多少奥まった場所にあるこの店に訪れる者は少ない。
まあ、蔵書はその辺の本屋よりはあるから、来た客のほとんどは常連になる。
そういう奴らは俺に一声かけるか、すぐさま目的のコーナーへと向かうかのどちらかだ。
しかし今さっき完璧な纏を行いながら入ってきた人物は、そのどちらもせずに緩慢な動きで店内を回っている。これは新規だな。
(念能力者の客か……)
半分だけ意識をそちらに向けつつページを捲り、文字を追う。
今読んでるのは知人から譲り受けたもの。
『ヴァルギアスの道標』といえば俺が生まれるよりもかなり前に流行った、今じゃ世界に2桁も存在しないレア本。
内容もなかなか面白く、何度も読み返してしまうほどだ。
俺は一度読んだ本の内容は絶対に忘れないが、忘れなくとも読んでしまいたくなる。これはそれほどに魅力的な物語だった。
これは当分手放せないな。そう思ったところで不意に近づく気配を感じて、顔を上げる。
「……いらっしゃい」
「これをお願いします」
ボスボスと置かれた数冊の本のタイトルを確認していく。
古代文明の本が多いな……解呪の歴史…って呪いモノまで買っていくのか。
よく見れば他の本もタイトルは呪いと無関係だと思わせるが、内容は少なからず呪詛や呪いの儀式の起源などが書かれてある種類。
まさかメイサ以外にそんな輩が現れるとは思わず、俺は興味半分で目の前の男に声をかけた。
「呪いに興味があるのか?」
「……知りたい事があって」
「呪いの解き方とかか」
「……………それもあります」
「そうか。ま、何もしないよりは調べた方が有意義だろ」
気の遠くなる話だが。
完全に他人事のように思いながら、包み終わった本を紙袋へと詰め込んだ。
「全部で16200ジェニーだ」
「ありがとうございます」
見たところ裏の人間だろうに、しっかりしている。
こうもさらりと礼を言われると妙に照れくさい。最近の若い連中は感謝と謝罪がなってないからな。
「あの、ここに呪いの石板について書かれた本は置いてませんか?」
「…石板?ここにはないな。石板について知りたいのか?」
「はい。後は、各地の遺跡についても調べているので、それに関連のある本があれば」
「遺跡か…ここに置いてるのは今日お前が買ったので全部だ」
「……そうですか」
自分が知りたい情報が書かれてる本を全て見つけ出すとは、いい目を持っている。
呪いの起源やら文明やらを調べてるのには笑いも出て来ないが、どうにも興味が沸いてくる…妙なヤツだ。
「自分で調べた方が身につくこともあるが…そういうのは専門に聞くのが一番だと思うぞ」
「専門…」
「呪いなら呪術師だな。なんなら会ってみるか?」
「え」
「俺の知り合いにいる。話を聞くだけでもいいが、アイツの家には呪い関係の本や道具…石板だってあると思う。遺跡関連の本もな。見せてもらったらどうだ?」
「……確かに、見せてもらえるなら助かりますが…」
「会ったこともない奴に頼むのは気が引けるか?…んじゃ、話だけしといてやる。それならいいだろ」
連絡先を教えることはできない。本人の承諾なしにそれをするのは、いくら俺でもな……。
故に、話を通していても両人が会えるかどうかは微妙なところ。
承諾を得て、メイサの連絡先をこの男に渡すと言う手もある。
または、俺が間に入って会う機会を作ってやることもできる。
方法は考えればいくらでもあるのだ。
が、今回は頼まれない限りはここまでの協力といこう。
会うべき二人なら、嫌でも会える。人生はそういうものだからな。
「…ありがとうございます、お願いします」
「ああ」
世話を焼いているわけじゃない。ただ、面白そうだと思った。
あの呪術馬鹿が、どう変わっていくのか見ていきたい。
メイサは週一でここに来るから、数日中に訪れるだろう。
礼儀正しく頭を下げて去っていった青年を見やりながら、俺はその時を楽しみに待った。
そうして待ちに待った日が来て、俺はメイサに例の話をふった。
流れはさておき、結果は俺の望み通り。
好奇心旺盛で単純。本当に扱いやすいなコイツは。
裏の人間かもしれないということを教えても、目が興味津々だと物語っていた。
「じゃあ、また来ますね」
「ああ。…って」
前危ねえ、と言おうとしたときにはもう遅かった。
メイサは振り返った瞬間に、ちょうど店に入ってきた男にぶつかり…って、あれは一昨日きたヤツか。
「…すみません、大丈夫ですか」
「大丈夫です、こちらこそすみません」
「いえ…」
メイサと違ってこいつはあんま感情が表に出ないようだ。
微かに変化が見られるのは目くらいか。
「一昨日ぶりだな」
「こんにちは。今日は少し読んでいきたいんですが、いいですか?」
「ああ。好きなだけ読んでいけ」
本は何かと場所を取る。
それが分かるから、ここでは貸し出しも行っていることを告げれば、男は「それは助かります」と微かに笑った。
俺たちのやり取りをメイサが目を丸くしながら見ていることに気づき、そういえば紹介も何もなかったなと思う。
「さっき話してたヤツだ」
「………へえー」
「……………?」
「メイサ、そんなに見つめてやるな」
いくらなんでも見つめすぎだ。
「おいメイサ、おい、もしもし?」
「………え、っあ!ご、ごめんなさい!」
おお、慌ててる慌ててる。おもしれー。
やっぱコイツ、こういうときのが一番笑えるよな。
「ホントにごめんなさい!」
「…………別にいい」
そう言って足早に呪い関連コーナーへと向かった男。そういえば名前を聞いてなかったな…後で聞くか。
そういやアイツにもメイサを紹介しなければ。あー、くそ。タイミング逃しちまった。
そんなことを考える俺の傍でメイサが自暴自棄に陥っている。
このまま放置して読書タイムに入りたいが、そうもいかない。第一うるさい。
なんとか落ち着かせてやろうと色々言ってみるが、効果はなし。
慌てふためく様子は巷で評判の呪術師とはとても思えない、年相応の姿に見えた。
「…店長、私どうすれば」
「アイツは別にいいと言ってただろ。気にするな」
「でも怒って」
「ない。どうしても気になるなら直接聞いてこい」
「無理です。店長聞いてきて下さい」
この小心者が。
「……かまわねえが、あることないこと吹き込むぞ?」
「行ってきます!!!」
………これはひょっとすると…ひょっとするかもな。
メイサは基本的に他人に無関心だ。
表面上では愛想よく接したりするが、俺と話すときのように遠慮なく言葉をぶつけられる人物は少ないだろう。
そんなヤツがああも相手を気にしている。
嫌われたくないと表情に出しながら、あそこまで取り乱して。
これは本当に、面白いことになりそうだ。
「ま、せいぜい楽しませてもらうとするか」
さて、本でも読むかと椅子に座りなおしたところで、なんとなく腕時計に目をやった。
もうこんな時間か……。
「おい、メイサ。お前帰らなくていいのか?」
「え…ああ!そうだった、帰らなきゃ」
返ってきた声色からして、話はついたらしい。
しかし慌てぶりは健在。店の中では走るな、と言いたいところだが今日は大目に見てやろう。
「じゃあ店長、また来ます!」
「ああ」
茶髪を揺らしながら走り去る姿を見送ったところで、カウンターに置かれたそれに気がついた。
紙袋だ。
「……アイツ、本忘れていきやがった」
そうならないようにカウンターのど真ん中に置いたというのに。
これ俺が届けるのか?そんな面倒なこと……。
メイサが取りに来るまで預かることも出来るが、確か明日から長期の依頼が入ってるとか前に言ってたな……。
ということはこの本は仕事中の暇つぶしに読む可能性が高い。ここにある時点でそれは出来ない。
アイツ、絶対うるさい。
電話とか店で騒がれるよりかは……はあ、やっぱ届けるしかないのか。
「おい」
店の奥に向かって声をかければ、ひょいっと男が顔だけを出してきた。
「ちょっと届け物してくる。帰るときに俺が戻ってなかったら、ここの扉を閉めてから帰ってくれ」
「あ、はい。……俺が届けましょうか?」
「あ?いや、……」
コイツに届けさせる=コイツがメイサの家に行く。
一瞬で浮かんだ面白そうな展開。むしろ普通に連絡取り合うよりはこっちの方が。
上手くいけば連絡先の交換、訪問の約束もありえるかもしれない。
客をパシリにするのは気が引けるが、ここは好意に甘えるとしよう。
「本当にいいのか?」
「はい」
「じゃあ…ああいや待て。…纏さえ出来れば軽い怪我ですむか」
「…何かあるんですか?」
「前に呪術師の話をしただろ。さっきお前とぶつかったヤツ、アイツがその呪術師だ」
「………へえ…」
「アイツの家は珍しい物がある。それを守るために色んな罠が仕掛けられてるんだが……」
前に忍び込もうとした時には酷い目に遭ったと言えば、呆れたような視線を向けられた。
そんな目で見んな。…仕方ないだろ、本のある所に行くのが俺の性なんだ。
「届け物するのはその家だ。ま、纏が出来れば死ぬことはないだろ。それにメイサが出てくればなんとかしてくれるはずだ。兄ちゃんのことは話してあるしな」
住所を教えたとなればうるさいだろうが、楽しければ問題ない。
届け物である紙袋を差し出しせば、男は2、3度俺の顔をその紙袋を逡巡して。
「…わかりました。必ず届けます」
「ああ、頼んだ」
俺と同じで本を大事にするヤツなんだろう、渡した紙袋を壊れ物を扱うかのように抱えている。
その事に笑みをこぼしながらメイサの家の住所やその特徴を伝えれば、どうやら知っているようだった。
…まあ、アイツの家でかいから目立つしな。
「どうせなら直接渡しておいてくれるか。日付けが変わる頃に持っていかなきゃならないが」
「俺はかまいませんよ」
「じゃ、それで頼む」
直接渡す必要はどこにもない。だからこそ、俺はさっき届けに行こうとしたのだ。
今すぐ持っていって玄関口にでも置いておけばそれで済むのだが、それじゃ面白くない。
会って、二人が話さなければ何も起きないのだから。
だからこれでいい。
これからどう転がるか楽しみだ。
店長視点。
あれですね、どこのお店も店主って素敵なんですね!(きらきら)
色々と面白がってる店長も只者じゃなさそうでわくわく。
それにしても主人公は本当にフットワークが軽い。パシリ属性を持ってる気が(笑)
[2011年 10月 29日]