「アン嬢、ちょっと休憩入っていいぞー」
「え、けどまだ」
「あとは俺ひとりで診察できるから。午後の分のエネルギーを補給しといて」

ひらひらと手を振るシャンキー先生は、そのままくるりと椅子を回すと診察を再開。
いま来ているのは近所のおばあちゃんで、腰痛がひどくなってきたことの相談。
筋肉をつけるしかないんだけどねー、と笑った先生はおばあちゃんの背中に回って。
多分、マッサージを軽くされるんだと思う。
先生の手は不思議で、ちょっと撫でているだけのように思えるのにみるみる回復する。

さんも、シャンキー先生も、あと他にも何人か。
私にはわからない、特別な力を持っているみたいで。魔法みたいなことをする。
でも皆、それを誰かを助けるために使っているのがわかるから、怖くはない。

診察室を出て待合室になっている広い玄関に顔を出すと、診察待ちのひとたちがいた。
大きな怪我や病気のひとの診察は終わっているから、ここにいるのは常連さんばかり。
近所のひとたちで、日頃の疲れや年齢からくるものを相談しに来ることがほとんど。
こうして集まって井戸端会議をするのが楽しみのひとつでもあるらしい。
セルフサービス用に置いてあるお茶が少なくなっていることに気づいて、ポットを回収。

「アンちゃん、今日も世話になるよ」
「そうそう、いい野菜が入ってね。先生とこれ食べとくれ」
「どうだいアンちゃん?うちの息子の嫁にならんか」
「こらこら、抜け駆けはいかんぞ。アンちゃんはこの町のアイドルなのに」

気さくに声をかけてくれる皆さんの言葉ひとつひとつが温かくて。
この病院を好きでいてくれてるとわかるから、ありがとうございますと自然と笑える。
もう笑うことなんてできないと思ってた。家族も、故郷も、友人も、全部なくして。
私自身このまま死ぬんだろうと思っていたのに、一筋の光をくれたのはさん。
そして居場所を与えてくれた、シャンキー先生。
たくさんの日常の優しさを思い出させてくれた、近所のひとたち。

私を満たしてくれた沢山のものを、返していけるようになりたい。
その思いをこめて、とりあえずいまはとびっきり美味しいお茶を淹れよう。
あとは先生の分も昼食を作って、午後の診察の準備もして。
そうだ、看護師の勉強も始めたいって先生に相談してみよう。できることを、増やしたい。

「はい皆さんお茶です。まだ残暑も続きますから、水分補給をしっかりして下さいね」
「ありがとねえ」
「お、冷茶もあるのかい」
「水もありますから、ご自由に選んで下さい。じゃあ私はお昼いただいてきます」
「ゆっくり噛んで食べるんだよ」
「こっちは急ぎじゃないからね、のんびりさせてもらうから」
「あ、食後のデザートにこれどうだい?皆で食べてたところなんだ」
「わ、ありがとうございます」

ここが、私の生きる場所。



ジンも一応助けてくれたひとのはずなのにド忘れしているらしいアン嬢。

[2012年 9月 5日]