「………
「起きたか?」

かすれた声を発するキルアは、目をとろんとさせている。
頬が赤く染まり、呼吸は苦しげだ。
額に滲む汗をぬぐってやり、水で冷やしたタオルを再びおでこに戻す。
気持ち良さそうにキルアの猫目がすうと細められた。

「まさか風邪引くとはな。今日は一日ゆっくり休め」
「けど…しあい」
「今日は棄権。キルアならすぐに取り戻せるから、いまは休むこと」
「ちえ…」

そう、キルアはどこからか風邪をもらってきてしまったようで。
朝起きてきたとき、いつも以上にぼーっと寝惚けてるからおかしいなと思ったのだが。
食欲もないと言うし、なんとなく部屋が寒いとまで言われて。
もしやと熱を測ってみれば八度は超えていた。完璧に発熱している。

いまはおとなしくベッドに収まってくれているが、さっきまでは大変だった。
早く200階まで辿り着きたいキルアはそれはもう駄々をこねて困らせてくれたのである。

「…それにしても、毒だけじゃなく薬も効かないってのは…不便だな」
「………くすり、のむことなんかねーもん」
「けど風邪引いたじゃないか。やれやれ…薬なしってことは自力で治すしかない」

キルアの体力なら明日にはすっかり元気になっていそうだけど。
すっかりぬるくなった水を替えようと腰を浮かせる。
すると、どこいくんだよと不安げな視線が俺を見上げてきた。
かわいいなぁ、とにやけそうになりながらすぐ戻るよと髪を撫でる。

病気になると人間ひどく心細くなる。それはキルアも同じなのだろう。
だってまだまだ幼いのに親元を離れているのだ。寂しくなって当然だろう。

「…本当は今日、試合があったんだけど」

俺も今日は棄権かな、と笑う。
試合よりもキルアの方が大事で、大切だから。
新しい水を入れた桶を手に部屋に戻ると、ほっとしたようにキルアが息をつく。
不安だったんだろうなと、その小さな手をぎゅっと握った。熱い、その手。
大丈夫だよと安心させるように、キルアの髪を何度も何度も撫でる。
そうすればだんだんと、眠りの世界へと落ちていくキルアを。

俺はただ飽きることなく見つめていた。



でも自分のせいで棄権したと知ったキルアに、主人公は後で叱られます。

[2011年 4月 1日]