様。お久しぶりでございます」
「…あぁ、挨拶もできなくて申し訳なかった」

イルミ様がお通しするよう言われていた様が、用事を終えたのか執事室を通りかかった。
ゾルディック家にとって馴染みの客人である方に礼を尽くすのは使用人として当然。
頭を下げ迎えるこちらに、彼はいつも通り礼儀正しく応じる。

こういった扱いに慣れていない者は妙に謙遜するか、逆に尊大になるか。
そういった反応が多いのに、彼は昔から自然体のまま接してこられる。
さすがはイルミ様の仕事仲間、ということなのだろう。そしてキルア様の第二の保護者でもある。
初めてその存在を知ったときには腹立たしかったものだが、いまではそれはない。
寂しい気持ちは勿論あるものの、キルア様の心の拠り所が彼であることを理解したからだ。

再びゾルディック家にキルア様が戻られたのは喜ばしいこと。
だが、お戻りになられたときのキルア様の表情を思い出すと…少々、複雑でもある。
あのようなお顔を見せてほしくはない、と考えてしまうのは使用人としては僭越なのだろう。

「私どものことはお気遣いなく。ハンター試験の間、キルア様を見守ってくださっていたとのこと。執事一同より代表して感謝いたします」
「いや…俺がいなくても、キルアなら簡単に合格できてたはずだ。…今回はイルミの邪魔が入って無理だったが」
様は、キルア様がハンター試験に合格されることを望んでおられましたか」
「どう…かな。キルアが本当になりたいなら、いくらでも機会はあるだろうからどっちでも」

過剰にキルア様に干渉するご家族とは対照的な様。
キルア様本人の意志を大事にされる方だからこそ、キルア様も心を開かれるのだろう。

…そういえば、妙な連中が試しの門に来ているのだったか。

「試しの門に挑戦しようと、キルア様の友達と称する者が来ています」
「あぁ。実際、キルアの友達だ」
「………友達、ですか」

さらりと様が認められて、事実なのかと面白くない。
特殊な家庭事情であるキルア様が友達を作って大丈夫なのかと心配でもある。
親しくなった者に裏切られたり傷つけられるようなことがあれば、許すことなどできない。
悲しまれるキルア様のお顔を見るようなことがもしあったら、と考えるだけで。

「心配することはない。むしろ、良いことだと俺は思う」
「…良いこと」

イルミ様と対等に仕事をする人間から出た言葉とは思えず、耳を傾けてしまう。

「切磋琢磨できる存在っていうのは必要だ。キルアぐらいの年齢なら尚更」
様にとってのイルミ様のように、ですか?」
「…………………いや、あいつと俺は友達じゃ…。確かに、イルミのおかげでいまの俺がある、っていうところは否定しないけど」

やはり自身が友人を作ることには否定的なのか。
それはそうだろう、友達などという特別な存在を作ることで危険を増すことは普通避ける。
心を開く相手というのは、つまりは自分の弱点を外に作るということだ。
様もそれを承知しているのだろうに、キルア様に友人ができることを許されるとは。

……切磋琢磨できる存在。
確かにライバルという目に見える形でのハードルは、向上心を持たせるのに適しているが。
それほどの力を、あのゴンという子供は持っているということなのだろうか。

様がそこまで買われている子供ですか…」
「強い子だよ」
「左様で。………試しの門を越え、カナリアをも越えられれば少しは認めてもよいかもしません」
「…ゴトーさん、血管が浮き出てる」
「例え本当のご友人だとしても、ゾルディックからキルア様を奪おうとする存在は許せない」

何かあれば殺してやる。それだけでも満足できねぇ。
思わず殺気を膨らませてしまうものの、様は取り乱したこちらを気にとめるでもなく。
さっさと一歩を踏み出していかれる。

「じゃあ、俺はゴンたちに合流する」
「…手助けをなさるおつもりですか?」
「そんなの必要ない」

素っ気なく答えて、今度は振り返らずに去っていく背中。
手助けをしなければならないようなレベルなら、キルア様に近づく資格などない。
彼もそう考えているのかもしれない。

裏を返せば、手助けをせずともここまで辿り着けると評しているわけで。
ますます面白くない、と眼鏡を押し上げる。

もし、辿り着いたのならどうしてやろうか。

「………キルア様の初めての友達、か」

必要ないものだと頭では思うのに。心も、怒りを感じているのに。
怒りの底に隠された寂しさに近いものにも気づいて、溜め息がこぼれる。

ゾルディックなんて関係なく、キルア様自身を見てそのために動かれる彼。

そんな彼が認めた存在ならば、受け入れるべきなのではと思う自分もいる。
だがそう簡単に納得できるものではないのだ。だから。
試させてもらおうではないか。友達というのであれば、それにふさわしいのかどうかを。

そうして、実力を見せてもらえたのなら。きっと。




ゴトーさんは冷静だけど熱いひと、というイメージがあります。

[2012年 10月 24日]