シャンキーの病院にて―アン視点

「おいジンてめえ、どうしてくれんだこの状況」

普段は力のない声でのらりくらりと話すシャンキー先生。
だけど今日ばかりは低い怖い声を出して、お友達のジンさんの胸倉をつかんでる。
私はただ驚くばかりで何もできず。ジンさんは悪い悪いとからから笑っていて。

「いやー、まさかこんな効果が出るとは思わなかったぜ」
「何が若返りの薬だてめえ」
「グリードアイランドでも似たようなもんあっからさ。現実でぽんとそんなもんできちまったらすげえな、と思って試そうかと」
「自分で試せ迷惑野郎。だいたい、あのゲームのだって条件満たせば外に持ち出せるだろ」
「念で作ったものと、現実で調合されたものとじゃ意味が違うだろ」

ジンさんが持ってきた小さな小瓶。砂糖だ、なんて笑っていたんだけど。
それをジンさんは紅茶にぱっと混ぜてしまって。
席を外してたさんがそれを知らずに飲んでしまった。……そう、つまり。

「うー?」
「ほらジャンク、お前が鬼みたいな顔してっからこいつが怖がってんぞ」
「誰がさせてると思ってんだそして俺の名前をいい加減に正しく覚えろ畜生」

私の腕の中で首を傾げる小さな男の子。
焦げ茶の瞳に黒い髪はさんのものなのだけれど、あまりにあどけなくて。
言葉をやっと喋り出す頃にまで小さくなってしまって。きょろきょろと周りを見回してる。
つぶらな瞳が可愛くて、さんにもこんな頃があったのだと思うと胸が温かくなった。

そっとさらさらの髪を撫でてみれば、気持ち良さそうに目が細められる。
知らない大人たちに囲まれて怖いかもしれないのに、じっとしている。…人見知りしないのかな?

「で?これいつになったら治るのよ」
「さあ?」
「おい」
「お前医者だろ。とりあえず経過見といてくれよ、んで問題ありなら治療しとけ」
「自分で始末できない問題を起こすな!お前それでもひとの親か!」
「おう。親父の風上にも置けねぇがな」
「胸を張るなロクデナシ。………いつもの倍ふっかけるからな」
「わかった、わかった」

どうやら先生とジンさんの間で話がついたみたい。
ジンさんは席を立つと、よろしくなと笑ってさんの頭を撫でると出て行ってしまった。

「後始末は自分でやらないんだよなぁ…まったく」
「ふふ、シャンキー先生がそうして振り回されるのはジンさんにだけですね」
「えー……ユリエフくんとラフィーくんにもけっこう酷い目に遭わされてると思うぜー…」
「それを楽しんでるじゃないですか」
「………アン嬢、だいぶ鋭くなってきたな」
「先生の弟子ですからね」
「ひゃー、女ってのは怖い怖い」

肩をすくめるシャンキー先生は、どうしたもんかと唸ってさんを見る。
とりあえず辛かったり苦しそうな様子はないから、本当に小さくなっただけ。
先生が抱きかかえても泣くこともなくて。不思議そうに眼鏡を見上げてる。
小さな手が伸ばされ、無精髭をさわさわと触る姿は子供らしく好奇心の塊だ。

「じょりじょりー」
「色男もいまはただのがきんちょだなー。あで!髪引っ張るのはなし!」
「ひ!」
「ひ?」
「ひ!ごうごう!」

先生の赤い髪をつかんで毛先をゆらゆら揺らす。
何かを伝えようとしているさんに首を傾げ、もしかしてと口を開いてみた。

「火のことかな?燃える」
「う!」
「ふふ、そうだね。先生の髪の毛は炎みたいだよね」
「燃えてたらあっという間にはげるんだぞ、未来の色男」
「?」

真剣な表情のシャンキー先生を、きょとんとさんが見上げる。
なんだかその対比が面白くて微笑ましくて。
ついつい笑みがこぼれてしまった。






まだ小さいさんをひとりで放置しておくわけにはいかない。
危ないものがわからないだろうし、身体のバランスが悪いせいかよく転んでしまう。
転んでも泣かずに立ち上がる姿に、小さいのにしっかりしてると驚いた。
頼ることを知らないんかね、と先生がぽつりと呟いていたのがちょっとだけ切なくて。

「あらアンちゃん、その子どうしたんだい?」

待合室のお茶を交換に行くと、私の後からひょこひょこついてくるさんに気づいたらしく。
いつもここで楽しく会話して過ごす町の人たちが不思議そうに声をかけてきた。
あんまりにたくさんの視線が集まったせいか、さんが私の後ろにおずおずと隠れる。
スカートの裾を握ってくる小さな手に、とても愛おしさを感じてしまった。
いつも私が頼ってばかりだから、頼られるのはなんだか嬉しい。

こんなときぐらい、私が助けになれたら。
そう思って微笑んでいると、いつも野菜をくれるおばさんが「あ!」と声を上げた。

「ひょっとして、あれかい?いつも薬品とか運んでくる彼の」
「えっ」

確かにさんが小さくなっただけだから、わかるひとにはわかるのかもしれないけれど。
だけどこんなに早く気づくものだろうか、と驚いている私におばさんは驚くことを言った。

「彼とあんたの子供かい?」
「え…………ええ!?」
「やるねえ、なんだそういう仲だったのかい」
「なんじゃと!?アンちゃんは孫の嫁さんにと思っておったのに」
「ちゃんと養ってもらえてるのかい?あんまり帰ってこないひとみたいだけど」
「あ、えっと、皆さん、違うんです。そうじゃなくて」

まさか私とさんの子供だなんて…!
そんな誤解を受けるとは思わなかったから、顔が赤くなって否定もしどろもどろ。
私の反応が余計に真実味を与えてしまったみたいで、隠すことないのにと言われてしまう。
ど、どうしよう、このままじゃ誤解がどんどん広がっていっちゃう…!

「坊や、優しいお母さんでいいねえ」
「?」
「お父さんには、寂しかったら寂しいって言ってやるんだよ」
「そうそう。こんな小さい子を放っておいちゃいかん」

おばさんたちの言葉をじっと聴いていたさんは、私の後ろから顔を出して。
素直にこくんと頷いた。いい子だねと笑う皆さんを、その後も静かに見つめていて。
なんだか眩しそうな眼差しが、私は少しだけ気になった。






翌日、さんはちょっとだけ大きくなっていて。
どうやら少しずつ成長して元の姿に戻るみたいで。何日かすれば大丈夫だろうと。
先生の診察をおとなしく受けていたさんは、ありがとーと行儀よく頭をぺこりと下げた。

いまなら昨日のことが聞けるだろうか、と。
おじさんおばさんたちに囲まれて大変だったね、と声をかけてみる。
するとちょっと大きくなってもまだまだ子供のさんは小首を傾げて。
澄んだ焦げ茶の瞳を瞬いて、たどたどしく説明してくれた。

「おかーさん、おとーさん、いないの」
「………あ。そ、っか」
「でもね、みんながね、にこーってしてくれたから、さみしくないよ」

そう言ってようやく子供らしい笑顔を見せてくれるさん。
ご家族がいないという話は聞いていたけれど。こんな小さな頃からすでに親もいなかったなんて。
なのにこうして笑顔を浮かべてみせる姿は健気で、とてもとても強い。
寂しくないはずがないのに。まだ甘えたい年頃のはずなのに。

ぎゅう、と小さな身体を抱き締めるとびっくりしたみたい。
でも恐る恐る小さな手が回されるのがわかって。どうしてだか、私が慰められてるみたいだった。





小さくても女たらしなんだねえ、色男

[2013年 3月 31日]