ゴン視点

全部、一瞬のことで。
俺もキルアも、クラピカやレオリオだって何が起きたのかわからなかった。

しっかりとこの目で全部見ていたはずなのに、心が拒絶したんだと思う。
そんなことあるわけない、って信じたくなかったんだ。
だからスローモーションのようなそれを見ても、理解ができなくて。

「……っ……!!」

そう叫んだのは誰だっただろう。
ゆっくりに思えた時間が急に本来の速度を取り戻して、どさりと音がする。
長身の体が地面に横たわっていて、腹部にはやたらと装飾されたナイフが刺さっていた。
なら簡単に避けられただろうにそれをしなかったのは。
俺たちを、庇ったから。

「おい!!」
「動かすな!ナイフも抜くんじゃねえ!!」
「………あの野郎」
「キルア…?」
「許さねぇ」

ぽつりと呟いて、キルアはひどく冷たい目を見せた。
キルアを取り巻くオーラが揺れて、それは重く禍々しいものを感じさせる。
ヒソカの放つオーラに少し似ている。それぐらい、肌に痛い。
の応急処置をするレオリオとクラピカも、異変に気付いたみたいだった。

俺が名前を呼んでもキルアは反応しなくて。
ナイフを放った敵を見据え、その爪を変形させた。
といっても敵はもう逃げようとしてるところで、さっきのは最後の一撃だった。
だから姿は見えないんだけど、キルアはそれでも追うつもりらしい。
多分、敵を殺すために。

ぐっと膝に力をためたキルアの手を、不意に誰かがつかんだ。
周りの見えていないはずのキルアは、その手にびくりと身体を揺らす。

「………キルア……俺は、大丈夫」
「……っ……」
、そのまま意識を保て。眠るんじゃないぞ!」
「そうだぜ、ここで寝たらおしまいだからな。おいクラピカ、ナイフを固定する。布よこせ」
「わかった」

うっすらと開いた瞼。その間から覗く焦げ茶の瞳は、いつも通りの色で。
キルアの手をつかんで、かすれた声で言う。

「…敵討ち、なんてしなくていい」
「けどっ」
「それより、病院………シャンキーのところに…運んでくれ」

死ぬつもりはない、という意思が感じられてレオリオもクラピカもほっとしてる。
そうだよ、このぐらいでがどうこうなるわけがない。
まだぼんやりしてるキルアの背中をばしんと叩いて、俺はの携帯を探した。
ようやく我に返ったキルアがすぐに携帯を発見してくれて、アドレス帳を開く。

シャンキーって言うのは、がお世話になってるお医者さん。
お金がないひとには無料で診察をする、レオリオの夢を現実にしたような先生。
金持ちからはぼったくるから、良心的とは言えないよ〜?って言ってたけど。

「もしもし!いまからそっちに運んでくから!!」

電話が繋がったと同時にキルアが怒鳴る。
それじゃ状況も何もわからないよ、と思うけど誰も止めなかった。
俺たち全員、それぐらい焦ってたから。
の額には汗が浮かんで、呼吸がどんどん弱くなっていくのがわかる。
レオリオが止血したのに、布がどんどん赤く染まっていく。

「レオリオ、俺が先にこいつ連れてく」
「連れてって…おいまさか」
「神速(カンムル)を使う」

ぱり、とキルアの周囲を電気の波が泳いだ。…手にしてる携帯無事かな。
≪神速(カンムル)≫っていうのはキルアの念能力。
電気の力を使って、限界以上の速度を生み出す力だ。確かにそれなら、一番早い。
レオリオとクラピカがを電気を通さない材質のもので包む。
うん、これならキルアが抱えても感電しないで済むよね。

「キルア、頼む」
「あぁ」

を抱え上げて、キルアはあっという間に見えなくなった。
シャンキーの病院は俺たちも行ったことがあるから、合流できる。

「俺らも向かうか?」
「待て。その前に敵に制裁を加えるのが先だ」
「おいおい、物騒なこと言うんじゃねえよクラピカ」
「また狙われては困る。危険の芽は摘むべきだ」

そう話すクラピカは怒ってるけど、でも冷静さを失ってはいない。
だから大丈夫だと思った。多分、クラピカなら相手を殺さないで解決してくれる。
そう思えたから、俺もうんと頷いた。

「ちゃんと解決して、それから病院に行こうよ。のことはキルアに任せて」
「お前ら…あーくそ!俺だけ落ち着かなくてみっともねぇ」
「そんなことないよ。レオリオの優しいところ、俺好きだよ」
「んなっ!?好きとか簡単に言うんじゃねえや!」
「………敵はあちらだな」

右手の薬指から下げられた鎖がひとつの方向を示す。
俺たちは足早にその方向へ駆け出した。

早く片付けて、のところに。






いきなりピンチから始まった1周年記念話。

[2012年 4月 10日]