キルア様がお戻りになられた。
我々使用人にとって、家出されたキルア様が戻られるのは喜ばしいこと。
だけど、帰ってきたときに見えたキルア様のお顔を思い出すだけで胸が痛い。

ゾルディック家のルールは、ご家族を守られるためだけにある。
だから今回のキルア様への処置だって、むしろ意味があってのことだと理解している。
理解しているのに、心のどこかで拒む私もいて。使用人として未熟な自分に気づかされる。
私ごときがゾルディック家に踏み込めるはずもなく、それは完全な僭越行為。
主に対して使用人が意見することなんて許されることではないし、私は見習いの身。

なのに、どうして気持ちが揺れたままなのか。
そんな自分が悔しくて。

「カナリア」
「お久しぶりです、様」

凄い勢いで本邸へと向かった様が戻って来られた。
この方はキルア様がとても慕っておられるひとで、イルミ様の仕事仲間でもある。
イルミ様と同じ黒い髪、何を考えているのか分からない目。
だけど、決定的に違うのは、そのまとう空気。

私たちと同じ、化け物とすら畏怖される側で生きるひとなのに。
どこか温かみを感じる。キルア様といると、一般人がいう「兄弟」にも見える。
このひとなら、私にできないこともできるのではないか、と望みを抱いてしまう。

「…あの、様」
「ん?」
「………いえ、なんでもありません」

……何をしようとしてるの、私。
この方はイルミ様と共に働くほどの実力者。
使用人の、しかも見習いが何かを言っていい相手ではないのに。
馬鹿なことを考えた、と頭を下げたままでいると。驚いたことに様から声をかけられた。

「キルアと、話してきたよ」
「!」

私の思考なんてお見通しみたいに、一番欲しいところに話題を持ってくる。

「まだ拷問部屋にいるけど、元気だった。でもあれはもうしばらく出られないかな。反省するまでイルミは出さないつもりらしいし、キルアは反省する気はないだろうし」
「…そう、ですか」
「けど、あと少しの辛抱だと思う」
「え?」

本当に、全部見抜かれてる。
私がこのお方に願おうとしたことも、キルア様に願っていることも。

イルミ様のように滅多に表情の動かれない様が、かすかに目許を和らげた。

「そう遠くないうちに出てくるよ。…ゾルディック家を出ることにもなるけど」

自由に、望むままに笑顔で生きてほしい。キルア様自身の人生を。
それは私の心からの願い。
友達になってよ、と向けられた幼い言葉に頷くことができなかった過去の、懺悔。

ゾルディックからキルア様が出ることになれば、お姿を見ることもできなくなる。
それを様は気にされているようで、私はつい笑みがこぼれた。本当に、なんて。

「キルア様が望まれたことであれば、私に不満などありません」
「…うん」
様は、外に出られてもキルア様のお傍にいてくださるんですよね?」
「可能な限りは、そうしたいと思ってる」
「なら、安心です。そのときにはキルア様のこと、よろしくお願いいたします」

頭を下げれば、私の頭を撫でる大きな手。
驚いて顔を上げると、つい癖でと謝る様に胸がくすぐったくなる。
使用人だとか、暗殺一家だとか、そんなことはこのお方にとって関係ない。
私個人を、キルア様自身を、見てくださるひと。

そしてとても。本当にとても、優しい方なのだと思う。
だから様が傍にいてくださるのなら、キルア様は大丈夫だと信じられる。

手を振って去っていかれる背中を、温かい気持ちで見送る。

どうか、キルア様が広い世界で、笑顔で過ごせますように。

私は、ここで。キルア様の帰る場所を、守っておりますから。





ゾルディック家の執事制度の厳しさに驚いた選挙編。

[2012年 10月 25日]