料理教室のはずが、ほとんど自分でやっちゃってるような。
[2011年 5月 1日]
「これでいいか?」
どさりどさりと、凄まじい量の野菜やら肉やらがその場に下ろされる。
無言で頷いた俺は、そのままフェイタンとノブナガへ振り返らないまま告げた。
「フェイタン、ノブナガ。二人は野菜の皮を剥いてくれ」
「なぜ私がそんなことをしなければならないか」
「全くだぜ、俺の得物は野菜を切るためにあるんじゃねえ」
「包丁を使え」
なんで凶器で野菜を剥こうとしてるんだお前ら。
いやそりゃ使い慣れてる方が切りやすいんだろうけどさ。
遠慮なく殺気をびしばし飛ばしてくる二人に、俺はもう怖くて後ろを見れない。
そりゃ料理なんてしなさそうな二人だけどさぁ!でもお前らにずっと言いたかったことあんだよ!
「…いつも料理に文句をつけるからには、自分で出来るんだろう?」
「「………………」」
そう、この二人かなり味にうるさい。
ノブナガは名前の通りジャポン出身なのかもしれないから、なんとなく分かる。
やっぱりあれだよな、日本食に慣れてると舌が繊細っていうか肥えちゃう。
そんでもってフェイタンは普通に味にうるさい。そんでもって好き嫌いが多い。
知ってるかフェイタン。
人間っていうのはな、自分で料理するようになると嫌いなものも食べられるようになるんだぞ。
「、俺はあと何をすりゃいい?」
「ウボォーは食材を調達してきてくれただろう、充分だ」
「けどなぁ、することないと暇だぜ。昼寝でもしてくっか」
「おい、ウボォーを贔屓しすぎじゃねえのか」
「そんなことはない。ウボォーはどんな料理が出ようと文句も言わず食べるだろ」
「………………」
そりゃ量はありえないぐらいたいらげるけどさ。
好き嫌いせずなんでも食べるところは偉いと思うんだな。
「とりあえず、フェイタンとノブナガは野菜の皮剥き」
「済んだヤツからこっちによこしな」
「私たちが刻みます」
「皆で料理だなんて初めてね。なんだかこういうのも楽しいわ」
さすが女性陣、文句を言うこともなく自分の役割をこなしてくれている。
というかもともと、マチたちは気が向けば料理はするんだそうだ。
それらを団員に振る舞うこともあるらしい。
マチたち美女の手料理が食べられるなんてうらやましすぎる。
俺も食べてみたい、と呟いたらシャルに物凄い形相で口を塞がれた。
………その、ね。料理の基礎を知らないんだか、それとも才能なのか。
女性陣に料理をさせると毒物が作られるらしい。
見た目はけっこう普通だから、他の団員たちも食してしまったそうで。
そのときの記憶を思い出したのか、シャルは虚ろな目で震えていた。
「、ライスはいま炊いてるよ。ボノレノフとコルトピが見てる」
「ありがとう、シャル」
「鍋の用意も一応できてるけど…ものすごい大きいのにしたね」
「この面子だと、これでも足りないだろ。サイドメニューの調達はクロロに任せたけど」
「うん、クロロなら妙なものは持ってこないだろ」
なんでこんな状況になっているかというと。
あんまり関わりたくない幻影旅団にいつものように巻き込まれた俺。
そこで用意される盗品の食事は、どうしてもおいしく食べることができなくて。
ちゃんと自分たちで作ろうよー、と心の中で涙を流すことしばし。
そうだ、作ればいいんじゃん!と思い立ったわけだ。
俺は自分で作るからお構いなく、って申し出たらなんでか皆が食べたいと言い出して。
こんな大人数の料理を賄えるはずもなく、なら全員で作ろうとなった。
結局は材料も盗品なんだけど…まあほら、そこは触れないでおこう。
希望者だけでいい、って言ったのになんでか全員参加の流れになっている。
正直フェイタンまで参加するとは思ってなかったぞ。
「先に肉は炒めておこう。それが終わったらいったん取り出して」
「了解。が料理するのは意外だったなー」
「そうか?」
「偏食なイメージあったし」
豪快に肉を投入していくシャルナークに、ああと相槌を打つ。
そうだよな、シャルといると大抵ケーキしか食べないもんな俺ら。
「料理も悪くない」
「そう?俺は面倒だと思うけど」
「自分の好みの味を作れるから」
レストランのご馳走だってもちろん美味しいけど、万人向けの味だ。
やっぱりそれぞれ個人で好みというのは微妙に違うもの。
甘いもの、辛いもの、酸っぱいもの、苦いもの。様々な種類がある。
その上、焼き加減や煮込み方など、さらに料理は多種多様に好みが出てくるのだ。
「あー、確かに好みはあるかも」
「シャルなら器用だからすぐ覚えられそうだけど」
「んー…が教えてくれるなら覚えてもいいかなぁ」
「……俺?」
「そ。今度時間あったら頼もうかな」
えええええ、シャルに俺が料理教えんのー!?
いやいや、シャルならきっと料理の本とか読むだけで覚えるって!
完璧なフルコースとかまで作れそうじゃん。なんかハイスペックそう。
「、こっちは切れたよ」
「…あぁ、ありがとうマチ。じゃあ鍋に野菜を入れ……」
「うん」
「待てシズク。全部一気に入れるのはやめてくれ」
「え、だめなの?」
「火が通りにくいものから入れるんだ。人参とか、じゃが芋とか」
「あぁ…どうりで。いっつも玉ねぎが炭になると思った」
玉ねぎは火が通りやすいんですよお嬢さん方。
…………っていうか、普段どんな火力で調理してらっさるん?
「シャル、その肉一度取り出して」
「はーい」
「そうしたら野菜入れていいから。少し油足して」
「鍋洗いなおさなくていいの?」
「肉汁が出てるから、捨てたらもったいない」
「「へー」」
「勉強になるわね」
深々と頷くマチとシズク、顎に指を添えながら瞳を細めるパク。
あの…えっと…皆さん、これ料理の中でもだいぶ簡単な部類に入るメニューですよ…?
いま俺らが作ってんの、野外炊飯でもチョイスされるカレーだから!
ルーだってすでに出来てる固形のもの調達してきてるからね、簡単だからね!
「が旦那さんだったら、すごく楽なのに…」
「シズク…自分でやるという選択肢はないのか」
「だって、私が作るよりおいしそう」
「そりゃそうだね、うまいもん食べたいに決まってる」
「マチまで…」
「私は好きなひとに料理を作るの憧れるわ」
「……パク、ぜひともその憧れを現実のものとしてくれ」
そして願わくば、この旅団に料理の習慣というものを定着させてくれ。
「、どんぐらい炒めればいいのこれ」
「じゃが芋が透けてきたらOKだ。…あぁ、玉ねぎもそろそろ入れて大丈夫そうだな」
「良い匂いがしてるな」
「あら、おかえりなさい団長」
「けっこう早かったね」
カレー以外のサイドメニューを調達してきてくれたらしいクロロ。
けっこうな量を持ってきたようで、これなら大食漢の集まりでもなんとかなりそうだ。
野菜にも火が通ったところで水を入れる。これまたシズクが適当に入れようとして焦った。
ちゃんとルーとの兼ね合いがあるんだから計算してくれ、って感じである。
あとは煮込むだけでいいから、女性陣には皿の用意を頼む。
給食のおばちゃんよろしく大きな鍋をかき混ぜる。けっこうな重労働だ。
「しかし、俺たちが料理をするとはな」
「けっこう楽しいよ。っていうか、クロロは料理らしいことなんもしてなくない?」
「ふむ、そうだな。、味見という大事な役目を担ってやってもいいが」
「………おいしいとこどりにも程があるな」
まあクロロらしいけど、と苦笑してもう少し待てと押し留める。
いまの状態だとまだしゃぷしゃぷしてて、カレーらしくない。本場のカレーは水っぽいんだっけ?
とりあえずルーを割りながらさらに投入していくと、シャルは興味津々の様子で。
やってみるか?と新しい箱を差し出すと、素直に受け取って中身を取り出した。
チョコみたいだね、としげしげ眺める姿が子供みたいで。
俺にもくれ、と手を出すクロロも同じだ。二人そろって、なんだか可愛い。
「こう…でいいのか?」
「そう。俺が混ぜてるから、入れて」
「うわー、どろどろしてきた」
「カレーの匂いにもなってきたな」
「そろそろ味見できるか……はい、クロロ」
小皿にカレーを注いで手渡すと、それを受け取ったクロロはくいっと飲み干した。
しばらく無言で小皿を見つめる団長に、俺はあれ?と不安になる。
もしかしてまずかっただろうか、カレーで失敗するってそうないと思うんだけど。
「…クロロ?」
「……こんな味のカレーは初めてだ」
「え」
「、俺にもちょうだい」
「…あぁ」
シャルにも味見してもらうと、やっぱり無言になってしまう。
ええええ、なんだよマズイのか!?思わず俺も味見してしまった。
………いや、普通だよな。空きっ腹にはおいしいとしか感じない。
それとも何か、クロロもシャルも舌が肥えすぎててこんなんじゃ満足できんのか。
なんだよなんだよ、せっかく頑張ったのにー。
「なんか、むずがゆいね」
「…むずがゆい?」
「おいしいよ」
「………無理しなくてもいいんだぞ」
「…いや、俺もうまいと思う。………言葉が出てこなかったぐらい」
それはそれで過大な評価すぎると思うんですけどー!?
「さ、鍋をテーブルの傍に運ぼう」
「ウボォーもさっきから待ちかねているらしい」
「ライスもあっちに運んであるらしいから、これ持ってくだけだ」
「…しかしこの鍋を置けるスペースがあったかどうか」
「あ、俺見てくる」
クロロの呟きにシャルが小走りに去っていく。
自分の目で確認したいのか、クロロもその後を追っていった。
残された俺はなんともいえない気持ちで、再び小皿にカレーを注ぐ。
どこからどう見ても普通のカレーだ。
だというのに、クロロもシャルも言葉を失っていた。どうしてなんだろう。
「あれ、完成してたんだ」
「…ヒソカ!?」
「ん、美味しいね。の料理が食べれるって聞いて、飛んできたよ」
「完成してから来るとは良いご身分だな」
ヒソカらしいけど、と飲み干された小皿を受け取る。
気配もなく姿を見せた奇術師は、楽しげに瞳を細めた。
「ボクたちにはあまり馴染みのない味だ」
「………馴染みのない?」
「いわゆる、家庭の味ってやつかい」
「………………」
「ククク、ここにいる連中はそんなものとは縁がないからね。どんな反応をするか楽しみだよ」
そうか、それでクロロもシャルも。
……なんかそう思うと、胸がぎゅっとしめつけられて。
俺はしんみりとしながら、鍋の置く場所が用意できたと戻ってきたシャルを見やる。
どうかした?と不思議そうに首を傾げるシャルは、俺の隣りに立つヒソカを完全無視だ。
ないものとして扱っているところが凄いんだか酷いんだか。
「…シャル」
「何?」
「今度はシャルの、シャル達が作った料理が食べてみたい」
「え。どんな悲惨なことになるか分からないよ」
「最初から完璧にできるひとなんて、そういないから」
でも失敗したとしてもきっと。
シャルたちの手だって、あったかい料理を生み出すことができるはず。
その味を感じて、そして言ってあげたい。
おいしいよ、って。
料理教室のはずが、ほとんど自分でやっちゃってるような。
[2011年 5月 1日]