ただ単に、食い意地はって2個買っただけなんですよキルアくん。
[2011年 5月 6日]
最初は嫌々だった天空闘技場での修行。
けどそこでおれはと会えたから、いまは来てよかったって思う。
「え、マジで!?1ホールたべていいの!?」
「今日は特別だ」
に連れられていった先はケーキ屋。
今日はおれの誕生日だから、ケーキを奢ってくれるらしい。
どれにしよっかなーと悩みながら決め、そのまま部屋に戻ると今度はご馳走が。
昨日のうちに用意してたらしくて、おれはもう驚くしかできなかった。
「よし、好きなだけ食え」
「うまそー!」
これ全部、おれのために用意してくれたんだって思うとそれだけで嬉しくて。
ついつい急いで口の中に放り込んでしまう。
「んーまい!」
「それは良かった。この肉は自信作だぞ」
「どれ?すっげー、中にライスが入ってる」
「この間ネットで分かりやすい作り方を見つけて、チャレンジしてみた」
は意外と料理が好きだ。おれは面倒なもん、って思うんだけど。
外で食べてばっかりだと落ち着かない、っては言う。
あれかな、誰が作ったかわからないもんだと、安心して食べられないってことか。
おれみたいに毒にも耐性あるなら気になんないだろうけど、はそうじゃないもんな。
おれも今度、料理チャレンジしてみようかなぁ。
に教えてもらいながらになりそうだけど。
「なあ、」
「ん?」
「のたんじょうび、っていつ?」
こんな風には無理だけど、おれだってを祝いたい。
そう思って顔を上げると、目を細めたが俺の顔に手を伸ばしてきた。
何かと思ったらご飯粒がついてたらしい。それを取ってくれたあいつは、首を傾げた。
その上、何か思い巡らすように視線を彷徨わせる。
ずっと黙ってるに堪えきれず、おれは重ねて口を開いた。
「おれも、おかえししたい」
「キルア…」
の瞳が揺れる。
なんでそんな顔、と思ったときには大きな手がおれの頭をぐりぐり撫でていて。
の顔を見ることができず、おれは好きなように髪をかき混ぜられる。
「気持ちだけで充分だ」
本当に嬉しそうで、けどちょっとだけ涙声にも聞こえる声。
………もしかしては誕生日を知らないのかもしれない。その可能性に、思い当たった。
その後もはいつも通りで。
負けることもなくとんとん拍子で勝ち進んでいく。
おれは勝ったり負けたりで、なかなか思うように上にいけない。
今日も負けて、苛々してそのままベッドに潜り込んだ。
もういい、今日は何もしない!
が苦笑するような気配がしたけど、構うもんか。
そのままベッドの中にいたら睡魔が襲ってきて、おれは寝てしまった。
どれぐらい時間が経ったんだろう。
ふと意識が浮上すると、すっかり部屋は真っ暗で。もう夜なんだ、と分かった。
あまりに静かすぎて誰もいないのかとシーツの間から覗くと、いた。
窓際にあるテーブルに腰かけて、カーテンを開けて夜空を眺めるが。
電気もつけず何してんだと思ったら、テーブルの上には紅茶がひとつと…。
なぜか、ケーキがふたつ。
何を考えているのか、の焦げ茶の瞳が遠くを見つめている。
月明かりに照らされた横顔はまるで人形のようで。頬杖をついたまま動かない。
声をかけることもできずにいると、ふっと笑ったがフォークを揺らした。
手元にある紅茶に視線を落とし、わずかに目を細める。
テーブルに腰かけているのはひとりなのに、用意されたケーキはふたつ。
それはまるで、ここにはいない誰かの存在があるかのようで。
「………?」
「…起こしたか?」
ついに黙っていられず声をかけると、寝てていいよとが笑った。
ひとりで何してるんだよ、こんな暗い場所で。なんでひとりで。
「……悪いけど、これはやれないぞ」
やっぱり、誰かを思って用意されたケーキなんだろうか。
ひとりきりの時間、まるで捧げ物や弔うために用意されたかのようなそれ。
立ち入ることのできないものを感じて。おれは、別にいらないと答えるのが精一杯。
なのには穏やかに笑うだけなんだ。
「こんな時間に、なにしてんだよ」
「そうだなぁ……忘れないように、確認?」
誰のことを?とは聞けなくて。
もいつも通りの顔で、枕元までやってきて頭を撫でてくる。
そのことには触れないでくれないか、と訴えるような優しい手つきで。
「ほら、もう眠れ。明日も試合があるんだろ?」
ここにいないヤツのことを考えているが嫌で。
おれはここにいるんだと主張したくて。けど、どうすればいいのかわからない。
だって誰かを祝うなんてろくにしたことない。うちの家族が参考にならないのはわかってる。
だからおれは結局、に聞くしかなかった。
「………って、だれかをいわうとき、なにあげる?」
「祝う?」
「たんじょうびとか」
その質問に、が少し沈黙する。
「覚えてるのだと…祖父母にお手伝い券っていうのをあげたな」
「おてつだい…けん?」
「そう。紙に何枚か券を作ってさ、それ一枚ごとに俺が手伝うっていう」
「てづくり?」
「その方が嬉しい、って言われてな」
寂しげな瞳に、しまったと思う。
帰る故郷がないっては言ってたのに。
いまのはきっと、その故郷があった頃の話なんだ。
辛い記憶を思い出させるのが嫌で、おれは慌てて口を開く。
「じゃあさ…」
「ん?」
「おれが、にそれあげたら、よろこぶ?」
「キルア…」
眠りを促すように撫でる手に、目が上手く開かない。
驚いたような声がして、なんとか瞼を押し上げれば、じっとこちらを見下ろす。
またその瞳が揺れたような気がして、不安になる。
「……?」
「………キルアが一生懸命に作ったものなら、なんでも嬉しいよ」
そう呟く声は、嘘を言っていなくて。
きっとおれが作ったものなら、本当に喜んでくれるんだろうと思える。
じゃあ絶対に、あっと言わせるようなものを用意してやらないと。
ここにいないヤツのことなんて忘れて、悲しい思い出なんて確認しなくて済むように。
そんな習慣、いつか消えてしまえばいいのに。
そう思いながら、おれは眠りに落ちていった。
ただ単に、食い意地はって2個買っただけなんですよキルアくん。
[2011年 5月 6日]