って男は、よくわからない。
ウボォーやフィンクスみたいに好戦的ってわけでもない。
だけど物騒な気配を唐突に放つ瞬間があって、それはかなりの不気味さだ。
ヒソカのような変態でもないけど、常識ってものがないところは同じかもしれない。

私が部屋に入ったとき、着替えの途中だったのかは半裸のままで。
男の裸を見ていまさら動揺するようなことはないけど。
この男の身体はなんというか、妙にアンバランスなものを感じた。

フィンクスとやり合ったこともあるぐらい、それなりの戦闘技術を持ってるってのに。
筋肉というのが必要最低限しかついてない。全くないわけじゃないけど、それにしても細い。
細身に見えるクロロだって、着痩せして見えるだけでけっこうしっかりした身体だ。
なのにの身体は戦う人間を思わせる要素があまりない。
そのせいか、むしろ妙な色気があるような気がして。

そういえばこの男に抱き着かれたことがあったんだっけ、と馬鹿みたいなことを思い出す。

食事をどうするか確認に来た私に、は「自分でなんとかするから」と答えた。
いつも通りの淡々とした顔にこっちも平静を装う。
妙な沈黙があったのに、この男が突っ込んでくることはなく。…こういうところ、助かる。

その後、食事の場に顔を出したは自分で料理を始めた。
手際のよさは相変わらずで、料理なんてしなさそうなのにと不思議な気分。
出来上がった焼きそばに、他の奴等も食いついてしまって。
本人はろくに口にできていない。なのに、あいつは文句も言わなかった。
ひとが良いのか、食事そのものに執着がないのかはわからないけど。
そんなんだから細いままなんじゃないの、と思う。

一応、私たちの団長を助けてくれた恩人でもあるわけだ。
このまま何もせずにいるのは落ち着かない、と自分に言い聞かせて。

「…、いいかい」
「………マチ?」

部屋に戻ったを追いかけて、ドアを叩く。
声が聞こえて中に入ると、すでにベッドに寝そべった部屋の主がいた。
起き上がる気はないらしく、気怠い様子で視線を流してくる。
その焦げ茶の瞳に見られるとなぜか落ち着かない。けど、用件は済ませたい。

「礼を、言っとこうと思ってさ」
「……礼?」
「団長。あんたがいなきゃ、死んでたかもしれない」
「クロロは悪運が強いから、生き延びた気もするけど」
「危なかったのは確かだろ。…これ、やるよ」

のベッドまで近づいて、うっすら開いたその口に持ってきたものを突っ込む。
意外にも素直にそれを食べる姿は、ちょっと幼く見えた。
………他人が出したものを食べるって、警戒心薄いんじゃないの。
それとも、私たちを信用してるって言いたいわけ?

口に入れられたのが何かわかったらしいが、無言で見上げてくる。
指先に触れた唇を思い出して、ぱっと視線を逸らしてしまった。

「残りもんで悪いけど、一応それなりのもんだから」
「………これ、もしかして俺が教えた」
「あの店の味は悪くないからね。近くまで行くと寄ることもある、ってだけ」
「そうか。………ありがとう、マチ。疲れが飛ぶ」

いつもより柔らかい声に居た堪れなくなる。
用は済んだしさっさと帰ろう、と踵を返してドアへ向かう。
すると、のんびりとした声が私を呼びとめた。

「マチ」
「……?」

腕に感じるのは、の手。
細く感じてはいても、私よりも大きな手は男のものだ。
少しの緊張を感じて振り返ると、焦げ茶の瞳がかすかに細められた。
いったい何だと待っていると、躊躇うような間を置いてが口を開く。

「前の、酒が入ったときは……迷惑かけて悪かった」
「………!!」
「次の日、会えなかったからずっと気になってて」

もう何か月前のことだと思ってるんだ。
いまさらそんなこと掘り返されても私が困るってのに。

「べ、つに。こっちは何も気にしてない」
「うん、よかったよ。今日マチに会って、普通に話してくれたから……安心した」

淡々としたものとは違う、やや甘えた調子の声。
この男がこんな声を出すなんて、と痺れそうになる思考を振り払う。
常識人に見えて非常識な男だ、こいつは。特に女関係に関しては信用ならない。

「………あんた、女なら誰にでもああいうことしてるわけ?」
「ああいう……?」
「……っ……だ、抱き着いたりとかそういうことだよ…!」

いま私の顔が赤くなってたりしたらどうしよう、を八つ裂きにしてやりたい。
驚いたように目を見開いたこいつは、即座に否定してきた。

「誰にでもするわけない。……しちゃいけないことだろう」
「……」
「なのに、ごめん。マチの優しさに甘えてるな」

………あれって、甘えなわけ?
男女がどうこうっていう面倒なことじゃなくて?

なんて紛らわしい。絶対に誤解させて女を泣かせるタイプだこいつ。
……けど、が甘えられるような相手に私が入ってる、ってのは悪い気分じゃない。
だっていつもはこの男は甘えられる側。全部中に隠して、何も表には出さない。
そんな男が、わずかでもひそめたものを出せる。
の弱みを見られる、ってのは。随分と面白い立場じゃないかい?

「………ああいうのはお断りだけど。普通にお茶するぐらいなら付き合ってやるよ」
「…マチ」
「あんた、馬鹿みたいに溜め込みそうだし。辛気臭いとこっちが迷惑だからね」

この男の周りには、ろくなヤツがいないってのは確か。
シャルと友達って時点でありえないし、クロロも何かと気にしてる。
その上、あの変態にも付きまとわれてるらしいから同じ苦労を抱える身としては他人事じゃない。

愚痴仲間、ってぐらいなら私だって拒みはしないさ。
だから。

頼むから、それ以上は紛らわしいことはしないで。





甘えたような声なのは、眠かったからとか言えない…。

[2012年 9月 22日]