「うわっちゃー、ずぶ濡れだ」

運び屋の仕事をようやく終えて、ゴンたちと合流しようとしていた俺。
運悪く土砂降りになってきたせいで全身びしょびしょだ。
あーもう、こりゃ帰ったらすぐ風呂入らないと。クラピカに頼んで湯でも張ってもらうかな。
携帯を取り出そうとして、俺は一歩足を止める。

その瞬間、ガッという音をたてて俺の鼻先を何かがかすめた。
はい?と恐る恐る視線を横にずらせば、壁に突き立てられた鋭利なナイフ。
ちょ、俺が立ち止まらなかったら刺さってたんじゃね!?

見たくない、見たくないけど…ナイフが飛んできた方向に顔を向けると。
明らかにこわそーなおじさんたちが、そこには立っていた。






−クラピカ視点−

が仕事へ出かけてから三日ほどが経った。
ゴンやレオリオがいるだけで賑やかな時間を過ごすことができている。
けれど、どこか物足りなさを感じてもいて落ち着かない。
少しひとりになる時間が欲しくて、今日は上品なカフェで読書をして過ごした。
そうしていると空模様が怪しくなってきて。売店で傘を買って、ホテルに帰ろうと歩き出す。

本格的に振り出してきた雨に、足元が濡れる。
これはそのうち靴に水が染み込んできそうな降水量だ。

「…あれは…」

通りから見える路地裏を歩く男の姿に、思わず足を止める。
だ。仕事から帰ってきたのだろうか。
声をかけようかと方向転換する。彼は傘もささずずぶ濡れだ。
わずかに煩わしそうにしているが、そのままの状態で歩き続けている。
面倒見が良いくせに自分に関してはものぐさだ。風邪を引いたらどうするんだ、まったく。

声をかけようと口を開きかけた瞬間、がぴたりと足を止める。
どうしたのかと私も足を止めると、彼の目の前を鋭利な武器が横切った。
壁に真っ直ぐに突き立てられた刃物を何の感慨もなく見やる
表情を変えることもないまま、彼は刃物を放った者へゆっくりと振り返った。

どこからどう見ても堅気の人間ではない男たちが立っている。
それぞれが武器をちらつかせており、ひとりが手にした銃を真っ直ぐに構えた。
銃口の先にいるのは。全身から血の気が引いていく音が聞こえた気がして。

私が傘を放り出して駆け寄ろうとしたそのとき。
が、視界から消えた。






ちょ、ええええ!?ちょっ、待っ!なんで俺いきなり銃向けられてんの!?
このおじさんたち誰ー!?んでもってなんで俺狙われてるわけー!?

おじさんが銃の引き金を引こうとしているのが、やたらとスローに見えるのは俺の力のせい。
瞬きをしないよう気をつけながら、ゆるやかに流れる時間の中で思い切り踏み込む。
まずは恐ろしい武器を奪わせてもらおうと、おじさんの手首をがしりとつかんだ。
………って、あ、瞬きしちゃったよ。

「…っ…てめえ!!」

ひいいいいぃぃ、暴れないでええぇぇぇ、銃が暴発したらどうすんだよー!!!
暴れようとするおじさんに俺はもう必死で踏ん張る。踏ん張ったんだけ、ど。
足元に水たまりがあることにまで注意がいってなかったんだな。
ずべっと足が滑ったのを感じて。俺はそりゃもうパニックになりかけた。

おじさんの懐に入って手首をつかんでいた俺。
バランスを崩してそのまま仰向けに倒れ、おじさんを下敷きに。
さすがに俺が乗ったら重かったのか、銃を握る力が弱まった。よっしゃ、これで!

銃をなんとか取り上げて身を起こし、反撃される前に間合いの外に逃げる。
すると、何かが破裂するような音が二回、聞こえた。

「ぐ、あっ!!」

俺が下敷きにしたおじさんのくぐもった声が。
………え、まさか仲間に撃たれたとか言わないよな?ちょ、ちょっとちょっと。
俺は振り返る勇気がなくて、そのまま逃走するべく走り出す。
うわあん、こんなとこ早く抜け出したいー!!大通りに出ればさすがに追っては…。

「止まれ!!」

って、俺の向かう先に新たなるおじさんがいるー!!
しかも手にしてるのそれ、マシンガンですよね!?機関銃!スーツと機関銃!
全くもって萌えない組み合わせだこん畜生、と涙をこらえる。
俺がいま持ってる武器は拳銃だけで。マシンガンに勝てるわけがない。
でも何もないよりマシなんだろうか、これはもう使うしかないのか…!?

機関銃の照準がこっちに合わされるのを感じて、俺はまた念で時を遅くする。
さすがに人殺しはしたくない、だから構えた拳銃も急所を外そうと試みた。
………うん、試みたんだよ。みたんだけどさ。

キイン!

拳銃の勢いがこんなに凄いなんて知らず、手元が固定できなかった。
うわああぁぁ、なんか空に向けて撃っちゃった。意味ねえよこれ!
いや、人に当たらなかっただけマシかもしんないけど…っ…でも俺の生命がっ。

「ぎゃああああ!!!」

………え、いま悲鳴上げたの俺じゃないぞ。
ぱちくりと目を瞬いていると。
なぜか頭上から降ってきた看板に押し潰されるマシンガンさん(名前?)
思わず上を見上げれば、老朽化したパイプの残骸が。あー、腐ってたのかなあれ。
看板の重みに耐えられなかったんだろうか。なんてラッキーな俺!
潰されたおじさん、虫の息だけど見なかったことにしよう!俺の精神衛生のためにも!

「よくもやりやがったな貴様!」
「許さねえ!!」

いきなり襲ってきたのそっちじゃんー!!
看板をひょいと飛び越えて、俺は拳銃を男たちに向ける。
追ってきてる男たちの武器はナイフや警棒など、近距離で使用するものばかり。
間合いではこっちが有利だ。だから俺は必死に訴えた。

「これ以上近づくな。命の保障はしない」

俺に撃たせないでくれ、頼むから。手元狂って殺しちゃうかもなんだから!
素人が危険物を持つって本当に怖いんだぞ!

それ以上男たちが近づいてこないのを確認して、俺はじりっと一歩下がる。
すると、足元で銀色に何かが光ったような気がした。
反射的にオーラ量を高めた俺が瞬きを忘れて見入ると、足元から上ってくるナイフ。

ちょおおおおぉぉぉぉぉ!?
虫の息のおじさんが、まさかの最後の力でナイフ投げてきたよー!?
右手は拳銃を構えていて、俺は咄嗟にグリップでナイフを弾いてしまった。
気付かなかったらさっくり顎に刺さってたんですけど!
自分の訪れたかもしれない未来を想像して泣きそうになっていると、何かが倒れる音が。

え。なんかおじさんがひとり倒れてらっしゃるんですが…。
ま、まさか流れナイフに当たってしまわれたとかそういう…!?
ぎゃああああ、どうしよう今更すぎるけど俺これ傷害事件とかになるんじゃっ。
つーかもう、殺人未遂とか殺人とかの域か…!?

まだ激しく降る雨に、俺たちがいた通りは血が絨毯のように広がっていく。
血の臭いは雨に紛れてあまりしないけれど、見ていて気持ちの良いものではない。
いくら旅団やイルミと過ごすようになって関わることが増えた場面とはいえ。
気持ちの良いものであるはずもなくて。
いまだに無事な姿で立っている男に視線を向けた。
びくり、と肩を揺らす男はかちかちと歯を鳴らしてる。…雨で冷えたのか?

とりあえずひとり生き残ってるなら、負傷者の収容とかしてくれるだろ。
そう判断して、俺は今度こそその場を後にした。あ、銃は指紋拭いてその場に置いて。

表通りに出て、前髪から滴る水を振り払う。
服が濡れて体が重く、足元は靴がすっかり水を吸い込んでびしゃびしゃと鳴る。
その音が、さっきの血の川を思い出させて。……服のせいもあるけど、足取りは重い。
何度見ても、嫌だ。あんなことに巻き込まれるのは御免なのに、と吐き気を堪える。

………っていうか、なんで俺狙われたんだ?
その疑問の答えは、見つかることはなかった。




今回は視点入り乱れでお送りしております。

[2011年 5月 11日]