恥ずかしい。本当に情けない。
足場が不安定なことに気づかないで、あの高さから落ちて足を捻るなんて。
このぐらいで怪我して動けなくなるようじゃ、ハンター試験なんて合格できないじゃない。

しかも、同じ受験生に助けられるだなんて。

悲鳴を上げて落ちた私に蜂たちが反応して、上空を舞う。
傍から見れば蜂の群れがただ単に発生しているようにしか見えないと思うのに。
静かな声を持つ男は、当然のように蜂を戻してくれないかと声をかけてきた。
視界に入っていないはずの私に向けて。ここにいることを知っているかのように。

受験番号350。そのプレートを見て私の警戒レベルは最高に上がった。
44番と並んで危険なオーラを放っているのがこの男。
あからさまな殺気は出さないし、誰かを妨害するつもりもないのはわかるけど。
明らかに住む世界が違う人間。関わってはいけない類の男だ。
どうしよう、片足が動かない状態じゃ逃げることもできない。そう考えていたら。

彼はこちらを抱え上げて運びはじめた。
しかもどういう方法でか、捻った足の治療までしはじめたのよ。
ちょっと違和感は残ってるけど、歩くぐらいなら問題ないまでに回復してる。

「いまの、何?」

彼は私の足に触れていただけ。薬を塗ったりしたわけではない。
まるで魔法のような出来事につい尋ねてしまうと、彼はそっと顔を上げた。
焦げ茶色の瞳がゆっくりと瞬き、わずかに眉を下げて目許が和らぐ。
そして彼は唇の前に人差し指を立てて。

「悪い、企業秘密だ」

なんて、お茶目に言ってみせる。
ちょっと、第一印象と全然違う言動とらないでよ。何そのポーズ。

不覚にも警戒心を解きそうになった私に気づいてか、また彼は遠慮なくこちらを抱き上げる。
そのままホテルの支配人たちのところへと行って部屋の鍵を受け取り。
………どうしてだか私をそのまま部屋まで運び出した。
どういうつもり、と聞いてもよかったんだけど。多分、ただ単に怪我が悪化しないように。
それだけの理由で私を運んでるのよね、きっと。そういうひとなんだ、っていうのはわかった。

「完治まではいけなかったから、今日と明日はあんまり足を使わない方がいいと思う」
「わかってる」

部屋のベッドに下ろして私の荷物も渡し、彼はそのままあっさり部屋を出ていこうとする。
受験生っていったらライバルなのに、なんでこんなことするのよ。
これぐらいどうとも思わない、ってこと?確かに、彼の実力ならそうかもしれないけど。

「って、私まだ部屋代を払ってない」
「この鍵使って。俺はまた別の探すから」

彼がイヤリングか何かを提示して得たこの部屋の鍵。
ひょいと投げられた鍵を慌ててキャッチして、さすがにそこまでと顔を上げる。
口を開こうとしたけど、彼はもう部屋から出ようとドアを開けていた。
そういえば海に入ろうとしていたのか、彼は上半身は裸。
すらりとした背中には、思ったよりも筋肉がついている。均整のとれた身体。

じっと見つめてしまった私に、彼は視線だけ振り返って目を細めた。
やば、気づかれた?凝視するなんて何してんのよ私!

「お大事に」

そう言った彼の声はかすかに笑っていたような気がして。
悔しさと恥ずかしさで、私はベッドの上でのたうつ羽目になった。






そしてこの後、主人公と同室になれると思ってヒソカがるんるんでこの部屋にやって来ます。

[2012年 2月 29日]