クラピカ視点

ふと意識が浮上したのは、ただの偶然だった。
もともとそれほど眠りの浅くない私は、空気が揺れるのを感じて瞼を押し上げる。

ほとんど消えかかっている火。
それを挟んで向かいには、ゴンとキルアが眠っている。
その間に人ひとり分の空間がぽっかりと空いており、寝ていたはずのの姿が見えない。
思わず腰を浮かせて、私は辺りを見回した。
少し離れた場所ではレオリオがいびきをかいている。
…そういえばこの男、昨晩は火の番も忘れて眠りこけていたな。

げしっ

「あだっ!」

何か足に引っ掛けた気もするが、恐らく気のせいだろう。
そう思うことにして髪を撫でつけながら立ち上がる。
キルアが身動きする気配がしたから、恐らく目が覚めたのだろう。

少し先へ進むと小川が流れており、そこに黒髪を揺らしてしゃがみ込むを見つけた。
そのことにほっと安堵して、ゆっくりと近づく。
朝日に輝く水面を見つめる彼はどこか現実味がなく、このまま消えてしまいそうだった。
わずかに視線を遠くへ飛ばしながら、彼は濡れた顔を拭いている。
どう声をかけたものか迷ったが、なんでもない言葉しか出てこなかった。

「早いな」
「…クラピカこそ」
「どこへ行くのかと思った」
「ただ顔を洗いに来ただけだよ」

そう言って、は小さく苦笑する。
私たちの心配など見透かした上で、なんでもないと言うのだ彼は。
それが、こちらの不安を余計に掻き立てるのだというのに。
焦げ茶の瞳を見ていることができず、私は視線を逸らして川に手をつけた。

「……冷たいな」
「まだこの時間だからな。他の奴等は?」

こちらの話題転換に付き合ってくれるはやはり敏い。

「ゴンは夢の中だ。キルアは私の気配で目覚めたようだった」
「レオリオは?」
「叩き起こしてきた」

そう呟くと、なんともいえない沈黙が返ってきた。
はレオリオと一緒に過ごすことを好んでいるようで、それがあまり面白くはない。
どうしようもない男だが、確かにレオリオは私たちにはない余裕のようなものがある。
いわゆる大人、というものだろうか。それを認めるのはとにかく腹立たしいのだが。
しかし私怨によるものだと思われないために、適当な理由を提供することにした。

「結局、レオリオは昨晩の火の番をサボっただろう」
「あぁ…」
はレオリオを甘やかしすぎだ。火の番まで代わって」
「レオリオも疲れてたんだろ。そういうときはお互い様だ」

そんなことを言いながら、お前は助けてばかりじゃないか。
何もさせてくれないくせに、と瞳を伏せる。
すると丁度良いタイミングで誰かがやって来た。

!」
「キルア。おはよう」
「気がついたらいねーから、焦るじゃん!」
「クラピカにも言われたところだ。そう心配するな」

柔らかく瞳を細めて、駆け寄ってきたキルアの頭を撫でる
キルアも彼の不安定さを感じ取っているのだろう。いつ、消えてしまうか分からないと。
彼はある日突然、何も言わず去っていってしまいそうなのだ。
そこにいた痕跡すらも残さず、風のようにするりと。

キルアと視線が合い、同じことを考えているのだろうと分かる。
小さく頷いて再びへ視線を向けると、彼は目を泳がせた。
やはりこちらの懸念に気付いているのだろう。

触れてほしくはなさそうだから、結局私もキルアも追及することはできなくて。
そのままキルアは川に近づいて顔を洗い始めた。

「つめて!」
「ほら、タオル」
「サンキュー」
「そろそろゴンも起こさなければならないな」
「ゴンの体内時計は正確だから、大丈夫じゃないか?」
「野生児だもんなー、あいつ」

そう話していると、丁度ゴンとレオリオがやって来る。

「おはよう!」
「朝から元気だなおめーら」
「あれだけ寝ておいてまだ眠そうだな、レオリオ」

ゴンがそのまま頭を川に突っ込んで顔を洗っているのが見える。
豪快な洗顔方法だな、と驚いていると。ゴンは動物のようにぷるぷると頭を振った。
隣のキルアに水がかかり抗議されている。それに対して笑いながら謝るゴン。
は二人のやりとりをじっと眺めている。
目許がわずかに綻んでいるから、微笑ましいと感じているのかもしれない。

「それで朝食だが。ゴン、魚釣れるか?」
「うん、任せて!」
「私は何か木の実でもないか見てこよう」
「んじゃ俺は火の番してるぜ」
「昨日ろくに出来てなかったのに大丈夫かよー」
「うるせ!」
はどうするの?」
「キルアと皿にできそうな葉とか、串になりそうな枝を探してくる」
「わかった、頑張って釣るからね!」
「あんま大物すぎんの釣るなよー?」

それぞれの役割分担を終えて散らばる。
の傍にキルアがいるのなら、大丈夫だろう。
我ながら心配しすぎだとは思うが、それでもほっとして私も歩き出した。







ゴンが釣り上げたのはとても大きな魚で。
きちんと食べられる種類のものではあったが、こんな大きなものは初めて見た。
これを捌くにはどうしたらいいのかと記憶を探っていると。
いつも通り淡々とした表情で魚を眺めていたが、ちらりとキルアに視線を向けた。
その視線は、捌いてみるか?と問うているようで。
魚の大きさを確認したキルアが、俺なりのやり方でいいならと頷いた。

キルアは育った環境から、刃物の扱いには慣れている。手そのものが刃物のようだ。
そしてそうした技術はのアドバイスを参考にもしているらしい。
なるほど、料理に活用するとは思いつかなかったが。これほどの大きな標的なら有効だ。

「…こんな感じ?」
「ああ、上出来だ。これだけ身があれば充分だろ」

満足気に頷いたは、そのまま切り身ひとつを口に放り込む。

ぱくり。

「あ」
「おい
「…生でもいけそうだな。けっこう、うまい」
「マジで?」

食べたことのない種類だと言っていたが、躊躇いなく口にすることに驚いた。
ゾルディック家の食卓に参加したこともあるらしいし、毒に耐性があるのかもしれないが。
サバイバルにも慣れているのだろう、切り身をさらに分ける作業の手際が良い。

「刺身と、あとは炙るのと、あぁ…蒸してみるのもいいか。これだけあるし」
って料理好きなんだね」
「誰も作ってくれないからな」

そう呟いて、わずかに瞳が遠くのどこかへ向けられる。
………は故郷がないと、そう言っていた。家族も、この世界にはいないと。
故郷も家族も失って、たったひとりで食べる食事の味気なさ。それは私にも分かる。
誰かに作ってもらう料理の温かさや幸せは、失ってみないと気付かない。

揺れるその瞳を見ていることが苦しくて、私は思わず口を開いていた。


「…ん?」
「食べたいときには言ってくれ。私でよければ何か作ろう」
「え」
「得意というわけではないが、いくつかなら作れる」
「いいなぁ、俺も料理とか覚えた方がいいかなぁ。ね、キルア」
「俺らが料理ぃ?の料理が一番うまいんだからいいじゃん」

私の言葉と、ゴンとキルアの会話を聞いて。
はわずかに目を瞬いた後で、ふわりと誰にでも分かるぐらいの笑みを見せた。

「…ありがとうクラピカ。機会があったら、食べさせてくれ」
「あぁ、もちろんだ」
「レオリオは?料理しないの?」
「俺を誰だと思ってる。お前らの中じゃ一番常識のある人間だぜ」
「それは聞き捨てならないなレオリオ」
「あの料理試験の結果で言えた台詞じゃないよなー」
「お前らだって同レベルだったろうが!」

確かにレオリオと同じレベルだと判定は受けたが(あれは屈辱だった)
しかし私だってひとりで旅を続けたのだ、最低限のことはできる。
ゴンも意外とできそうだが、まあキルアは除外してもいいだろう。
…いや、に色々と教授されたという話も聞くから料理もできるのだろうか。

誰が一番上手いか、という論争が繰り広げられている間もはマイペースだ。
炙る用なのか、切り身を串に刺したり。蒸す用に葉で切り身を包んでいたり。
慣れた手つきで刺身を切ってもいく。…最大のライバルは当人かもしれない。

「「「「、町についたら審判!!」」」」
「………何の話だ?」

だがとりあえずは、この中で一番誰が料理上手か。
それを判定してもらうことにしよう。





きっと料理対決は大騒ぎになると思います。

[2011年 4月 29日]