高校時代

俺にはひとり、不思議な友人がいる。
友人と言っていいのか微妙な距離感の男なんだけど、クラスメイトというのも違う気がするし。
もともと人と関わるのが苦手でぼっちな俺とは違ってそこそこ交友関係はありそうなのに、特別仲の良い人間はいないまさしく一匹狼な男。お前ほんとに高校生か?って真顔で聞きたくなるぐらいには大人びた雰囲気を持ってる。
俺のコンプレックスを刺激してくるような整った顔立ちなんだけど、ときたま見えないようにしてるけど傷をつくっていたりする。黙ってれば穏やかに見えなくもないのになんていうか……ヤバイ感じがぷんぷんするんだよな。それより何より女好きっていうか不純異性交遊が度を越してる。もっと誠実に生きろよ!って最初は思ったっけなぁ。

本来なら親しくなるはずもないあいつとなんでか一緒になることがちらほらあって。
毎日一緒とかじゃない。たまにふらっと同じ場所にやって来て、言葉を交わすでもなく時間を過ごして。そんでまたお互いにそれぞれの生活に戻っていく。

今日はどうやら、その時間が重なった日であるらしい。





「何だお前も来てたのか」

ちょっとややこしい場所にある古本屋。在庫に変化はないかと月に一回は訪れる場所に足を運ぶと、分厚い本を数冊抱えたと遭遇した。こいつが読書好きっていうのは知ってたけどまさかこんな場所で会うとは思わなかった。
通学路からは外れた場所にあるし、地元の住民じゃないと本当に迷いかねない入り組んだ路地の奥にかまえた店。俺はじーちゃんに教えてもらってからずっと通ってるんだけど、同年代の客に会ったことはない。大抵がお年寄りか気難しそうな学者っぽいひとばかりだ。
あまりに意表を突かれたもんだから言葉も出ず、の手にしている本に目を落とした。

「…………相変わらず中国史が好きだな」
「俺のルーツみたいなもんだからな。は?また考古学の資料?」
「特に目的があるわけじゃない。何か入ってないか確認に来ただけ」
「そうか。まだ三回目だが、意外と入れ替わりが激しいなこの店」
「隠れた名店ってんで、専門家が出入りするらしいよ。売るときは山のように売っていくみたいだから店長が腰がしんどいって言ってたな」
「…………お前も、顔に似合わず妙なコミュニケーション能力を発揮するよな」

うっさいわ!!お前みたいな美形と違って平凡で悪かったな!!!
同年代と話するのは苦手だけど、じいちゃんばあちゃんとは仲良くなるの得意なんだよ!だって俺があたふたする前に優しく話を繋げてくれる。……あれ、結局俺からコミュニケーションを取ってるわけじゃなくね?

自分の会話能力のつたなさに落ち込んでいる間にはさっさと会計を済ませたみたいだった。
じゃあなと手を振って店を後にする背中は随分とご機嫌に見える。どうやら良い買い物をしたみたいだ。よかったよかった。

「こんにちは」
「あぁ、いらっしゃい。ちょうど新しく本が入ったところだよ。まだ整理できてないんだが、その山から気に入ったものがあったら買っていって構わないから」
「本当ですか?ありがとうございます」
「ついでにあの山の整理も手伝ってくれると嬉しいねぇ。バイト代は本の割引でどうだい?」
「ぜひ」

やっぱりいまいち腰の調子がよくないみたいで、喜んで手伝わせてもらう。
じーちゃんの書斎とか研究室の掃除に比べたら楽なもんだ。あのひと掃除しようと思えば完璧にこなすくせに、いざ研究に没頭するとあっという間に部屋を資料まみれにさせるからな……。落ち着けば自分で掃除するんだから放っておけばいいんだけど、廊下に資料の雪崩がやって来てからは見過ごせなくなった。あれは恐ろしかった。

本の種類を分けていきながら、自分で読んでみたいものは膝の上にのせる。
作業が終わる頃には数冊の本と十冊近い冊子が膝を陣取っていて。宣言通りかなり安くしてもらえてほくほくと店を出た。家帰ったらさっさと課題終わらせて、そんでこの本を読もう。明日も学校だけど夜更かしどんとこい!今日はついてる日だ。



……なんて思っていた頃が俺にもありました。



「#$*&%!」
「ワリ、ここ日本だから日本語で言ってくれ」
「○×▼#□%&*!!!」

りゅ、流暢すぎて何を言っているのか分からないごつい外国人数名。それに囲まれている日本人。
いやーあの日本人に見覚えがありますねー誰だったっけなーあれえ?俺と同じ制服着てるような気がするなぁそんなまさかぁはっはっはっはっは。

………………………………。

何してんだお前ええええええぇぇぇぇぇぇ!!??
一体全体何を!どうしたら!そんなヤバそうな連中に囲まれる事態になるんだよ!?
あ、ちょっと、お兄さんの手にナイフあるの見えたんですけど。しかもそっちはメリケンサックとかそういう……。こ、殺す気満々じゃないですか!?いやあああ、ここは日本!安全神話がだいぶ崩れかけているとはいえまだ平和な日本!!危険な刃物を剥き出しで持ち歩くのはアウトですううううう!!

俺が心の中でシャウトしていると、の視線がちらりとこっちを向いた。
んでもって俺に気付いたのか驚いた顔してる。いや驚いてんのこっちだわ、むしろ白昼夢と思いたいわ。ほんと何してんの?

見なかった振りで帰りたい、と薄情なことを思った罰が腕に抱えていた本がどさりと落ちた。
おかげでを囲んでた男たちも俺に気付いてしまい、まさかのピンチ。
逃げ出すにしてもこの本だけは死守せねば、と落ちた本を慌てて拾う。と同時に頭上から聞こえたひゅんと空を切る音。
…………切る、音?そっとしゃがんだまま頭上に目をやると、俺の首があった場所で鈍く光るナイフ。……わー、これ切るっていうより斬るつもりだったんだわ。

って斬られそうになってんですけどおおおおお!!?

恐怖で身体が竦むのではなく、条件反射のように俺はしゃがんだ状態からクラウチングスタートのような感じで飛び出した。あ、もちろん本は手放さないぞ!
男たちの目が俺に向けられた隙をついて、が流れるような動作で手刀やら蹴りやらを繰り出す。びっくりするぐらいあっさり昏倒していく大男たち。待って、ねえ待って、なんでこんな手馴れてんのお前。いったいどんな過酷な道を歩んできたというのか、まだ高校生なのに!

「巻き込んで悪いな。俺のことは心配いらないから、さっさと帰れ」

ひらひらと手を振る一応友人は飄々とした空気のままで。
警察に通報するべきかと悩んでいた俺に笑顔で任せておけと言い放つ。
ここにいてもできることはないため、一目散に俺は逃げ出した。それはもうまさしく脱兎のごとく!
本当に薄情な人間ですまねえ……!

猛ダッシュで家に帰りつくと、珍しくじーちゃんがいて。
汗だくなのに顔面蒼白な俺を見てさすがに驚いたみたいだったけど、しどろもどろな説明を黙って聞いてくれた。説明が終わる頃には息も絶え絶えで、ぐったりと玄関に突っ伏す。ふむ、と顎を撫でたじーちゃんの答えはあっさりとしたものだった。

「放っておいて大丈夫じゃろ」
「…………マジ、で?」
「あの男なら問題あるまい。お前と違って頭の良いヤツのようだからな、不利となれば逃げるなり助けを求めるなりするだろう」
「…………あいつが助けを求めるとか想像つかないんだけど」
「ならばその必要もないぐらいに強いのだろうさ。さて、夕飯の準備を始めい。今晩のメニューは何だ?」
「先に帰ってたんならあんた作れよ」

しかも俺と違ってって失礼だな!!確かにあいつの方が色々と賢い気はするけど!!





翌日。怪我ひとつしてない様子のと校門前で鉢合わせた。
昨日は悪かったなと謝る割に悪びれていないのは相変わらず。と、とにかく無事でよかったよ……。
高校生、外国人による暴行を受け……とか朝刊に載ってたらどうしようかと思った。

「本当に、無茶はやめろよ」
「俺だって平和に生きたいんだけどな。むこうが放っておいてくれないだけで」

そりゃお前から喧嘩を売るとは思ってないけど、いちゃもんつけられてもしれっとしてるから余計に火に油注ぐんだろうに。じとりと睨んだところで隣のクラスの女子がに駆け寄ってきてその腕を絡め取った。
甘えるような仕草には少々煩わしげだけど振り払いはしない。あぁそうですか今回の“恋人”はその子ですか。まったくいい加減落ち着けよな。え?ひがみは見苦しい?うっさい!

怖いお兄さんたちに絡まれるのは哀れに思うが、女の子にまで放っておかれないなんて…!その点ばかりは羨ましいぞこの野郎!!

これ以上切ない現実を思い知らされても嫌だから、俺はさっさと校舎に入る。
何もかもが俺とは違ってて。多分住む世界そのものが違う男なんだと思う。俺みたいな一般人が近づいちゃいけない部類の人間だ。
でもあいつが妹のことを可愛がっているのは知ってるし、歴史の資料について話し合うのは面白い。俺の挙動不審ぶりにも態度を変えず付き合ってくれる相手で、何より無言でいることが窮屈じゃない。

多分ほんのひととき同じ空間にいて、同じ時間を共有しているだけ。
きっといずれは違う道に分かれてしまう存在なのだと予感がしている。

そんないつか。俺が大人になったときに。

ああ、あんなヤツもいたなって。そう思い返すんだろうなぁと考えてしまうぐらいには。
特別な友人なのだ。






こどもの日に書いてたとは思えないお話だった。

[2015年 5月 5日]