!
うう、恥ずかしくなってきた。

今日は遅くなるらしいので、晩ごはんは自分の分だけを用意。
ひとり分って分量が難しいし、2人分作ることに慣れちゃったし、…寂しいなあ。
早く帰って来ないかな、と時計を見やる。ちょうど20時になったところだ。

「…遅くなるってどのくらいかな」

深夜回っちゃうかな。どうしよう、起きてようか。
明日は休みだし、「おかえりなさい」って言いたいし。
よし、起きていよう。

そうと決めたらご飯食べちゃおう、と出来あがったものをお皿に盛りつけていく。
さんのおかげで、随分と見映えよく飾れるようになった。
「メイサは肝心なところで大雑把なんだな」と、笑われたことは今でも覚えてる。
くそう、今に見てろ。そのうち彼が腰を抜かすくらいにおいしくて綺麗なご飯を作るんだ。(何それ)

「これでよし、と」

ポーン。

そんな間の抜けた音を出すのはインターホンしかない。
さんが帰ってきた…わけないか。それなら鳴らす必要ないしね。
ならばお客さんか、と玄関へと向かう。

ボタンひとつで、入口前の映像がモニターに映し出された。

「あれ?さんとシャルナークさん…何やってんですか?」
『事情は後で話すから。とりあえず開けてくんない?』
「あ、はい。どうぞ」

ドアを開ければ、シャルナークさんに肩を貸してもらいながら、ズルズルとさんが入ってきた。
俯くどころか前のめり状態の彼。いったい何があったのだろう。
大丈夫ですか、と駆け寄る前にさんが私に抱きついて…って、なんで!?

「ちょ、なっ、何するんですか。どうしたんですか?さん?」
「ただいま、メイサ」
「お、おかえりなさい……あの」
「うん?」
「何かあったんですか?さん変です」
「はは、酷いな。俺は何ともないよ」
「そ…」

そうですか、と言おうとして固まった。
さん笑った?笑ったよね?笑い声したよ?
少し体を離したら、彼の表情を窺うことができた。…笑っております。それはもう綺麗に。

昔ほどではないとはいえ、それでも貴重なさんの笑顔。
写真に収めたいな、なんて思いながらジッと見つめてみた。か、かっこいい。

「もしもーし、二人とも俺の存在忘れてない?」
「!!あ、その、ご、ごめんなさい。忘れてたわけじゃ!」
「いいよ。好きなだけいちゃついてなよ。俺帰るから。んじゃ」
「いやいやいや、待ってください」

手を上げて立ち去ろうとするシャルナークさんを引き止める。

「何?」
「まだ聞いてないです。なんでさん、こんな」
「ああ、酔ってるんだよ。酒弱いから」
「…酒?」
「そー。その上酒癖悪いし。その時の機嫌によって行動は違うけど、どれも厄介だよ」
「はあ」
「ま、迂闊に近づかないことだね。酷いから、いろいろと」
「そう…ですか」

既に0距離なんですけど、どうすれば。
ぎゅうっと私を抱きしめたままのさん。少しお酒の臭いがするから、確かに酔っているんだろう。
…お酒、弱いなんて知らなかったな。酷いらしい酒癖がどんなものか、ちょっと気になる。

「それじゃ。ああ、明日でいいからに電話してって言っといて」
「わかりました。ありがとうございました」
「んー」

振り返ることなく去っていくシャルナークさんを見送りながら、どうしたもんかと考える。
全体重をかけられているわけではないから、かろうじて意識はあるんだろう。
でも、いつまでもこのままってわけにはいかない。

さん」
「ん…?」
「歩けます?ベッドに行きましょう。ね?」
「……うん」

…こくりと頷くさん。可愛い……。
不覚にもときめき出す心を静めながら、動きがだいぶ鈍くなっている彼を引きずっていく。

もうちょっとですよー、と声をかけながら寝室に向かい、ベッドに腰かけさせた。

「お水飲みますか?」
「…いや、大丈夫」
「じゃあ…えーっと、コート脱がせますよ?」

まずは寝る準備だ。ホントなら寝る前に歯磨きさせたいけど、今の様子から見て無理っぽい。
コートさえ脱いでいたら、そのままでも寝れそうだ。あ、ベルトがきついかな?
うーん、さすがにベルトは自分で取って欲しい。私がやると…うん、無理です。

さん、ベルト――」
「メイサ」
「はい、…!!?」

グッと腰を掴まれ、抱き寄せられた。
酒癖悪いってあれか、密着してくるってことか!
…ものすごーく嬉しいんだけど恥ずかしい。

なんて葛藤している間に私はさんの膝の上に座らされていて。
この体勢は私の心臓が持たない。そう思って降りようとしたけれど、彼の腕がそうさせてはくれなかった。

心臓の鼓動がありえなくらいに速まり、息が詰まる。
思わず、さんのシャツをぎゅっと掴んだ。

「…寒いのか?震えてる」
「い、いえ、そうじゃなくて…緊張して、ドキドキが治まりきらなくて」
「可愛いな、メイサは」
「なっななな何言ってんですか。ていうか、さん寝ないと」
「やだ」
「やだって…明日起きれなくなっちゃいますよ?」

いいんですか?と言っても「別にいい」と私の首筋に顔を埋めてきた。ぎゃああ!何をするぅうう!
彼の息や、当たってくる髪がくすぐったくて身動ぎする。そしたら今度は髪を梳くようにしながら頭を撫でてきた。
な、何なんでしょうね。この妙に甘い空気は。

「メイサが一緒に寝てくれるなら、寝るよ」
「…はっ!?い、一緒って、ここで?」
「…………ダメか?」
「だ、め…じゃない、ですけど。いやでも、」
「ダメじゃないならいいよな」

って、まだちゃんと返事してないんですけどー!?
絶叫一歩手前な私を抱えたまま、ベッドに転がるさん。
近い!いや、じゃなくて布団かけなきゃ…ってそうでもなくて。ああ、そう言えば晩ごはんそのままだった。

何か別のことを考えようと思考を巡らせても、次の瞬間にはすぐ傍の体温に体が沸騰しそうになる。
まるで全身が心臓になったみたいに、ドクドクと響く心音。
固まったままの私の緊張を解そうとしているのか、優しく触れてくるひと。
少し顔をあげれば彼の顔が間近にある。そうとわかっているから、私は俯いたまま目をぎゅっと瞑った。

瞬間、顎を持ち上げられて、驚きに目を開いたときには、もう間に距離はなくて。
唇が重ねられていることに、頭の中が真っ白になった。

「……あ、の」
「おやすみ」
「え?」

私の頬をひと撫でしてから、さんは目を閉じてしまった。
程なくして聞こえる規則的な呼吸音に、眠りに入ったのだと理解する。

顔から火が出そうだった。
これが彼の酒癖なのか。てことは、私以外にもこういうことした可能性は大いにあるってこと。
面白くないけど、気になるところはそこじゃなくて。

酒癖でキスって。
「……明日、顔見れないかも」

ため息ひとつこぼしてから、私も寝てしまおうと目を閉じた。

…とりあえずさん、起きたら一発蹴る!





なんて初々しい夫婦なんでしょう…!
そして酒の勢いで嫁の唇奪うとかダメダメな亭主ですね。…嫁だからいいんだろうか(いやいや

翌日は、正座で反省するべきだと思います

[2013年 1月 22日]