夕焼けを背に、伸びる自分の影を追いかけるように歩く。
足取りがいつもより軽いのは気のせいじゃない。心が浮き立っている証拠。
仕事して修行して家事して…やることは盛りだくさんだけれど、なんとなく明日の予定を立ててみる。
けれど、頭の中はさんとの会話でいっぱいだった。

ホワイトデーの約束。
食事に行こうとは誘ってくれたけど、さん自身悩んでいるようだった。
ってことは、食事以外になる可能性もある。
もしかして、どこかに連れてってくれるのかな?一緒にお出かけ、してみたいなあ。

滞在中のホテル前の交差点に差し掛かったところで、信号が赤になってしまった。
田舎だったら車の通りが少ないから、赤に変わっても渡ってしまうことがある。いけないことだとわかってても、ね。
でもここは、この辺りでは特別通行量が多い通りだ。

そういえば、ここって事故も多いんだよね。
酔っ払いの運転する車や、居眠り運転。そういうのが原因で、歩行者が大怪我をしたり最悪命を落としたり。
私もいつかはそんな目に遭ってしまっちゃったりするのかなー…なんて。
縁起でもない、と考えを振り払うように首を振った。

その時だった。

「メーイーサッ!」
「うわっ!?」

背中に勢いよく何かがぶつかってきて、私はたたらを踏む。
あっぶなー…もう少しで車道に出ちゃうとこだった。
声で誰かはわかった。まったく、私を殺す気か。

「ネオン、危ないじゃん」
「えへへっ、びっくりした?」
「したよ。…もう、一歩間違えたら車に轢かれてたかもしれないんだからね」
「メイサなら大丈夫だって!頑丈だし!」
「それ、本来なら私が言う台詞だから。…まあいいけど。久しぶり、ネオン」
「うん!久しぶりー!」

そのままぎゅうっと抱きしめてくるネオン。
私も彼女の背に腕を回した。
抱擁。これが私たちのいつもの挨拶だ。

なんてやってる間に信号が変わったので、ネオンに離すように促してから一緒に歩き出す。
ゆっくり話すならホテルの部屋の方がいいだろう、とそこを目指しながらも会話は止まらない。

「そういえばネオン、お父さん最近どう?」
「パパ?だいぶ元気になったよ!この前蛇人間の剥製を」
「ああそれ以上言わなくていいから」

去年、突然ネオンが占いできなくなったって聞いて、ホント驚いた。
ネオンはネオンで悩んでたみたいだけど、それよりもネオンのお父さん、ノストラード氏が彼女以上に落ち込んでたみたいで。
でも、元気になったならよかった。

「で、なんでまたこんなとこに来てるの?ってか、ボディガードはどうしたの」
「その辺にいるんじゃないかなあ」
「…振り切ってきたわけね。それで?なんでここに?」
「あ、そうそう!メイサにチョコをあげるために来たんだった!」
「……え」

いつもなら郵送だよね。
家が遠いし、都合もなかなか合わないから会えない。
だから、手っ取り早い郵送にしようとお互い納得して決めたはず。

「手渡ししたい理由でもあるの?」
「んーん。ただ、メイサとバレンタインって一緒したことないじゃない?だから一度くらいって思ったの」
「ネオン…」
「メイサ、部屋は何号室なの?」
「え、あ…」

話していたらいつのまにかホテルのエレベーター前だった。
慌てて部屋番号を教えると、ネオンはさっさとエレベーターに乗り込んで部屋がある階のボタンを押した。
ちょ、私を置いていくつもりか!!と、焦りながら後に続く。

静かに動き出す箱の中、ネオンも私もなんとなく黙り込んでしまった。
しばらくして、ポーンと音を立ててエレベーターが停止して、扉が開く。
降りて、先に口を開いたのは私の方。ネオンを呼び止めると、間延びした返事と共に振り返った。

「ありがとね、ネオン」
「え?何が?」
「バレンタイン、一緒にいたいって思ってくれたんでしょ。嬉しい」
「そんなの当たり前でしょー?でもホントはバレンタインだけじゃなくてずっと一緒にいたいって思ってるんだからね!」
「は」
「でもそれは無理ってわかってるし。メイサは違うの?」

うん、これこれ。この真っ直ぐなところが好きなんだ。
ありのままの気持ちをぶつけてくれるから、だから、ネオンって大好きなんだよね。
我侭なところも、時と場合によるけど気に入ってる。

「違わない。私も一緒にいたいよ」
「じゃあ今日泊まってっていい?」
「いいけど…ボディガードが血眼になってネオンを探してるんじゃ」
「そんなのいいの!部屋行こ!」
「…はいはい」

このネオンのボディガードをしてるくらいだ。
すぐに見つけられそうな気もする。










その後、部屋に着いてから早速渡されたチョコ。
お店でいっぱい悩みながら選んでくれたものらしく、とても可愛いラッピングだった。
私がネオンへと用意したチョコは残念ながら既に郵送してしまってて、今頃は彼女の家に着いているだろう。

ホテルの売店で買ってきた雑誌を二人で読んだり、ネオンに夕飯を強請られたり、備え付けのゲーム機で対戦したりと過ごしていたら、あっという間に21時を回った。

「ネオン、そろそろお風呂入っといで」
「一緒に入ろ!」
「あのね…」
「一緒がいい!じゃないと入らないから!」
「この我侭娘!」

今さらだけど!
このまま駄々をこねられて入浴が遅くなるのは勘弁願いたい。
仕方なく一緒にお風呂に入ろうと準備していたら、部屋の扉がノックされた。

こんな時間の訪問。従業員はないね、それだったら事前に部屋の電話に連絡入るだろうし。
誰かと会う約束もしてない。そもそも、このホテルに泊まってること自体誰かに教えた記憶はない。
てことは、だ。あれだね。ネオン関係のお客だ。

ボディガードであることを祈りつつ、扉の近くまで行く。

「どちらさまでしょう?」
『夜分に申し訳ありません。私はクラピカと申します。こちらにネオン様がおいでになってませんか?』

んん?なんか中性的な声だな。

「ネオン、クラピカって人知ってる?」
「んー…ボディガードの中にいたような気がする。来ちゃったの?」
「うん。みたいだね」
「えー!」
「まあまあ。とりあえず中に入れるからね」
「ぶー…」

膨れっ面のネオンに苦笑しつつ、扉を開く。
そこに立っていたのは、美少女…美少年…?え、どっち?

「…どうぞ。ネオンならベッドで拗ねてますよ」
「失礼します」

クラピカさんの続くようにして、もう一人入ってきた。
小柄な…この人も男か女かわかりにくい。あ、失礼だよね。たぶん女の人だろう。
にしても、雰囲気がすごい綺麗。いいなあ、癒される…。

「初めまして、あたしはセンリツ」
「あ、初めまして。メイサです」
「ふふ、知ってるわ。ボスがよく話してるもの」
「はあ…そうなんですか」

何話したのかな。余計なこと吹き込んでなきゃいいけど。
ちらっとネオンがいる方に目を向けたら、明らかに不貞腐れてる顔。

「目的を果たしたら戻るお約束でしょう」
「やだ!今日はメイサと一緒にいるの!」
「ボス…」

あーあーあー。
ネオンはああなったら頑固だ。今、クラピカさんの心境が手に取るようにわかる。
いい加減にしろよ、とちょっと思ってるよね。面倒なことになった、とか思ってそう。
ネオンの我侭は慣れと諦めと手懐けができないと苦労する。

センリツさんが困ったように見てくるけど、知らないよ私は。
だって私もネオンといたいのが本音だし。
いやまあ、ホントに悪いと思うんだけどね。

「1日くらい遅れても連絡すれば大丈夫だって」
「はぁ…わかりました」
「ホント!?やったー!」

おお、ネオンの勝ちだ。おめでとう。
内心拍手を送っていると、クラピカさんがこちらに来る。
帰るのかと思いきや、なんとここに居させてほしいとのこと。

…ネオンのボディガードだもんなあ。
正直遠慮して欲しいけど、そうもいくまい。それが彼らの仕事だから。

「いいですよ。ネオンの我侭、聞いてくれてありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。うちのボスがご迷惑を…」
「慣れてますから、お気になさらず」

にっこりと告げれば目をぱちぱちと瞬くクラピカさん。
結局、この人の性別はどっちなのかな。気になって眠れなくなったらどうしよう。

「ボスからあなたのお話は伺っております。改めまして、彼女の護衛団のリーダーを勤めさせていただいてます。クラピカと申します」
「メイサーラ=アルジェです。…ところで、その話し方は癖ですか?」
「は?」
「もう少し、砕けた話し方のほうが助かるんですけど……」
「は、はあ…」
「クラピカ、普段通りでいいんじゃないかしら」

そっと会話に入ってきたセンリツさん。
普段通りってことは、今の話し方は余所行き用ってことか。
ああもきっちりされると肩が凝って仕方ないよ。
私も仕事のときはわりと丁寧に喋るけど、クラピカさんほどじゃないと思う。

「センリツ…。しかし彼女はボスのご友人だ。となれば然るべき言葉遣いで接するのが――」
「彼女が望んでいるのだから、気にする必要はないと思うわ。そうでしょう?メイサさん」
「はい。敬語を外せないにしても、もうちょっと砕けてもいいですよ。私のように」
「……では、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
「ありがとうございます。センリツさんも、普通に話して…ってもう話してましたね」
「あら、ご不満?」
「いえいえ、そのままで全然問題なしです」

センリツさんにもお礼を告げてからネオンを見ると、ベッドで丸くなっていた。
ご立腹のようだ。話してる間放置してたから拗ねるのも当然か。
お泊りが許されてご機嫌だったのに、これじゃ一緒にお風呂はなしかな。

「ネオン」
「………」
「ほったらかしにしてたのは謝るよ。ごめん」
「…一緒にいるって言ったのに」
「うん。寂しがらせてごめんね?」
「明日の朝ご飯も作ってくれるなら許してあげる!」
「はは、了解。ネオンの好きなもの作るよ」

そんなので喜ぶネオン、可愛い子だ。
無性に頭を撫でてやりたい衝動に駆られたけれど、手を伸ばす前にネオンががばりと起き上がった。

「メイサ、一緒にお風呂!」
「はーい。クラピカさん、センリツさん。部屋にあるのは好きに使ってくれていいので」
「ありがとう。行ってらっしゃい」
「じゃ、ちょっと失礼します」



昼は優しい時間を過ごし。

夜は懐かしさと出会いに心を躍らせて。

去年よりもずっと素敵な、バレンタイン。

それはとてもとても、暖かく幸せな一日でした。





ネオンとは大親友なメイサちゃん。
クラピカやセンリツとも顔を合わせ、着実に顔を広げていっております。
…いつか全員の関係性がわかったときが楽しみですね(笑
えっ、そこも知り合いなの!?と主人公は仰天しそうです。


[2013年 3月 7日]