「いいか、危険を減らそうと思うのなら他人を庇うなどという行為は極力避けるべきだ。ましてや、あんな大きな怪我を負うなんてもってのほか」

がみがみと枕元でお説教をしているのはクラピカ。
ちょっとしたトラブルに巻き込まれて負傷した俺に、かれこれ一時間は話しているように思う。
よく次から次へと言葉が出てくるもんだ、と感心してしまう。
呑気にそんなことを考えていたら、ちゃんと聞いているのかと睨まれてしまった。

「…私たちが、どんな気持ちだったと思うんだ」
「わかってる。心配かけたな」
「わかったと言っておきながら、同じ場面に遭遇したらまた庇おうとするんだろう」
「……そんなことは」
「ある。断言できる」

なんで俺のことなのにクラピカが断言すんだよー。
いやいや、俺だって痛いのは嫌だし、死にたくだってない。
今回のはたまたまだよ、うん。勝手に身体が動いて、運悪くナイフが刺さった。
それだけのことで、俺だって自殺願望があるわけじゃない。
なのにクラピカは信用ならん、と渋面を浮かべたまま。ええー、なんで信用ないの俺。

でもそれだけ心配してくれた、っていうことで。
こうやって説教してくれるひとがいるって、幸せなことだよなぁと思う。
だって俺のことを考えてくれるから、叱るんだもんな。

「………何を笑ってる」
「バレたか」

俺のために真剣に怒ってくれるのが嬉しいんだよ、なんて。
そんなことを言ったらまた説教が長くなってしまいそうだ。
だから俺は誤魔化してクラピカの頭にぽんと手を置く。相変わらず、さらさらの金髪だ。
妙に押し黙ったクラピカは、なんでか拗ねた表情で俺のことを睨む。

「……お前はそうやって」
「ん?」
「とにかく、完治するまでは寝ていろ。リハビリのとき以外は動くな」
「…え、でも普通に生活していいってシャンキーが」
「何か文句があるのか」
「………リハビリのとき以外は大人しくしてます」
「それでいい」

重々しく頷くクラピカに、俺はちょっと納得のいかない顔。
なんだよー、俺の方が年上なのに子供みたいなこの扱いー。

こんこん、とノックの音がして返事をする。
ゆっくりと開かれた扉の向こうからはイリカがひょっこりと顔を出した。
後ろのラフィー店長が手にしてるのは多分、俺の食事。
いつもケーキ屋でお世話になってる二人に、なんでか入院の世話まで焼いてもらっている。
慌ててベッドから起き上がろうとしたら、ぎろりとクラピカに目で牽制されてしまった。

渋々ベッドに背中を戻すと、イリカがくすくすと笑みをこぼす。
うう、恥ずかしいところ見られた。

「キルアくんたちも食事にされるみたいで、食堂で待ってますよ」
「そうですか、では私もいただいてきます。、二人に迷惑をかけないように」
「…お前の中で俺はどうなってるんだ」
「それは」

答えようとしたクラピカは、イリカの方を見て一瞬口を閉ざす。
なんだ?と俺が首を傾げると、妙に神妙な表情になって口を耳に寄せてきた。

「特に、イリカさんに迷惑をかけるな」
「は?」
「では、失礼します」

イリカとラフィー店長に丁寧に頭を下げて、クラピカは病室を出ていく。
な、ちょ、どういうこといまの台詞!説明してから行けよクラピカ!
お前説明好きだろ、なんでこんなときにだけちゃんと解説しないでいっちゃうんだよー。
もう訳がわからない、と肩をすくめる俺に、ラフィー店長が食事のトレイを置いた。
大切にされてるね、と穏やかな声に曖昧に頷く。
…大切にされてるとは思うけど、さっきのやり取りの意図は全くもってわからない。

さん、食事をされても違和感はないですか?」
「もう平気。身体動かすと傷口がちょっと引き攣る感じがするぐらいで」
「シャンキーの腕は確かだからね」
「そういえば店長とシャンキーって知り合いなんですか?」
「うん、けっこう長い付き合い」

ホントびっくりしたよ、目が覚めたら俺がよく足を運ぶ店の店長が二人もいるんだから。
その上にイリカとメイサまで来てて、なんで?と大混乱したものだ。

「さっきの方、クラピカさん…でしたっけ」
「そう」
「とっても綺麗な方ですね。びっくりしました」
「あぁ、確かに美人だよな。初めて会ったときは、どっちかっていうと可愛い感じだったけど」

美少女だったもんなー、昔は。笑うとほんっと可愛くてさぁ。
いまも綺麗に成長はしたけど、滅多に素直な笑顔なんて見せないし。
基本的には思案顔というか難しい表情を浮かべてることが多い。
個性的な仲間に囲まれてるせいか、ひとり保護者的なポジションで苦労してるのもある。
…俺といるときは常に渋面浮かべてる気がするぞ。あれ、なんでだ。

「それに博識で、ちょっとお話しただけで圧倒されちゃいました」
「生きる辞書、って感じではある。まあその知識に助けられてるところもあったりするかな」
さんのこと、本当に心配されてたんですよ」
「…それは、悪いと思ってる」
「大切なひとなら、あまり心配かけないようにして下さいね」

やたらと言い含めるような声で言われて、俺は戸惑いながら頷く。
今回のことはそりゃ申し訳ないんだけど。でもクラピカは基本心配性すぎるところもある。
俺とレオリオは、そこまで心配しなくても…と思うときがあったり。

「イリカ。彼、男性だと思うよ」
「え!」

不意にラフィー店長が口を開いた。そんでもって超驚くイリカ。
ハンバーグを口に運んでいた俺はぱくりと食べて、目を瞬いてしまった。
………この反応からして、もしかしてイリカはクラピカを女だと思ってたのか?
いやまあ無理はないよな、それぐらいあいつ美人だし。一人称「私」だしな。
丁寧に口の中で味わってハンバーグを飲み込み、俺は頷きながら口を開いた。

「あぁ、男だよ」
「そ、そうなんですか…!?」
「初対面だと間違われることもあるらしいけど。本人には言わないでやって」
「もちろんです。でも…すごく、驚きました」

自分の胸に手をあてて呟くイリカは、本当に動揺したらしい。

さんのことを特別に思う方なのかな、と」
「?」
「特別に違いはないんじゃないかな。そういうことは、性別関係ないから」
「…はい、そうですよね」

え、いやあの、俺は話についていけてないんですけど。
店長とイリカの間で妙に分かり合う空気が流れてるけど、どういうこと?

「君は自分のことをもう少し特別に思った方がいいかもしれないね」
「…俺のことを?」
「もうひとりの身体じゃないんだし」
「え」

にこりと笑った店長が教えてくれたのは、衝撃的な内容で。
今回の手術で、イリカの細胞を俺の中に注入したというものだった。

イリカが特殊な身体だというのは知っている。そのために複雑な環境にあることも。
でも彼女は彼女で変わらない。だからそう接してきた。
イリカを利用するような人間にはなりたくない、と思ってたんだけど。
………まさか俺を助けるために、そのイリカの特殊な体質を利用することになるなんて。

「………ごめん、イリカ」
「え?」
「俺のために、イリカの」
「謝らないで下さい。さんがいまこうして生きていてくれるなら、それで十分です」
「…イリカ」
「むしろ、今回ばかりは、この身体でよかったと思ってます」

顔を上げると、少しだけ瞳を潤ませたイリカが笑ってくれていた。
うう、本当に良い子すぎるよ。ただでさえイリカと店長には世話になってばかりなのに。
命の恩人にまでなってしまった。どう俺はお礼をしたらいいんだろう。
そう尋ねると、二人は顔を見合わせた後で、似たような笑顔を浮かべた。

「また、店においで」
「それで、店長のおいしいケーキを味わって下さい」
「……二人とも」

なんか、いま、すごく俺は感動している。





クラピカは恋人だろうか?と思っていたのかもしれません。

[2012年 5月 11日]