旅団なのにほのぼの。
[2011年 5月 3日]
「これでいいか?」
材料の調達へと出向いていたらしいウボォーが戻ってきた。
どさりどさりと、凄まじい量の野菜やら肉やらがその場に下ろされるのをが確認する。
そして無言で頷いて、そのままフェイタンとノブナガへ指示を出した。
「フェイタン、ノブナガ。二人は野菜の皮を剥いてくれ」
「なぜ私がそんなことをしなければならないか」
「全くだぜ、俺の得物は野菜を切るためにあるんじゃねえ」
「包丁を使え」
面倒臭がる二人に対し、は全く意に介した様子もない。
それどころかむしろ、二人の殺気に応じるようにぶわりとオーラを強めた。
「…いつも料理に文句をつけるからには、自分で出来るんだろう?」
「「………………」」
確かにノブナガもフェイタンも味にうるさい。その割りに、自分では何もしない。
まあ旅団のメンバーは基本的に何もしないんだけどねー。
それがからすると信じられないらしく、今日のような事態に陥っている。
「、俺はあと何をすりゃいい?」
「ウボォーは食材を調達してきてくれただろう、充分だ」
「けどなぁ、することないと暇だぜ。昼寝でもしてくっか」
「おい、ウボォーを贔屓しすぎじゃねえのか」
「そんなことはない。ウボォーはどんな料理が出ようと文句も言わず食べるだろ」
「………………」
「とりあえず、フェイタンとノブナガは野菜の皮剥き」
「済んだヤツからこっちによこしな」
「私たちが刻みます」
「皆で料理だなんて初めてね。なんだかこういうのも楽しいわ」
マチたちはむしろ乗り気で、さっさと野菜の皮を剥けと促している。
確かに旅団の女性陣はたまに料理をすることもあるんだけど…出来上がりは、うん。
男連中でトイレ争奪戦になったあの記憶は、忘れたいのに忘れられない思い出だ。
見た目はまあいけそうだったんだけど、お腹が悲鳴上げちゃってさ。
あれはもういっそ、毒物として利用した方がいいんじゃないかと思った。
は食べてみたいと言ってたけど、おすすめはしない。
「、ライスはいま炊いてるよ。ボノレノフとコルトピが見てる」
「ありがとう、シャル」
「鍋の用意も一応できてるけど…ものすごい大きいのにしたね」
「この面子だと、これでも足りないだろ。サイドメニューの調達はクロロに任せたけど」
「うん、クロロなら妙なものは持ってこないだろ」
現在、旅団のメンバーでなぜか料理に携わっている。
発案者はもちろんだ。
いつものように遊びに来ていたは、やっぱり食事にほとんど手をつけなくて。
俺と外で会うときは普通においしそうに食べるのに、なんでなのかと不思議だった。
渋面を浮べていたが、不意に自分で作るからと呟いたのはそんなとき。
それにその場にいた者が一斉に反応した。の、手料理。
食べたい!と訴えるメンバーに驚いた彼はしばし考え込み、なら全員で作ろうと提案。
は自由参加って言ったんだけど、結局全員参加してるよねこれ。
なんでフェイタンとかノブナガまでいるのさ。あ、ちなみにフィンクスはそもそも来てない。
多分あとで仲間はずれにされて悔しがるんだろうなぁ。自慢してやろっと。
「先に肉は炒めておこう。それが終わったらいったん取り出して」
「了解。が料理するのは意外だったなー」
「そうか?」
「偏食なイメージあったし」
どばどばと肉を入れていくと、隣に並んだが目を細めた。
そうなんだよ、二人で会うと大抵はケーキ屋になだれこむからさ。
まあ、普通にレストランにも行くんだけど。でも甘いもの食べてる方が嬉しそうだし。
だからこんな風に指示を出せるほど料理できるのか、って驚いた。
「料理も悪くない」
「そう?俺は面倒だと思うけど」
「自分の好みの味を作れるから」
「あー、確かに好みはあるかも」
「シャルなら器用だからすぐ覚えられそうだけど」
「んー…が教えてくれるなら覚えてもいいかなぁ」
「……俺?」
「そ。今度時間あったら頼もうかな」
確かに料理できると色々便利だとは思う。
どっか警戒しなきゃいけない場所に行ったとき、毒物混入の恐れも回避できるし。
自分で作れるなら、心配いらないよね。
………あ、そっか。が俺らのホームに来るとあんまり食欲ないのって、そのせい?
どうしても出される食事に警戒して、味わうことができないのかもしれない。
初めてここに来たときも、毒物じゃなきゃなんでも食べられるって言ってたぐらいだしなー。
俺と食べるときは普通にしてるから、他の面々にまだ完全に気を許したわけじゃないのかも。
「、こっちは切れたよ」
「…あぁ、ありがとうマチ。じゃあ鍋に野菜を入れ……」
「うん」
「待てシズク。全部一気に入れるのはやめてくれ」
「え、だめなの?」
「火が通りにくいものから入れるんだ。人参とか、じゃが芋とか」
「あぁ…どうりで。いっつも玉ねぎが炭になると思った」
納得したように頷くマチやシズクに、が呆れた表情を浮べている。
女性陣は当てにしないことにしたのか、くるりと俺に振り返った。
「シャル、その肉一度取り出して」
「はーい」
「そうしたら野菜入れていいから。少し油足して」
「鍋洗いなおさなくていいの?」
「肉汁が出てるから、捨てたらもったいない」
「「へー」」
「勉強になるわね」
へー、ひとつひとつが無駄にならないなんてすごいなぁ。
「が旦那さんだったら、すごく楽なのに…」
「シズク…自分でやるという選択肢はないのか」
「だって、私が作るよりおいしそう」
「そりゃそうだね、うまいもん食べたいに決まってる」
「マチまで…」
「私は好きなひとに料理を作るの憧れるわ」
「……パク、ぜひともその憧れを現実のものとしてくれ」
妙に重々しいの声を聞きながら、凄まじい量の野菜が投入された鍋をかき混ぜる。
これはけっこう重労働。意外といい訓練になりそうじゃないこれ?
「、どんぐらい炒めればいいのこれ」
「じゃが芋が透けてきたらOKだ。…あぁ、玉ねぎもそろそろ入れて大丈夫そうだな」
「良い匂いがしてるな」
「あら、おかえりなさい団長」
「けっこう早かったね」
今日作るのはカレー。
それ以外のサイドメニューを調達してきてくるのがクロロの担当だ。
けっこうな量の荷物を下げたクロロに、これなら足りそうだなとが頷く。
野菜に火が通ったら水を入れて、煮込む。
かき混ぜる役目を俺と代わったが、真剣な様子で鍋の中身を確認していた。
その隣りに並んだクロロが同じく鍋の中身を見やりながら、小さく笑う。
純粋な笑顔というわけではなく、面白がるような自嘲するような複雑な笑みだ。
「しかし、俺たちが料理をするとはな」
「けっこう楽しいよ。っていうか、クロロは料理らしいことなんもしてなくない?」
買い出しに行ってただけだろ、と睨むとクロロは顎に指を添えて首を傾ける。
その無駄に決める仕草、言っとくけど腹立たしいからやめてくれない。
「ふむ、そうだな。、味見という大事な役目を担ってやってもいいが」
「………おいしいとこどりにも程があるな」
淡々とつっこんだは、まあクロロらしいけどと苦笑した。
味見にはまだ早いらしくて、少し待てとだけ呟く。
これまた大量に購入していたルーの箱をが開ける。
そしてその中にあった茶色い固形のものを折りながら鍋に入れ始めた。
え、これでカレーの味になるの?へー、便利だなぁ。
思わず顔を近づけて覗き込むと、やってみるか?と新しい箱が差し出された。
ちょっと興味のあった俺はそれを受け取り、と同じように割ってみる。
「チョコみたいだね」
「味はまったく逆で辛いけどな」
「俺にもくれ」
「はいはい」
「こう…でいいのか?」
「そう。俺が混ぜてるから、入れて」
男三人が並んで鍋の前にいる、っていうのも変な風景だけど。
「うわー、どろどろしてきた」
「カレーの匂いにもなってきたな」
「そろそろ味見できるか……はい、クロロ」
カレーを注がれた小皿を受け取ったクロロはくいっと飲み干した。
一瞬見たこともない揺れ方をした瞳に、俺は目を瞬く。
そのまま無言になってしまうクロロにも不思議そうだ。
「…クロロ?」
「……こんな味のカレーは初めてだ」
「え」
「、俺にもちょうだい」
「…あぁ」
どういうことだろう、と俺も味見してみる。
口の中に流し込んだカレーは、店の品よりも少し焦げ臭くて間の抜けた味。
でも身体がふわりと温かくなるような感覚に包まれて、俺は硬直してしまった。
何これ、こんな味初めてなんだけど。あれ、特殊なスパイスとか使ってたっけ?
動揺する俺たちを見て、も味見をする。
けれど彼は小さく頷くのみで。どうやらこれがいつもの味らしい。
「なんか、むずがゆいね」
「…むずがゆい?」
「おいしいよ」
「………無理しなくてもいいんだぞ」
「…いや、俺もうまいと思う。………言葉が出てこなかったぐらい」
俺もクロロも、こんな味知らない。
盗んでくる高級の料理よりも、確かに味は無骨というか劣るのに。
なのにこっちの方がおいしく感じてしまうのは、どうしてなんだろう。
「さ、鍋をテーブルの傍に運ぼう」
「ウボォーもさっきから待ちかねているらしい」
「ライスもあっちに運んであるらしいから、これ持ってくだけだ」
「…しかしこの鍋を置けるスペースがあったかどうか」
「あ、俺見てくる」
準備されているテーブルがある場所へ行くと、ほかほかのライスが用意されていて。
まだかー、とウボォーが腹を空かせて待っていた。
いまから運ぶよ、と応じて鍋を置く場所を確保するように指示を出す。
クロロも後からやって来て、現場監督を務めてくれた。
なら俺はを手伝おうかな、と調理場に戻ると。
ふとなかったはずの気配を感じた。
「ボクたちにはあまり馴染みのない味だ」
聞こえてくるのは独特の高い粘着質な声。
いつの間に来てたんだ、あいつ。
「………馴染みのない?」
「いわゆる、家庭の味ってやつかい」
「………………」
「ククク、ここにいる連中はそんなものとは縁がないからね。どんな反応をするか楽しみだよ」
面白がるヒソカの声を聞きながら、俺は思わず納得してしまった。
家庭の味、なるほどあれが。それは俺もクロロも食べたことがないはずだ。
だってそんなものとは縁がなさそうなのに、自分の手で作りだせちゃうなんてすごいなぁ。
けど、ヒソカにそれを気付かされたっていうのは癪で。
調理場に入った俺はヒソカには一切視線を向けず、に笑いかけた。
「鍋の置く場所用意できたよ」
「………」
「どうかした?」
なんでかの瞳が揺れてる。
「…シャル」
「何?」
「今度はシャルの、シャル達が作った料理が食べてみたい」
「え。どんな悲惨なことになるか分からないよ」
「最初から完璧にできるひとなんて、そういないから」
そう言って小さく笑う表情は、少しだけ寂しげだ。
………自分で作り出すことはできても、それを食べる機会はないんだろう。
そのことを思い出してしまったのかもしれない。
こんな顔をさせたのがヒソカだということが腹立たしくて。
俺はいま気付いたとばかりに、ヒソカも仕事してくれよと鍋を運ぶように指示する。
意外にも彼はひょいと肩をすくめただけで、素直に鍋を運んでいった。
俺たちも行こうかとを促して調理場から出る。
多分、相当に滅茶苦茶な出来上がりになるんだろうけど。
でもに教わりながら作る料理なら。
俺にも、家庭の味ってやつが出せそうな気がした。
旅団なのにほのぼの。
[2011年 5月 3日]