おまけ

「シャンキーがアンを泣かせたって聞いたんだけど」
「………どうして数時間のうちにやって来るのかな色男」

そろそろ閉店時間かなーって頃にラフィーくんの店に顔を出した色男。
少し息が上がってるってことは急いできたのかもしれない。
額にうっすら浮かんだ汗をぬぐった色男はイリカ嬢のお手伝いをしてたアン嬢に声をかけた。
大丈夫?と問われてアン嬢が目を見開く。そんで、わたわた慌てはじめた。

「あ、そうだ、私、さんに先生が見つからないって連絡したまま…!」
「うん、それはいいんだけど。ラフィー店長に連絡したら、ここでシャンキーに泣かされてるって」

ラフィーくん、何その説明。
間違ってないけど。今回のことは全部俺が悪いけど…!

「ち、違うんです、私が早とちりしてしまって」
「先ほどまで、仲良くケーキとお茶を楽しまれてましたよ」
「シャンキー先生に奢っていただいて…本当に申し訳ないです」
「心配かけたシャンキーが悪いんだから、アンが気にすることない。イリカも付き添って?」
「お仕事中なのに、って思ったんですけど…やっぱり不安で」
「私がお力になれるなら、とご一緒させていただきました」

うんうん、俺は両手に花状態でお茶できたんだけどね。
厨房から漂ってくる絶対零度の殺気にのんびり楽しむことはできなかった。
あんな風にラフィーくんが怒るのは珍しいっていうか。
イリカ嬢はともかくとして、アン嬢まで気遣ってくれるとは嬉しいもんだ。

さん、何か召し上がりますか?」
「もう閉店なんじゃ」
「遠慮なさらずに。せっかく来てくださったんですから」
「…じゃあ、イリカとアンも一緒に。同罪ってことで」
「ふふ、今日こんなにケーキ食べていいのかしら」
「わ、私もですか?」
「うん、仕事の邪魔にならないなら。シャンキーとアンがお世話になったお礼」

なんて和やかな若人たちの光景を眺めながら、空になったカップを置く。
するとおかわりが注がれ、顔を上げればラフィーくんがいた。

「反省した?」
「いや、あんだけ泣かれてあんだけ怒られればな…」
「シャンキーは馬鹿だよね」
「俺たちは揃って馬鹿だろ。……けどホント、馬鹿だったなとは思うよ確かに」

温かい紅茶に口をつけて、ひとつ息をつく。
アン嬢はすっかり元気を取り戻して、イリカ嬢とケーキを分け合いっこしてる。
話に花も咲いているらしく。色男が穏やかに相槌を打っているのが見えた。

ああいう光景を見てるのは好きなんだけど、自分がその中にいるという実感はなかった。

「…どっちがより悲しいって話じゃないんだけどさ」
「うん」
「持っていたものをなくすのと、もともと最初から何も持ってなかったのと。どっちも悲しいのかね」
「…さあ。どう感じるかはそれこそ当人次第じゃない?彼女はなくすことが悲しいんだろうけど」
「うん。…俺は最初から何も持ってなかったから、その怖さとかを理解してやれないんだよな」

だから今回みたいなことをやらかす。
失うことを怖がって泣いてしまう彼女の気持ちを察してやれなかった。

だって周りにいる連中は一癖も二癖もあるから、俺のやることなんてお見通しだし。
馬鹿なことやってないで仕事に戻れ、とどつかれ引きずられていくのが普通で。
ラフィーくんやユリエフくんに甘えてる部分があるんだなぁ、と改めて教えられた。
…ん?ということはつまり、ラフィーくんたちがいなくなったら俺はめちゃくちゃ悲しいのか。

ガキの頃には想像もつかなかった。自分が何かを手に入れること。
あの日々には夢にも思わなかった。自分が誰かの居場所になるということ。

「あだっ。ちょ、ラフィーくん、トレイで叩くのやめて。俺の大事な脳細胞が」
「ほとんど働いてないから大丈夫」
「ひどくね!?」
「叩いてほしそうな顔してたから」

そしてそのまま去ってしまう背中に、敵わんなぁと苦笑い。
今回のことはホント反省しないと。だから叱られたいと思ったんだろう。
あーあー、こりゃ後でユリエフくんとこにも懺悔に行くかな。遠慮なく張り倒してくれそうだし。

「先生、先生もいかがですか?なんだか沢山ケーキが」
「売れ残ってるから全部食べて、って店長が…あ、これ持って帰ろうかな」
「お詰めしましょうか?」
「明日には持ちこせないから好きにしていいよ。お金は全部シャンキーが出すから」
「横暴!!」

抗議しながらも色男たちのテーブルに加わらせてもらう。
当たり前のように場所を空けてくれるアン嬢とイリカ嬢の優しさに涙が出そう。

「そうだ、アン」
「?」
「この日についた嘘は、本当にはならないってジンクスがあるんだって」
「え」

色男の言葉にアン嬢が目を見開いた。
へー、それは俺知らなかったわ。そんなおまけもあるのか。

いつもはあんまり変化しない表情が動いて、色男が柔らかく笑った。レアだ、レアだぞ。

「だから、アンの居場所はなくならないよ。大丈夫」
「……っ………はい」
「シャンキーは殺しても死ななそうだし」
「色男さりげにひどくね?」
「ひどいことしたのはシャンキーだろ」
「……はい、その通りです」

よかったですね、とイリカ嬢が優しく肩に手を置いて笑う。
何度も頷いたアン嬢が、これからもよろしくお願いしますと俺に頭を下げた。

……いや、うん、それはこっちの台詞というかなんというか。

こんないい子がさ、俺の病院で働き続けてていいもんかと思うんだけど。
でもアン嬢にとっての居場所がここなら、羽ばたいていく日まで好きにしてもらおう。
ラフィーくんやユリエフくんたちにどつかれないようにも。





軽い気持ちでやってしまったことで大切なひとを傷つけてしまう
それって当人もすごくショックだったりしますよね

叱ってくれるひとがいてよかったねシャンキー

[2012年 4月 17日]