高校時代―友人視点

俺にはひとり、不思議な友人がいる。
友人と表現するには微妙な距離感だが、ただの同級生というのも何か違う。
生まれついてからずっと抱えたままの事情もあって俺たち家族は他人から距離を置くという癖がついている。それなのに気が付いたら同じ場所にいて、だからといって親しく遊ぶというのでもなく。それぞれに好きな時間を過ごしながら空間だけを共有する。そんな心地よい距離感を持った存在だった。

容姿は飛びぬけて美形というわけではないが不細工でもない。
というよりも容姿に目がいくより先に、あの不思議な色合いの双眸に全ての印象を持っていかれる。
日本人なら珍しくもない焦げ茶の瞳。ただその色合いが常に変化を続けるものだから見ていて飽きない。どろりと濁りを見せることもあれば、驚くほど澄んでいることもある。恐らくはあいつの思考や意識に影響されて変化するものなのだと思う。人間の目は多くの感情を語るから。
だとしても、あの男の瞳は何を訴えているのかがひどく分かり辛い。

どうやら人と関わるのは苦手なようで、大抵はひとりで過ごしている。休み時間も本を読んでいるか、その本を探しに図書室に赴いているか。誰かと一緒にいる光景なんてほとんど見たことがない。
口数が少ないせいかミステリアスな印象が強いようで、女子たちにひそかに人気があるのだが当人は無頓着だ。声をかけられてもあっさりとスルーしてしまって、下手をすると存在そのものすら気にとめていないときがある。
俺も大概ひどい男だと思うが、あいつはあいつでけっこうなもんだと思う。

お互い干渉を望まないタイプなのに、なぜか共有する時間はちらほらとあった。
毎日一緒にいるわけじゃないが、気が付けば同じ場所にいて静かに過ごしてまた別れる。

そんな空間を、まあまあ気に入っていた。





異能の力を持って生まれた俺と妹たち。
前世とか胡散臭いことが絡んでいるらしいが正直そんなのはどうでもいい。ただ俺たちは普通に暮らしていたいだけで、周囲が勝手にこの力を求めて群がってくるという状況に辟易としていた。
それもようやく落ち着いて日本にやって来た俺たちだったけど、どうにも定期的に厄介なお客さんはやって来る。うまく力を制御できない妹たちにできるだけ危険なことに関わらせたくはなかったから、大抵はひとりで処理していた。そのときにたまに小さな怪我を作ることもあったけど、不思議な友人――は気付いているのに詮索してきたりはなかった。
多分そういった良い意味で無関心なところが気に入っていたんだと思う。

今日は学校が早く終わり、食事当番でもない。ぶらりと最近見つけた古書店に寄ってみるとなかなかの掘り出し物を見つけた。こんな見つかりにくい場所にある店なのにすごいなと感心する。
だいたいは棚の確認を終えたところで見慣れた姿が来店してきた。

「何だお前も来てたのか」

つい声をかけると、も驚いた様子で目を瞠る。
けどすぐに我に返ったみたいで俺の手元にある本に視線を落とす。

「…………相変わらず中国史が好きだな」
「俺のルーツみたいなもんだからな。は?また考古学の資料?」

俺もそれなりに本を読むけど、こいつには勝てないと思うこともある。勿論読む本の種類が違うのだが。
祖父が考古学者だというはそれに関連した資料ならばなんでも手に取る。オリエントの歴史について辞典のようなものをひっくり返していたかと思えば、その地域一帯の地図を開いていたり。もしくは天候や動植物の分布について調べていたりもする。
だからこそ、こういった何が入ってくるか分からないような本屋は丁度いいのかもしれない。

「特に目的があるわけじゃない。何か入ってないか確認に来ただけ」
「そうか。まだ三回目だが、意外と入れ替わりが激しいなこの店」
「隠れた名店ってんで、専門家が出入りするらしいよ。売るときは山のように売っていくみたいだから店長が腰がしんどいって言ってたな」
「…………お前も、顔に似合わず妙なコミュニケーション能力を発揮するよな」

無愛想とまではいかなくても表情の変化がほとんどない。見るひとによっては不機嫌にとられてもおかしくないタイプなんだが、意外と構われる。そして意外と邪険にせず律儀に反応を返すものだから、そのギャップに最初は驚かされたもんだ。
かといって話が大好き、ってわけでもなさそうだから……まあ付き合いがいいんだろう。女相手とか敵意を向けてくるような連中には清々しいぐらいに素っ気ないが。

会計を済ませに手を振って店を出たところで、ふとまとわりつくような視線を感じた。
……最近大人しいと思ってたらまた妙な客が来たらしい。あまり人気のない道が多いから好都合ってことか。できるならもう少し住宅地からは離れたいところだ。困ったことに学校帰りで制服のままだから、乱闘にでもなって通報されたら面倒である。

入り組んだ道を色々と迂回してみたりと試したがさすがに撒くまではいかなかった。
ただちょっと死角の多そうな林の手前までは来れたから、この中に入らせてもらえばいいだろう。

『そろそろ鬼ごっこはおしまいだぜ』

いい加減追いかけっこに飽きたのだろう。短気は損気だというのに。
足を止めると四人ぐらいの外国人が俺を囲んだ。日本人にしては大きい俺だが、それよりも頭ひとつ分ぐらいはでかいだろうか。見下ろされるのはあまり気分の良いものじゃない、縮めこの野郎。

『やっと見つけたんだ、せいぜいみじめに泣き叫んで死にな』
「お前ら誰だっけ。まずは自己紹介してくれないか、アポなしは困るってのに」
『ああ?何言ってやがる!』
「ワリ、ここ日本だから日本語で言ってくれ」
『てめえそらっとぼけてんじゃねえ!!!』

なんだかんだで英語と日本語で会話が成り立っているのが面白い。むこうからすれば全く通じていないんだろうが。
どうしてロクに強くもないのに無駄な自信だけ大きいヤツってのは声も大きいんだろうか。そこまで怒鳴らなくても聞こえてるっての。
すぐさま頭に血がのぼるのも面倒臭いナイフやらメリケンサックやら、物騒なもん取り出してるがどれも意味のないものだって知らないんだろうか。どこからどう見てもただの人間だ。確かに腕っ節は強そうだが、そんなの化け物と呼ばれる異能の力の前にはなんの効果もない。

ふと別の方向から殺気のようなものを感じて視線だけで確認すると、驚いたことにがいた。
基本的に静かな動作の同級生は気配を辿りにくい。さすがに間合いに入られれば気付くが、それでも一般人よりはよっぽど隠密に長けている。距離があるとはいえ俺が気付かないなんて珍しい。
ってそんな呑気なこと言ってる場合じゃなかった。の後ろから俺を囲んでる男たちの仲間と思われるヤンキーが刃物を振り上げていた。
無関係の人間を巻き込むなと文句を言いたいところだが、あいつも俺も下校途中であるため制服姿。恐らくはそれで関係者と思われたのだろう。面倒な来客は俺が精神的なダメージを負うことをお好みらしい。
俺が能力を発現させるよりも先に、の手からどさりと本が落ちる。恐らくは今回のあいつの戦利品だろう。それをのんびりと拾う素振りで自分を襲う刃をひょいと避ける。

ナイフで攻撃を受けたというのに視線でそれを見上げたは、怯えるでも恐慌状態に陥るでもなくただ静かな瞳を向けるだけ。いや確実にの気配はゆらりと不穏な揺らめきを感じさせるし、恐らくあいつの焦げ茶の瞳は淀みを見せているに違いない。

男たちの意識がに向いた隙を逃すことなく、俺は囲む連中を沈めることにした。
本来は能力なんて使うまでもない。純粋な体術だけで昏倒させることができる相手だ。
すると男たちの意識が俺に戻ったのを見て、は躊躇いなく駆け出した。低い姿勢を保ってのスタートは、敵からの妨害や攻撃を避けるのに適している。
脱出しながらも俺のことを気にかけている素振りは感じられたから、心配せずに帰れと声をかけた。
もちろん、巻き込んだことも謝っておく。安心させるように笑って手を振ってみたけど、それでも迷う気配を見せるのだから無表情に似合わず優しい男だ。

もう一度だけ、任せておけと声をかければ今度こそ駆け出す。
あいつがいることで俺の動きも制限されることをわかっているんだろう。

「なんだかな……妙なヤツだよほんと。一般人のはずなのにな」

が裏で何かやっているような人間なら、俺の昔の仲間から情報が入ってくるはずだ。
そんなことは全くなくて恐らくはただの高校生。なのになぜああも肝が据わっているのか。

ふと、の家で課題に取り組んでいたときにたまたま遭遇した祖父を思い出す。

「……やっぱあのひとの影響か?」

考古学者の中でもかなり有名だというの祖父は、随分変わった御仁だった。
厳しいのか大らかなのか、変人なのか天才なのかよくわからない典型的な学者タイプ。
ひとりで海外を渡り歩いては遺跡を調査し、原住民と通訳もなしにコミュニケーションを取って親しくなってしまうのだとか。俺が会ったときは一族の証としてもらった、と動物の頭蓋骨を見せてもらった。……なんだ一族の証って。そう思った俺の無言の問いかけをは死んだ目でスルーしていたのも懐かしい。

ああいう奇天烈なひとのもとで育ったから、大抵のことには動じないのかもしれない。





翌日、とは校門の前で鉢合わせた。

「昨日は悪かったな」

妹たちにもさんに迷惑をかけたらだめ!と叱られたため、改めて謝罪する。
あまり表情の変化がない友人だが、少しだけ不機嫌さが滲み出ているような気がした。

「本当に、無茶はやめろよ」
「俺だって平和に生きたいんだけどな。むこうが放っておいてくれないだけで」

巻き込んだことに関して怒られるのかと思いきや、俺を心配しているかのような言い方である。どんだけお人好しなんだお前は。ナイフで襲われてんのに何を呑気な。
平和ボケしているとはちょっと違うある種の危機感のなさに二の句を継げずにいると、するりと腕に誰かの温もり。視線を落とすとうっすら見覚えのある女だった。……確か隣のクラスの。
何か言いたげな表情を見せたもののはあえて突っ込まずに校舎に入っていった。必要以上に口出しせずにいてくれるのは本当に感謝だ。

俺とじゃ立っている場所や住んでる世界が違う。
でもきっと大人になったとしても、居心地の良いヤツがいたなとふと思い出すぐらいには特別な存在なんだろう。

おかげで集団行動があまり得意ではない俺も、なんだかんだで学校に通っていられるんだ。




身内以外に無関心なお兄ちゃんが、珍しく気に入っていた友人。

[2015年 5月 11日]