ゾルディック家の執事制度の厳しさに驚いた選挙編。
[2012年 10月 25日]
なのに、どうして気持ちが揺れたままなのか。
そんな自分が悔しくて。
「カナリア」
「お久しぶりです、様」
凄い勢いで本邸へと向かった様が戻って来られた。
この方はキルア様がとても慕っておられるひとで、イルミ様の仕事仲間でもある。
イルミ様と同じ黒い髪、何を考えているのか分からない目。
だけど、決定的に違うのは、そのまとう空気。
私たちと同じ、化け物とすら畏怖される側で生きるひとなのに。
どこか温かみを感じる。キルア様といると、一般人がいう「兄弟」にも見える。
このひとなら、私にできないこともできるのではないか、と望みを抱いてしまう。
「…あの、様」
「ん?」
「………いえ、なんでもありません」
……何をしようとしてるの、私。
この方はイルミ様と共に働くほどの実力者。
使用人の、しかも見習いが何かを言っていい相手ではないのに。
馬鹿なことを考えた、と頭を下げたままでいると。驚いたことに様から声をかけられた。
「キルアと、話してきたよ」
「!」
私の思考なんてお見通しみたいに、一番欲しいところに話題を持ってくる。
「まだ拷問部屋にいるけど、元気だった。でもあれはもうしばらく出られないかな。反省するまでイルミは出さないつもりらしいし、キルアは反省する気はないだろうし」
「…そう、ですか」
「けど、あと少しの辛抱だと思う」
「え?」
本当に、全部見抜かれてる。
私がこのお方に願おうとしたことも、キルア様に願っていることも。
イルミ様のように滅多に表情の動かれない様が、かすかに目許を和らげた。
「そう遠くないうちに出てくるよ。…ゾルディック家を出ることにもなるけど」
自由に、望むままに笑顔で生きてほしい。キルア様自身の人生を。
それは私の心からの願い。
友達になってよ、と向けられた幼い言葉に頷くことができなかった過去の、懺悔。
ゾルディックからキルア様が出ることになれば、お姿を見ることもできなくなる。
それを様は気にされているようで、私はつい笑みがこぼれた。本当に、なんて。
「キルア様が望まれたことであれば、私に不満などありません」
「…うん」
「様は、外に出られてもキルア様のお傍にいてくださるんですよね?」
「可能な限りは、そうしたいと思ってる」
「なら、安心です。そのときにはキルア様のこと、よろしくお願いいたします」
頭を下げれば、私の頭を撫でる大きな手。
驚いて顔を上げると、つい癖でと謝る様に胸がくすぐったくなる。
使用人だとか、暗殺一家だとか、そんなことはこのお方にとって関係ない。
私個人を、キルア様自身を、見てくださるひと。
そしてとても。本当にとても、優しい方なのだと思う。
だから様が傍にいてくださるのなら、キルア様は大丈夫だと信じられる。
手を振って去っていかれる背中を、温かい気持ちで見送る。
どうか、キルア様が広い世界で、笑顔で過ごせますように。
私は、ここで。キルア様の帰る場所を、守っておりますから。
ゾルディック家の執事制度の厳しさに驚いた選挙編。
[2012年 10月 25日]