クラピカ視点
ゴンたちと共に旅をしていたある日のこと。
野宿の際の食事作りが切欠となって、私たちは料理対決を行うことになった。
最寄の町に辿り着き、そこでそれぞれに料理の腕を競おうというのである。

「どうして俺は勝負に参加しないんだ…?」
が料理うまいのは知ってんだから、意味ねーじゃん」
「私たちにだって料理ができること、しっかりと確認してくれ」

恐らくこのメンバーの中ではが一番料理が上手い。
キルアの言う通り、そんなことは先刻承知であるため、彼には審判を頼んだ。
私が競うのはゴン、レオリオ、キルア。
ハンター試験では同レベルの料理の腕と言われてしまった面子である。

「じゃあまずは材料の買い出しだね」
「あぁ、それぞれ予算内におさめること。食材を購入した者から調理に取り掛かる。いいな?」
「おう、このレオリオ様の腕を見せてやるぜ」
「どうせまた食べる価値もない、って投げ捨てられんじゃねーの。スシんときみたいにさ」
「んだともういっぺん言ってみやがれキルア!」
「もー、そろそろ行こうよキルア」
「レオリオもだ。時間を無駄にするな」

審査員であるをホテルに残し、私たちは市場に向かう。
すでに食材を選ぶところから、戦いは始まっている。






やたらと大量に買い込んできたレオリオや、甘いものだらけを買ってきたキルア。
野菜メインのゴンはともかくとして、あの二人はどんな料理を作るつもりなのだろうか。
に食べてもらうのだから、妙なものを作らないことを祈るばかりだ。

四人でそれぞれ別に料理をする、という無茶な行動。
そのため選んだホテルはキッチンの広さがあるものにしたのだが、それでも狭い。
仕方なく食事用のテーブルにも道具を広げて作業を行うことにした。
キルアは凄まじい速さで材料を刻んでいるが……よく見れば素手で切っているような。
レオリオは豪快に手で野菜を千切っている。ゴンは洗い場で野菜を洗っているようだ。

そしてはといえば、ソファに寝転んで携帯をいじっている。
買い出しから戻ったときすでにその状態であり、誰かとメールをしているらしい。
もしかしたら仕事に関することかもしれない。

けれど不意に、彼の眉が寄せられた。

ピルルルルルルルル

「…おいおい」

呆れ混じりの声を発したかと思うと、がのっそりと身体を起こした。
そして着信のあった自分の携帯を耳にあてる。

「お前、仕事中じゃないのか」

口調からしてだいぶ親しい相手のようだ。
私だけでなく、キルアやレオリオまでも作業しながら耳をそばだてる。

「………いや、そう言われてもな」

何を言われたのか、面倒臭そうに頭をかく
一応、といった感じで悪かったと謝っている。
なんだろうか、相手の声は全く聞こえてこないが無茶でも言われているのか。
どういった用件なんだろうか、と不思議に思っていた私は彼の次の発言に手元を滑らせた。

「…怖いほどの愛だな」

愛?

「お前に言えたことか。好きなら好きってはっきり言え、伝わらないだろ」

がしゃーん!!

小麦粉をまき散らしたこともどうでもいいぐらい、驚いた。
相手がに対して恐ろしいほど強い愛情を向けている、ということか?
それに対してはっきり好きと言えとは…どういう関係なんだ。
視界が小麦粉のせいで真っ白に染まっているが、気にしている余裕はない。

そしてもちらりと視線を向けたのみで、とりたててこちらに反応はしなかった。

「…いや、なんか料理に手こずってる」

こちらの騒ぎがむこうに伝わったのか、そう簡単に状況を説明している。
それからふと思いついた、といった様子では電話の相手に問いかけた。

「お前は料理できるのか?」

できるのなら食べたい、とでも言うつもりか。

「それは料理じゃない。………いい、もう料理しようとするな」

どうやら相手は料理をすることが苦手なタイプらしい。
そのことに妙にほっと胸を撫で下ろした。いや、別に対抗意識があるわけではないが。
もし料理ができると答えがあったのなら、彼は食べたいと告げたのだろうか。
ということは、やはり電話の相手は密接な関係のある女性か?

「俺と電話してる暇あるのか?」

先ほどは仕事がどうとか言っていたから、忙しい人物なのだろう。
が気遣うように声をかけると、返答があったようで彼がわずかに目を瞠った。

「こっちに…いまから?」

もしや会いに来ると?こちらはいま料理対決の真っ最中だというのに。
ヤキモキしながら会話の流れをじっと聞いていたのだが。
彼は予想外の返事を返した。

「お前はどんだけ嫉妬してんだ。……気色悪い」

ばっしゃあぁぁぁ!!

………ちなみにいま生卵を床にぶちまけたのは私ではない。
唖然としてを見ているレオリオが犯人だ。しかし、気持ちはわかる。

恋人相手という電話ではなかったのだろうか。なんと冷たい物言いか。
彼は女性関係に関して色々と自由なところがあるが、それは生い立ちゆえ。
本来はとても心優しく、誰か大事に思うひともいるはずなのに。
当たり前のように大切なものを守れない彼が、見ていて痛ましい。

「電話切るから」

素っ気なく言って本当に電話を切ろうとしている。
…つまりはその場だけの関係をもつ相手とのやり取り、だったのだろうか。

「あーわかった、気が向いたら付き合ってやる。だからいまは諦めろ」

溜め息を吐いてさらに一言何か言葉を交わして通話を終える。
その顔はいつも通り淡々としたものだったが、不機嫌さが滲み出ているようだった。
どう声をかけていいものか、この場にいる者全員が悩む。
……あ、いや、ゴンはマイペースに作業しているな。

「………というかお前たち」

もう一度溜め息を吐いたが腰を上げた。

「ゴン、残ってる食材集めてくれ」
「うん」
「とりあえずみんなでここの掃除だ。こんな有様じゃ料理どころじゃない」

部屋に散らばる小麦粉と、床に落ちた生卵。
確かにこれでは料理どころではない。ひどい有様だ。
妙なところできっちりとした性格の彼には耐えがたい光景だったのだろう。

「面倒くせー」
「それが終わったら、全員で役割分担して作るぞ」
「おいおい、勝負はどうなっちまうんだよ」
「勝負どころじゃないだろ。それに、みんなで作った方が早いし、きっとおいしい」
「………そうかもしれないな」

彼は色々と冷たいところもあるのに、私たち仲間をとても大事にしてくれている。
冷たさと、温かさと。どちらが本当のなのか、わからなくなりそうなときがあった。

「あ゛ー!!小麦粉がこびりついてマジ最悪!!」
「ってキルアてめえ!こっちに飛ばすんじゃねえ!」
「二人とも、遊んでいる場合ではないだろう。早く終わらせろ」
「ならお前がやれよクラピカ!」
「私は生卵の処理で手一杯だ」

部屋がこんな惨状になった原因は私にもあるわけだが、それはそれ。
いまはすべきことを終わらせないと、いつまでも料理ができない。
騒いでるキルアたちを放置して、はゴンと何を作るか話していた。

「おこのみやき?」
「俺の故郷の料理なんだが……さすがにプロの味にはならないけど、うまいと思う」

あまり聞きなれない料理だが、どこかの文献で見たことがある。
確かジャポンのどこかの郷土料理だったような。

「なあ、
「どうした?」
「その…さっき電話してた相手って」

結局気になって仕方なかったらしいキルアがついに尋ねた。
しかし深く追求はされたくなかったのだろう、は視線を逸らしてしまう。
そして低く絞り出すような声を発した。

「………聞くな」

それ以上はさすがのキルアも聞くことはできず、作業を続ける。
の交友関係はいまだに謎ばかりだ。

「ふー、なんとかこれぐらいで勘弁してもらおうじゃねえか」
「…まあ、いいか。それじゃ役割分担だけど」

いつものようにが分担を割り振っていく。
最終的にはこうなってしまうわけか。私たちのあの戦いは一体。

…しかし、これが結局は正しい姿なのかもしれない。
何か欠けたかのような焦げ茶の瞳が、このときは優しい色を浮かべているから。
私たちがその理由であるのなら、こんなに嬉しいことはないと思う。

そうだろう?ゴン、キルア、レオリオ。




イルミの兄馬鹿っぷりを聞かされていたとは思うまい。

[2011年 10月 31日]