キルア視点

最初は嫌々だった天空闘技場での修行。
けどそこでおれはと会えたから、いまは来てよかったって思う。

「え、マジで!?1ホールたべていいの!?」
「今日は特別だ」

に連れられていった先はケーキ屋。
今日はおれの誕生日だから、ケーキを奢ってくれるらしい。
どれにしよっかなーと悩みながら決め、そのまま部屋に戻ると今度はご馳走が。
昨日のうちに用意してたらしくて、おれはもう驚くしかできなかった。

「よし、好きなだけ食え」
「うまそー!」

これ全部、おれのために用意してくれたんだって思うとそれだけで嬉しくて。
ついつい急いで口の中に放り込んでしまう。

「んーまい!」
「それは良かった。この肉は自信作だぞ」
「どれ?すっげー、中にライスが入ってる」
「この間ネットで分かりやすい作り方を見つけて、チャレンジしてみた」

は意外と料理が好きだ。おれは面倒なもん、って思うんだけど。
外で食べてばっかりだと落ち着かない、っては言う。
あれかな、誰が作ったかわからないもんだと、安心して食べられないってことか。
おれみたいに毒にも耐性あるなら気になんないだろうけど、はそうじゃないもんな。

おれも今度、料理チャレンジしてみようかなぁ。
に教えてもらいながらになりそうだけど。

「なあ、
「ん?」
のたんじょうび、っていつ?」

こんな風には無理だけど、おれだってを祝いたい。
そう思って顔を上げると、目を細めたが俺の顔に手を伸ばしてきた。
何かと思ったらご飯粒がついてたらしい。それを取ってくれたあいつは、首を傾げた。
その上、何か思い巡らすように視線を彷徨わせる。
ずっと黙ってるに堪えきれず、おれは重ねて口を開いた。

「おれも、おかえししたい」
「キルア…」

の瞳が揺れる。
なんでそんな顔、と思ったときには大きな手がおれの頭をぐりぐり撫でていて。
の顔を見ることができず、おれは好きなように髪をかき混ぜられる。

「気持ちだけで充分だ」

本当に嬉しそうで、けどちょっとだけ涙声にも聞こえる声。
………もしかしては誕生日を知らないのかもしれない。その可能性に、思い当たった。








その後もはいつも通りで。
負けることもなくとんとん拍子で勝ち進んでいく。
おれは勝ったり負けたりで、なかなか思うように上にいけない。

今日も負けて、苛々してそのままベッドに潜り込んだ。
もういい、今日は何もしない!
が苦笑するような気配がしたけど、構うもんか。
そのままベッドの中にいたら睡魔が襲ってきて、おれは寝てしまった。

どれぐらい時間が経ったんだろう。
ふと意識が浮上すると、すっかり部屋は真っ暗で。もう夜なんだ、と分かった。

あまりに静かすぎて誰もいないのかとシーツの間から覗くと、いた。
窓際にあるテーブルに腰かけて、カーテンを開けて夜空を眺めるが。
電気もつけず何してんだと思ったら、テーブルの上には紅茶がひとつと…。
なぜか、ケーキがふたつ。

何を考えているのか、の焦げ茶の瞳が遠くを見つめている。
月明かりに照らされた横顔はまるで人形のようで。頬杖をついたまま動かない。
声をかけることもできずにいると、ふっと笑ったがフォークを揺らした。
手元にある紅茶に視線を落とし、わずかに目を細める。
テーブルに腰かけているのはひとりなのに、用意されたケーキはふたつ。
それはまるで、ここにはいない誰かの存在があるかのようで。

「………?」
「…起こしたか?」

ついに黙っていられず声をかけると、寝てていいよとが笑った。
ひとりで何してるんだよ、こんな暗い場所で。なんでひとりで。

「……悪いけど、これはやれないぞ」

やっぱり、誰かを思って用意されたケーキなんだろうか。
ひとりきりの時間、まるで捧げ物や弔うために用意されたかのようなそれ。
立ち入ることのできないものを感じて。おれは、別にいらないと答えるのが精一杯。
なのには穏やかに笑うだけなんだ。

「こんな時間に、なにしてんだよ」
「そうだなぁ……忘れないように、確認?」

誰のことを?とは聞けなくて。
もいつも通りの顔で、枕元までやってきて頭を撫でてくる。
そのことには触れないでくれないか、と訴えるような優しい手つきで。

「ほら、もう眠れ。明日も試合があるんだろ?」

ここにいないヤツのことを考えているが嫌で。
おれはここにいるんだと主張したくて。けど、どうすればいいのかわからない。
だって誰かを祝うなんてろくにしたことない。うちの家族が参考にならないのはわかってる。
だからおれは結局、に聞くしかなかった。

「………って、だれかをいわうとき、なにあげる?」
「祝う?」
「たんじょうびとか」

その質問に、が少し沈黙する。

「覚えてるのだと…祖父母にお手伝い券っていうのをあげたな」
「おてつだい…けん?」
「そう。紙に何枚か券を作ってさ、それ一枚ごとに俺が手伝うっていう」
「てづくり?」
「その方が嬉しい、って言われてな」

寂しげな瞳に、しまったと思う。
帰る故郷がないっては言ってたのに。
いまのはきっと、その故郷があった頃の話なんだ。
辛い記憶を思い出させるのが嫌で、おれは慌てて口を開く。

「じゃあさ…」
「ん?」
「おれが、にそれあげたら、よろこぶ?」
「キルア…」

眠りを促すように撫でる手に、目が上手く開かない。
驚いたような声がして、なんとか瞼を押し上げれば、じっとこちらを見下ろす
またその瞳が揺れたような気がして、不安になる。

「……?」
「………キルアが一生懸命に作ったものなら、なんでも嬉しいよ」

そう呟く声は、嘘を言っていなくて。
きっとおれが作ったものなら、本当に喜んでくれるんだろうと思える。
じゃあ絶対に、あっと言わせるようなものを用意してやらないと。

ここにいないヤツのことなんて忘れて、悲しい思い出なんて確認しなくて済むように。
そんな習慣、いつか消えてしまえばいいのに。

そう思いながら、おれは眠りに落ちていった。





ただ単に、食い意地はって2個買っただけなんですよキルアくん。

[2011年 5月 6日]