三人でぶらぶら過ごしているときの、あるひとコマでした。
[2011年 4月 21日]
「マジで?温泉あるじゃん、ここ」
「温泉?」
観光ガイドをベッドの上で確認していたキルアが、嬉しそうに上半身を起こした。
その隣りで釣竿の手入れをしていたゴンが不思議そうに首を傾げる。
「キルアって温泉好きだっけ?」
「俺っつーか、が好きなんだよ。うわ、ぜってー喜ぶぜアイツ」
「へえ、そうなんだ。けっこうおじさん臭いね」
「…お前って意外に容赦ないよな」
「俺も温泉好きだけど。色んな動物と遊べるし」
「そりゃお前の地元での話だろ。ローカルすぎる」
早く戻って来いー、と携帯を睨みながら足をじたばたと動かす友人。
釣竿を片づけてゴンはキルアが放り出した観光ガイドに目を落とした。
かなり大きな温泉施設があり、山に入れば天然の温泉がさらに幾つもあるという。
美容にも最適、というフレーズに脳裏には母親代わりのミトの姿が浮かんだ。
「キルアって本当にが好きだよね」
「は!?」
「ハンター試験の頃からずっと思ってたんだけど」
「なっ、恥ずいこと言うなよ」
「別に変なこと言ってないでしょ?俺ものこと好きだし」
「は」
「キルアとか、クラピカとレオリオと同じぐらい」
「そこ同列なのかよ!」
この野郎、と飛びかかってくるキルアにギブギブ!とベッドを叩く。
遠慮なくプロレス技をかけてくるキルアに、ゴンも少し本気で反撃を試みる。
すると、不意に部屋のドアが開いた。
「………楽しそうだな」
「あ、おかえり」
「おっせーよ!」
待ち人の到来に互いに攻撃を引っ込めた。
仕事を片づけてきたというは少し疲れた様子で。
椅子の上に荷物を放ると、そのままどかりと長椅子に寝そべった。
「なーなー、ここ温泉あるらしいぜ」
「…温泉?」
「そ。しかも山に入れば、天然の温泉がいっぱいあるってさ」
「へえ」
閉じていたの瞼がゆっくりと押し上げられていく。
なるほど、温泉好きというのは本当らしいとゴンは目を瞬いた。
ベッドから降りての傍に移動したキルアが観光ガイドをほれと見せる。
あれいつの間に、とゴンは自分の手元を確認する。
施設や周辺の地図を確認したは、億劫そうではあるが身体を起こした。
どうやら疲れているけれども温泉には行きたいらしい。
「どの温泉行く?」
「…そうだな。ここがいい」
「えーと、疲労回復…。、そんなに仕事大変だったの?」
「大変つーか……会いたくないヤツと鉢合わせた」
「「会いたくないヤツ?」」
「お前たちを青い果実と呼ぶ、どこぞの変態ピエロだ」
「「………………」」
それはもう、一人の人物しか指していないわけで。
一瞬の沈黙の後、キルアが凄まじい形相での腕をがしっとつかんだ。
「大丈夫かよ!?なんかされたり」
「ああ、なんとかな。……あれがいつも通りになってきそうな自分が嫌だ」
「あれって?」
「子供は知らなくていい」
「何されたんだよ本当に」
「………ゴン、キルア」
「な、なんだよ?」
「あいつはSと見せかけてM気質もある。気をつけろ」
「気をつけるって?」
「ああいう手合いは本気で相手するだけ無駄だ。逃げろ」
つまりはアレと本気でぶつかったことがあるということだろうか。
あの男の強さはゴンもキルアもよくわかっている。
恐らく、自分たちではまだ太刀打ちできない。純粋な力も、技術や培ってきた経験も。
だというのにはアレと対等に渡り合うことができてしまうのだ。
「…よし、嫌な記憶を払拭するためにも行くか、温泉」
「う、うん」
「マジでヒソカのヤツ何したんだ」
「名前を出すな」
の空気がぴりっと緊張を孕む。
殺気の滲むオーラに、相当に苛立っているのかもしれないとわかった。
だからそれ以上はその話題に触れることはせず。
温泉に行こうと着替えとタオルを手に部屋を後にする。
施設になっている大きな温泉は他の利用客も多いため避ける。
ゴンは別に気にしないが、キルアが微妙そうな表情を浮べたのだ。
が入りたいと言っていた疲労回復の効果がある温泉へと向かう。
少し山の奥へと進んでいくと、滝壺のすぐ傍にその温泉はあった。
「かなりの絶景じゃん」
「ああ、遠出したかいもある」
「湯加減もちょうどいいね」
極楽〜とリラックスした様子のを見るのは珍しい。
どちらかというといつも無表情なのが彼だ。イルミほどではないにしても、変化に乏しい。
それでも瞳は様々な色合いを見せることをゴンは知っている。
彼がとても優しいことも、キルアを通して知った。ハンター試験の間にもそれは感じられたし。
「しかし、大きくなったなキルア」
「いまさらじゃん」
「あんなに小さかったのに」
「いつの話してんだよ!」
顔を赤くして怒鳴るキルアに、が目を細めて笑う。
水が滴って黒髪から落ち、彼の首筋をつたい肌を流れていく。
それがやたらと色っぽく見えて、キルアはより落ち着かなくなった。
自分はまだまだ子供のままだというのに、は昔から変わらない。
出会ったときから、彼は大人だった。
いまだ成長過程にある自分の身体は、まだまだ華奢なまま。
その現実がただ悔しくて、唇を尖らせる。
「って意外に細いんだね」
「…そうか?」
「うん。あんだけ強いから、もっとがっしりした身体イメージしてた」
「体格だけが、強さじゃない」
そう皮肉っぽく笑うに、そうだねと頷いた。
小柄な姿で信じられないほど強いひとなど、たくさんいる。
まだまだ知らないことばかりなのだ、この広い世界は。
「キルア」
「んー?」
「久しぶりに、背中の流しっこでもするか」
「えー」
「あ、俺やりたい!キルアもやろうよ」
「んなことできるわけ」
「ほら、キルア。裸の付き合いも大事だぞ、せっかくの友達なんだから」
「そりゃゴンは…」
「、裸の付き合いって?」
「俺の故郷の言葉だ。こういう無防備な状態で一緒に過ごすと、腹割って話せるだろ」
「なるほどー」
「が裸の付き合いって言うと、やらしー意味にしか聞こえねーけど」
「…なんでそんな耳年増に育ったんだお前」
あ、否定しねーのかよ!とキルアが噛み付く。
何でそんな怒るんだ、とばかりには戸惑ったような表情を浮べている。
モテる男っていうのはね。自覚があってそれを利用するか、全くの天然かなのよ。
そう真面目な顔で言っていたミトの言葉が思い出される。
はどっちなのかなぁ、とゴンは手拭を用意しつつ二人のやり取りを眺める。
どちらでも、ありえそうな気はした。
三人でぶらぶら過ごしているときの、あるひとコマでした。
[2011年 4月 21日]