用事が思っていたよりも早く済み、少し時間が空いたので馴染みの本屋さんに寄った。
軽い足取りで行き慣れたコーナーへと向かい、本棚の一番上からチェックを始める。
来る度にやっているけれど、ここの本の入れ替わりは激しい。
棚にぎっしり詰まっている本だけでもかなりの数だ。書庫もあるらしく、そっちにはそれ以上の本があるんだとか。

たまにものすっごい貴重なやつもあったりするんだ。掘り出し物って言うんだっけ。
…こういうのをどこから見つけてくるのか気になる。

「ん?これは……」

何となく手に取ったそれは、見たことのない本。
パラパラと内容を見てみれば、なかなか面白そうだった。よし、これにしよう。

並べられた本の背表紙を見つめて、見覚えのないものを見つけては中身を確認。
そんな作業を繰り返して数十分、見つけられたのは結局最初に見つけた分ともう1冊だけ。
その2冊を抱えてカウンターへ向かった。

「店長ー」
「………ん?ああ、お前か」
「うわ、何かまた古そうなの読んでる」

店長の手にある分厚い本。表紙には『ヴァルギアスの道標』と書かれていた。
確かあれは、物語だったはず。

三人組みの旅人が誤ってエルフの森に入ってしまい、そこから脱出しようとする中で一人の女性と出会う。
その人のおかげで外に出られたのはいいけど、出た先がまたとんでもなく危険な場所で。
どうにか元の場所に戻ろうと進むけど、進んだ先で出会う人にまた道を教えてもらって―――。
読んだことないから細かいところまでは知らないけれど、そんな感じの内容。

「面白いですか?」
「ああ。お前も読んでみるか?」
「え」

ほれ、と差し出されたこげ茶色の本。

「でもこれ、読みかけなんじゃ」
「俺は前に読んだことある。気にすんな」
「………じゃあ、お借りします」

それと、こっちは買います。と持っていた2冊をカウンターに置く。
その両方のタイトルに店長がクッ…と笑った。

『世界呪具大全』『呪解読本』

「やっぱ目をつけたか」
「見逃しませんよ。2冊だけしか見つけられなかったのが悔しいです」
「いや、新しく入れたやつで残ってるのはそれだけだ」
「…誰か買っていったってことですか?」
「ああ」
「へえー。ここでこういうの買っていくのは私だけかと思ってました」

店長はお客さんの好みをそれぞれ把握してるらしくて、私もモロバレ。
探してる本とかを教えておいたら取り置いてくれてたり、入手してくれたり。
自分があんなに探しても見つからなかったのに、と悔しい思いをすることもしばしばだけど、感謝しているのも本当だ。

…にしても、私以外にも呪い関連の本を買うひとがいるとは思わなかった。
先を越されたような感じ。

「…店長、今後そういう本を私以外に売らないっていうのは」
「ダメだ」
「ですよねー…。あーあ、どんな本か見たかった」
「頼めばいいじゃねえか」
「いやいやいや、見ず知らずのひとにそんな」

「あなたが買った本、私も読みたいんです。見せてください」ってか。あはは、無理無理。頼めない。

「そいつ、呪いの…石板だったか。あとは文明とかを調べてるらしい」
「はあ、そうなんですか」
「お前のこと話してみた」
「……はい?」

私のことを話した?…何でそんな展開に?
意味がわからない、と眉間にしわを寄せる私に、店長はなんでか楽しそう。
何、その何か企んでます的な顔は。

「なかなか欲しい情報が手に入んねえ様だったからな」
「ふうん。…それで?」
「お前なら色々持ってるだろ。見せてやる代わりに、そいつが買っていった本を見せてもらえ」
「…ああ、なるほど。取引ですか。…確かに石板とか文明とかの資料もありますけど……」

8割は両親が集めたものだ。ほいほい晒せるものじゃない。知らないひとには尚更。
…でも本は読みたい。どうする私。

「うーん…そのひと、何か言ってました?」
「見せてもらえるなら助かる、とか言ってたな」
「………」
「ま、どうするかはお前の自由だ。…なかなか面白い奴だった」
「…気に入ったんですか?」

返ってきたのは、思いっきり楽しそうな表情。気に入ったようだ。
店長が気に入ったってことは、よっぽど惹かれる要素があったということ。
ちょっと気になってきたじゃないか。

「………わかりました。そのひとに会うことがあったら話をしてみます」
「そうしとけ。ああ、言い忘れてたが」
「?」
「俺の勘だが、そいつ裏の人間だからな。危険はねえだろうけど」
「…そうですか」

裏の人間。表立って言えないような仕事を生業としている人。そのほとんどが犯罪者で、手配書だって回っていることもある。
私の周りにも何人か裏稼業の人間がいるからそう驚きはしないけれど、怖いもんは怖い。好奇心が疼いてたりもしてますが。

店長が危険はないと思っているのならそうなんだろうし、連絡取り合ってもいいかも。
なんて思うけれど、とりあえず様子見ということで話を終わらせた。

「ほれ、包めたぞ。2冊で2700ジェニーだ」
「高いでーす、まけて下さい」
「却下だ」
「ぶー…ケチ」
「お前金持ちだろうが」
「両親が遺してくれたやつですから、私のじゃないです。まあ、稼いではいますけど」

じゃあまた来ますね、と本の入った紙袋を抱えてくるりと振り返って。
直後に何かにぶつかった。何かっていうか誰か。

「…すみません、大丈夫ですか」

頭上から声がして、それがぶつかったひとのものだと瞬時に理解した。

「大丈夫です、こちらこそすみません」
「いえ…」
「一昨日ぶりだな」
「こんにちは」

おお、店長が笑いながら会話を。なんか親しげ…こんなひと本屋に来てたっけ?今まで見たことないけど。
そんな考えが顔に出てたのか、店長が「さっき話してたヤツだ」と……さっきって、呪い関連について調べてるひと?

「…へえー」
「……………?」
「メイサ、そんなに見つめてやるな」

黒髪、焦げ茶色の目…きれい。
深い色。そう、底知れない深さを感じるんだ。どんな生き方してきたのかな。

「おいメイサ、おい、もしもし?」
「………え、っあ!ご、ごめんなさい!」

ややややばい!見つめすぎた!

恥ずかしさと申し訳なさでおろおろするこちらを面白がるような視線を感じる。店長見るな!むこう向いとけ!
頭の端でそんな念をおくりつつ、もう一度謝罪の言葉を口にした。

しかし彼の表情は変わらず、「別にいい」とだけ呟いてお店の奥へと消えていった。

「……………お、怒らせた?怒ってますよねあれ」
「…いや、怒ってるようには見えなかったが」
「んなわけないです!不躾に凝視して…あー!私のバカ!!」
「落ち着け」
「落ち着けません!」

無理無理どうしよう。怒らせた。ぶつかった挙句怒らせた。初対面なのに。

…って、私なんでこんな焦ってんだろ。そりゃ悪いのは私だけど。
いつもの自分と違うような気がして混乱する。

「…店長、私どうすれば」
「アイツは別にいいと言ってただろ。気にするな」
「でも怒って」
「ない。どうしても気になるなら直接聞いてこい」
「無理です。店長聞いてきて下さい」
「……かまわねえが、あることないこと吹き込むぞ?」
「行ってきます!!!」

衝動的に叫んで、抱えていた紙袋を店長に押し付けた。

なんで必死になってんのとか、なんでこんなに気にしてんのとか。色々疑問がわいてくる。
けれどそれよりも……ただ、ちょっと話してみたい。
そう思って、ひとの気配がする方へと足を向けた。










私がいつも行く呪い関連の書籍が置いてあるコーナー。彼はそこにいた。
そして私がいつも使ってるイスに腰掛けて。

……絵になるなあ。ってそんなこと考えてる場合じゃない。

「…あ、あの」
「………?」
「…さっきはすみませんでした!ジッと見たりして……」

ジッと見られるなんて良い気分じゃなかっただろう。私だって嫌だ。

彼がパタンと本を閉じて立ち上がった。それだけのことなのに、思わずびくりと反応してしまう。
殴られるか、私の存在が邪魔だから立ち去ろうとしているのか。どちらにしても怖い。

店長の言っていたひと。裏の人間。きっといっぱい命を奪ってきた。
初めて間近で経験した、闇の世界で生きる者の気迫。静かな圧力はあからさまな殺気よりも恐ろしさを際立たせた。
危険はないとか、店長のうそつき。めちゃ怖い。

「…あのさ」
「は、はい!」
「さっきの事、俺は気にしてないから。君も気にしないでいい」
「………へ」

何度も謝られても困る。

そう言った彼は表情こそは変わらないが雰囲気が柔らかくて、さっきまで感じてた恐怖が嘘のように吹っ飛んだ。
本当に気にしてないことがわかりホッと肩の力を抜く。

「…よかった、怒らせちゃったのかと思いました」
「あれぐらいで怒るほど短気じゃない」
「あはは…」

店長は怒りましたけど。
まあ、あの時はぶつかった拍子に本を落としちゃったからだが。あのひとは本当に本を大事にしている。
本が好きというか本を愛してるというか…もう「本命(ほんいのち)」って感じだよね。

だから未だに独身なんだよ、と思っているとその張本人からお呼びがかかる。

「おい、メイサ。お前帰らなくていいのか?」
「え…ああ!そうだった、帰らなきゃ」

携帯を見れば、16時34分。17時から仕事が入ってる。
ここから家まで15分でそれから準備してー…遅刻する!

「すみません、ええっと…えーっと……あの、またお話したいです」
「あ、うん」
「では失礼します!」

本当ならもっとお話したかった…!
さっきの恐怖はどこへやら、内心涙を流しながらお店から飛び出す。
走れば5分。頑張れ私!






10万ヒット記念に亜柳さんよりいただきました!
いえっふー!可愛い呪術師の女の子とコラボだぜい!(落ち着け)
色々な方と交流させいていただける主人公は果報者ですねぇ…本当に。

[2011年 10月 29日]