−クラピカ視点−

それは一方的な戦いだった。
奇襲をしたのはスーツ姿の男たちであるはずなのに、の力は圧倒的で。
気がつけば銃を構えていた男の懐に入り込み、そのまま体重をかけて引き倒す。
難なく銃を奪ったを狙って別の男が仲間ごと銃撃する。
しかしそれを予測していたのだろう、半瞬早くがその場を飛び退いた。

「ぐ、あっ!!」

仲間に撃ち殺される男に振り返ることなく、は駆け出した。

「止まれ!!」

けれどその先には機関銃を手にした新手が。
が手にしているのは拳銃だけ。拳銃と機関銃では戦いにならない。
だがそんなことなど問題にならない、とばかりには銃を構えて。
目にも止まらぬ速さで上空へと銃弾を放った。

キイン!

硬質な音が聞こえ、銃弾が何かに当たったのだと分かる。
思わず上の方へ視線を向けると、みしみしと錆びたパイプが悲鳴を上げた。
そしてそれに下げられていた重そうな看板がゆっくりと重力に引き寄せられていく。

「ぎゃああああ!!!」

落下してきた看板に押し潰される男。
まさかはあのわずかの間で、それを計算して射撃したのだろうか。
銃の腕前もあるだなんて、本当に彼は何者なのだろう。
助けに入ることも忘れ、私はただ戦況を見守ることしかできない。

「よくもやりやがったな貴様!」
「許さねえ!!」

看板を軽々と乗り越えたは、ゆるやかに銃口を男たちに向けた。

「これ以上近づくな。命の保障はしない」

静かな声が雨音の中、明瞭に響く。
剣呑な色を宿した焦げ茶の瞳に、男たちが気圧された。
の覇気に呑まれているのだ、動くこともできずにいる。
それを確認した彼はもともと戦う意思はなかったようで、一歩後退した。

けれど次の瞬間、ぶわりとのオーラが凄まじい勢いで膨れ上がる。
看板の下敷きになって戦闘不能になったはずの男が、最後の力でナイフを放ったのだ。

足元から正確に狙われたナイフを、は無造作に手にした銃のグリップで弾く。
の意識が足元に向いている間に仕掛けようとしていた男の肩に、それが深々と突き立った。
どさり、と倒れこむ男にがようやく視線を向ける。
そう、相手を見ることもなく攻撃し己の身を守ったのだ。何と鋭敏な察知力か。

雨が激しく降り続ける中、通りをゆっくりと流れていく血。
わずかに瞳を細めそれを見やるに、唯一生き残った男が息を呑んだ。
歯がかちかちと鳴っているのは、恐怖からだろう。

こうまでまざまざと力の差を見せつけられたのだ、それも当然といえる。
は興味をなくした様子で、拳銃を軽く拭くとその場に置いた。
そしてくるりと振り返ることもなくその場を去る。
もう男が自分を攻撃する気力などないと、知っているかのようだった。








「………ただいま」
「あ、、おかえり!」
「ってお前ずぶ濡れじゃん!傘とか買わなかったのかよ」
「すぐ戻るつもりだったんだ」

まさかあんな足止めを食うと思わなかったんだよ、本当に。
うう、気持ち悪い。濡れ鼠な状態をなんとかしたい。

「…シャワー浴びてくる」
「うん。あ、さっきレオリオがお風呂も沸かしてたよ」
「ナイスタイミング。……レオリオは?」
「上の階にあるバーだって。素敵な美女が俺を待ってるとかなんとか」
「あいつを待ってる女なんてどこにもいねーっての」

レオリオ、良い男だと思うけどな。

「…そういえばクラピカの姿も見えないけど」
「クラピカは散歩してくるって言ってた。雨降ってきて、どこかで困ってるかも」
「クラピカなら自分で傘買うなりするんじゃね?」

確かに、クラピカはしっかりしてるもんな。
納得して俺はシャワールームに向かう。あーあ、服これちゃんと洗わないと。
肌にくっついて気持ち悪い服を脱いで、湯気の待つ浴室へ。
さっき見たことは忘れたい。身体をあっためて、ほっとしよう。






−キルア視点−

なんか、帰ってきたの様子が変だった。
仕事で数日あけてたんだけど、ようやく戻ってきたっていうのに。
俺たちとの会話に気もそぞろで、そのまま風呂に行った。
………こういう雰囲気のあいつを、俺は何度か見たことがある。

「クラピカ、おかえり!」
「…あぁ、ただいま。は帰っているか?」
「うん、さっき帰ってきたよ」
「そうか…。様子はどうだった?」
「え?」
「…なんだよそれ、何かあったのか」

クラピカの様子も変で、妙に重苦しい空気だ。
もともとクラピカは軽い空気を出すヤツじゃないけど、今日はやたらと暗い。
散歩してきた人間がする顔じゃない、と俺は嫌な予感を覚えた。

少しだけ躊躇うように口を閉ざして、けどクラピカは椅子に腰を下ろすと話し出した。
散歩の帰り、が襲撃に遭う姿を目撃したことを。

「……襲ってきた連中の正体は?」
「分からない。もわざわざ聞き出そうとはしていなかったしな」
「いちいち調べんのも面倒ってか。…ったく、ホントあいつ自分のことはおざなりだよな」
「ああ」

自分の身の危険には無頓着で。なのに俺たちのことはいつも心配してる。
表情があまり変わることはないけど、それでも頭を撫でる手から伝わってくる気持ち。
静かな優しさに、俺だけでなくクラピカたちも救われてる、きっと。

「でも…が無事でよかったね」
「ゴン…」
「怪我してる様子もなかったし。やっぱり強いんだね、さすが」
「…あぁ、そうだな」
「くっそー、俺もその場にいたら暴れてやったのに」
はそれを望まないと思うが」
「………わかってるよ」

俺たちがひとを殺すことも、自分がひとを殺すことも望まない。
闇の世界から抜け出して、日の下で穏やかに生きることをあいつは望んでる。
でもいつもいつものことを追いかけてくる影があって。
それは俺も同じ。いつだってゾルディックの血が、暗殺者の本能が追いかけてくる。

いつかそれらを乗り越えて、ゴンのように眩しい存在と堂々と過ごせるだろうか。
クラピカとレオリオと、と一緒に。皆で。






ふー、気持ちよかった。
ほかほかとあったまった身体で部屋に戻ると、クラピカも帰ってきてて。
では私も湯を使わせてもらおうと笑って腰を上げる。
おかえり、と声をかければそれは私の台詞だと返されてしまった。
あ、そういえば仕事で出かけてたのは俺だったっけ。

あーもうつっかれたー、とベッドに仰向けに倒れこむ。
もうこのまま寝る。俺は寝るぞ。
布団を引っ張り上げて寝ようとすると、両脇から何かが侵入してくる気配が。

「………お前らな」
「いいじゃん、久しぶりなんだしさ」
「なんかお泊り会みたいで楽しいよね、こういうの!」

無邪気な笑顔に俺はもう逆らうこともできず。
むしろ殺伐とした風景を忘れさせてくれる癒しに、よしよしと少年二人の頭を撫でた。
仕方ない、今日は一緒に寝てやろうではないか。
………二人とも、凄まじい寝相の悪さなんだけどな!それには目を瞑ろう、うん。

いまだに、外ではしとしとと雨が降る音がする。

どうか明日には、俺の鬱々とした気持ちがふっとぶほどに。

晴れますように。





旅団にゾルディックに、色々と関わりのある主人公は多方面に狙われている気がする。

[2011年 5月 11日]