「実際、キルアの状態はどうなんだ?」
「…まあ、普通。イルミは仕事で出かけたから、迎えに行くには丁度いいはずだ」

キルアの実家へと一足先に出向いたは淡々と状況を教えてくれた。
そうか、あのキルアの兄はいまいないのか。確かにそれは好都合かもしれない。
だがゾルディック家というのは何もイルミだけではない。兄弟だけでも多かったはず。

「観光案内では、ゾルディック家の者は他にもいるとのことだったが。は全員と面識が?」
「いや。キルアの両親と祖父には会ったことはある。キルアの兄弟は…ひとりだけ会ってない」

それだけ会っていれば十分のような気もするが。

「家族はどういった感じなんだ。イルミのような?」
「…そうだな…祖父のゼノさんは割と一般的な見方もできるひとだと思う。父親は優しいけど油断ならないタイプ…かな。イルミと母親は危ないから気をつけた方がいい」
「……それは暗殺されるという意味で?」
「いや、キルア溺愛という意味で」
「………………」

イルミの愛情は異常というか歪んでいる、というのは私も同意だ。
しかし母親までもそういったタイプとは。

「あとはキルアのすぐ上の兄は、あんまり危険はないと思う。他人に興味がないから」
「キルアは、個性的な家族に囲まれて育ったんだな」
「ああ」

頷くの表情は少しいつもと違って、何かを思い返しているよう。
そういえば彼も故郷を失った者のひとりだったな。
がこうした世界に足を踏み入れていても優しさを持つのは、家族を知っているから。
きっと温かい記憶を持っているからなのだろうと推測しているのだが。

…聞いて、いいだろうか。彼の心を抉らないといいけれど。

「………
「ん?」
「…お前は、その。故郷がないということだったが、ご家族のことは…覚えているのか?」
「両親は物心つく前にいなくなってたけど、祖父母のことは覚えてるよ」

ああ最初からひとりではなかったのかと、ほっとする。
温もりを知らなければ失う恐ろしさも知らずに済む、ということもあるが。
私は家族や同胞がいなければよかったとは思わない。
確かにあったあの日々を、忘れたいとはどうしても思えなかった。
どれほど悲しみや悔しさ憎しみ怒りを覚えようともだ。

あまり自分のことを話したがらないが、珍しく口を開く。
もしかしたら私のことを気遣ったのかもしれない。

「祖母はなんでも笑って受け止めてくれるひとだった。俺が十になる前に病死したけど」
「…では、それからは」
「うん、祖父が育ててくれた。破天荒というか理不尽なひとだったけど、俺がひとりで生きていくための色々なことを教えてくれたのはあのひとかな」

孫がひとり生きていくことになる、それは茨の道であると。
の祖父は知っていたのかもしれない。そのための生きる術を伝えて。

「ひとりで生きていくための…。強いひとだったんだな」
「強いというか無茶苦茶というか…。俺はあのひとに何度叩きのめされたかわからない」
「え」

……が叩きのめされる、という光景を想像することが全くできない。
どんな危険も軽々とかわして、難局に直面しようとも動揺せず解決してしまう。
私たちとは次元が違うのではと思われるほど強いのに、彼が敵わなかった相手。
もちろん、にだって未熟な頃があったのだろうと思うが、それにしても。

戸惑う私に不思議そうに首を傾げ、は苦笑を浮かべた。

「……死なずに生き残れてるのは祖父のおかげだが、当時は憎らしく思うこともあったな」
「い、いったい何をされたんだ」
「………思い出したくない」

焦げ茶の瞳が澱み、逸らされる。
いまこうして常人とは違う強さを得ているのだ、想像を絶する修行だったに違いない。

「感謝はしてる。それを伝えられなかったけど」

もう会うことのできないひとを想ってか、かすかに和らぐ声。
「……あのまま」とぽつりと落ちた呟きに私は先を促すが、は躊躇った。
意味のないことを考えた、と誤魔化そうとする彼を強引に止めて。
何を考えていたのか教えてくれと尋ねる。きっとそれは、の心に触れることだと思ったから。

ほんの少し迷って、でも彼は教えてくれた。

「…あのまま生きてたら。この世界に引っ張り込まれなかったら、俺はどう生きてたんだろう」
「…それは」
「過ぎたことを言っても仕方ないんだけど」

痛みを孕む瞳に、胸が締め付けられる。
私もときどき考えてしまう。あのまま、一族が何事もなく穏やかに生きていたならと。

きっと笑顔のまま、のんびりと毎日を過ごしていたのだろう。
だけどいくら想像してみたところで、現実は変わることはなく目の前に横たわる。
失ってしまったものは戻らない。夢想しても確かに意味はない。


「…ん?」
「私たちは、お前の家族の代わりにはなれない。だが、ここにいる」
「クラピカ…」

二度と同じものを手に入れることはできないけれど。
新しいものを得ることはできる。そう教えてくれたのは、お前だ。

「私にがいてくれたように、お前には私がいる。ゴンやレオリオ、そしてきっと…キルアもだ」
「………うん、ありがとう」

揺れた焦げ茶の瞳を見られたのは一瞬だけで。
の手が私の頭を撫でて、彼の顔が見えないように俯かされてしまった。
私の言葉が少しでも彼の心に届いたならいい。
ただ共にあることしかできないけれど、それがときに大きな意味になることを知っている。

「………クラピカたちに会えて、心底よかったと思うよ」
「………そうか」

教えてくれたのは、この大きな手を持つ彼。





主人公どころかじーちゃんまでもすごい扱いに。

[2012年 10月 27日]