「もう、あのひとったらどこに行ったのかしら」

私というものがありながら、他の女に目を向けるだなんて。
苛立ちと、少しの不安と寂しさ。それを抱えながら家の中を探し回る。

私はキキョウ=ゾルディック。
長く続く暗殺一家に嫁いだ身であり、夫との間に息子たちも儲けている。
夫のシルバはいつでも魅力的で、息子たちも愛らしい。
流星街で生まれ育った私にとって、ここで得られた家族というものは何物にも代えられない。
初めて手に入れた、無条件に信じられる存在。その奇跡をあのひとは理解しているのかしら。

「ゾルディックの家長なのだから、多少のお遊びは目を瞑りますけどね」

色々なものを嗜む必要があるのは、私とてわかっているつもりです。
けれど複雑な女心も理解してほしいものだわ。
愛人をつくろうが適当に遊んでこようが構いませんけれど。それでも、ねえ?
こうして怒って甘えるぐらいしてもいいじゃありませんの。それが妻の特権でしょう。

「あ、ここにいた」
「あらキル、どうしたの」

最近ますますあのひとに似てきたキルが、駆け寄ってくる。
さっきはごめんなさいね。我を忘れて愛息子に硫酸をかけるところだったわ。

「イルミが呼んでる」
「私を?」
「うん。次の仕事でを女装させたいとかなんとか…」
「んまあああああ、女装ですって!?」

さんというのは、イルミのお友達でキルアの先生。
ここゾルディックに招かれる数少ない客人なのだけれど。

女装だなんて面白そうな話が出てきたではありませんか。
確かあの方、身長はそれなりにありますけれど細身なのよね。
顔もメイクのしがいがありそうだったし、これはぜひいじらせてもらわないと。

「確か、さんのサイズに合いそうなドレスもあったわね。メイクはどんなものがいいかしら」
「さあ、兄貴と相談すればいいんじゃないの」
「ふふふ、そうねそうよね、すぐに道具を持ってくるわ。いっそ衣裳部屋に来てもらおうかしら」
「……好きだよなー」
「キルも久しぶりにどうかしら?」
「ぜってー、やだ」

きっと可愛くなると思うのに、んもう。
でもいまは許してあげましょう。だって、先客がいるのだから。

さあ、どんな風に仕上げてあげようかしら。






「私の腕もまだまだ落ちてないわね」
「うん、すごい。さすが母さん」
「………、きれい」

息子たちも気に入ってくれたみたい。
物憂げな表情で腰を下ろすさんは、どこからどう見ても美しい女性。
キルと会話している彼を眺めていたカルトちゃんが、くいっとこちらの袖を引っ張った。

「どうしたのカルトちゃん?」
「僕、をお嫁さんにしてもいい?」
「あらあら、お嫁さんにしたいぐらい綺麗にできたかしら」
「カルトが気に入るぐらいなら、大丈夫だね。結婚は難しいけど」
「そうね、カルトちゃんにはちょっと早いと思いますよ」
「うん。キルも怒るだろうし」




そういう問題じゃない、と誰か突っ込んであげて下さい。

[2011年 8月 27日]