夢であれ
〜出会い〜
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しまった。
無事に遅刻することなく仕事を終え、お風呂にも入って。
さあ寝ようかとベッドに向かう最中に思い出した存在。
「………本、忘れた」
そう、あの本屋で買った2冊。そして店長から借りた物語。それを忘れてしまったのだ。
忘れた原因は間違いなくあの青年。いや、あのひとが悪いってわけじゃないんだが。
あのひとに気を取られ過ぎたのだ。焦って慌てて必死になって、その結果忘れた。
「どうしよ…」
今から取りに行くにしては遅すぎる。もうお店は閉まってるだろうし、店長だって寝てるはず。起こすわけにはいかない。
でも明日から長期契約の依頼が入ってるし、当分はあそこには行けないだろう。
ということは、あの本はそれまでお預け……ダメだ我慢できそうにない。仕事の息抜きにと思って買った本を置いていくなんて。
…ダメもとで店長に電話しようかなあ。「こんな時間にどういうつもりだ」ってドスのきいた声で怒られるかも。
「…ん?」
ふと、敷地内に侵入する気配を感じた。
私の家の周囲にはそれを感知出来る呪術を施してある。ちなみに私じゃなく両親がやったものだ。うん、便利。
にしても、こんな時間にいったい誰だろう。
掛け時計を見れば、ちょうど日付けが変わろうとしているところだった。
「泥棒かなあ…」
ここには私や両親が集めたコレクションがわんさかある。
そしてその中にはなかなか手に入らない代物も数多くあるのだ。
今までだって泥棒に入られたし、盗まれたことだって。…まあ、それを防ぐために色々仕掛けてはいるけどね。
周囲には両親が。庭のあちこちには私が仕掛けた罠という名の呪術。
これぞ鉄壁の…と言いたかったけれど。
「…上手く避けてる」
私があちこちに施したものを、まるでその場所がわかっているかのように進んでいってる。
なんだ、探知出来る力でも持っているのか?同業者?
厄介だなあと息を吐いてから立ち上がった。
こうなったら徹底的に叩きのめしてやる。
仕事で使う呪具諸々のいくつかを手に、そっと玄関へと向かった。
「申し訳ありません」
「………いや」
「本当にすみませんごめんなさい殴って下さいいっそ息の根止めてくれていいです」
月明かりが照らす庭のド真ん中で、私は土下座でそう繰り返していた。
目の前で困ったような様子を見せている青年は、昼間にあの本屋で会ったあのひと。
侵入者は彼だった。
いや、彼は私の忘れ物を届けに来てくれただけなので侵入者ではない。マジですみません。
「すみませんすみませんすみません…まさかあなたとは思わなくて」
「俺は平気だから。土下座はやめてくれ」
「……はい」
とりあえず土下座はやめて、ゆっくりと立ち上がった。
そして改めて彼を見れば、自分がしてしまったことの大変さを知る。
服が焦げてる。顔に傷が。髪が乱れて……。
「ごめんなさい〜」
「……泣かないでくれないか」
「お兄さん本を届けに来てくれただけなのに……」
私が本屋に忘れた本を、彼は届けに来てくれた。店長に頼まれたんだとか。
この家の場所をバラしてくれやがった店長は憎らしいが、今はどうでもいい。
呪具を手に庭に出た私は、堂々と真正面からこちらに向かってきていた人物を侵入者だと思って。
だって暗かったしよく見えなかったしまさか彼だなんて思わないし。
そんなわけで、相手が誰かも確認せずに術をぶっ放してしまったのだ。
目の前の青年は裏の仕事をしているだけあって反射神経がよく、放たれたそれを上手くかわしたのはいいのだが。
かわして着地した先に運悪く、地雷式の術があった。彼はそれに引っ掛かった。
その際に発した光で私は相手が誰であるかを知り、驚きながらも事情を聞き…今に至る。
「引っ掛かったのは俺のミスであって、君のせいじゃない」
「仕掛けたのは私ですし…第一私が攻撃したからああなったんじゃないですか」
「君は間違ったことはしていない」
「……でも」
「俺は大丈夫だから。目立った怪我もないし」
いや顔、顔に傷が。服が。
もう私のバカー!(本日二度目)と自分で罵りながら、1枚の札を出した。
それを手に、彼の頬にもう片方の手を伸ばす。
「ちょっと失礼します」
「え」
「『我が意に従い、傷を癒せ』」
札が淡い光を灯し、同じだけの光が反対の手からも溢れた。
そのまま青年の頬に手を滑らせると、顔に負った僅かな傷と共に服の焦げまでもが消えた。
「――終わりです。気分が悪かったりしませんか?」
「……大丈夫。すごいな」
「万能ではないですけど、これくらいなら」
しかもこれは使い切り。1枚につき1回、色々直したり治したり出来るのだ。限度はあるけれど。
他に怪我はないかな、と彼を上から下まで見て、何もなさそうだと安心する。
あ、すみません。またジロジロ見ちゃって。
なんとなく居心地悪そうにしているのを感じ取り、慌てて目をそらした。
「…えっと、これ」
「あ、私の本…ありがとうございます」
「いや」
そうだった、これを持って来てくれたんだった。
すっかり忘れていたと自分の馬鹿さ加減に呆れながら紙袋を受け取った。物語の本も入っている。
さっきのやり取りでこれまで焦げてたりしないかな、と不安になったがそれは杞憂だったようだ。
元々付いていた分は除いて、汚れひとつ付いてない。彼が守ってくれたのだ。
「ありがとうございます」
「? もうお礼は聞いたけど…」
「さっきのは本を届けてくれたこと。今のは本を守ってくれたことに対するお礼です」
店長に借りた本を汚しでもしたら明日の朝日が拝めないところだった。
それに他2冊が無事だったことも嬉しい。
ありがとう、と己の心に従って笑みを浮かべれば、彼は一瞬きょとんとした後に「どういたしまして」と返してくれた。
少し笑ってる?
「……あの、お名前聞いてもいいですか?私はメイサーラ=アルジェといいます」
「俺は」
「さん……。………あの、よければなんですけど」
「?」
「今度、お時間ある日に家にいらっしゃいませんか?」
「………ここに?」
「はい。えと、さんは呪いの石板や文明に興味がおありだと店長に聞いたので。うち、そういう資料が結構あるんですよ」
こちとら呪術師。結構どころか9割がそれ関係だ。
もしかしたら彼…さんの欲する情報があるかもしれない。
今回のお詫びも兼ねてどうですか?と問えば、彼は少し間をおいて頷いた。
「じゃあ、これを渡しておきます。来る時には一度ご連絡下さい」
仕事用に作った名刺だけど、名前はもちろん携帯番号とアドレスが書いてあるもの。
連絡を取り合うには充分だ。
「わかった。その時は頼むよ」
「はい。それと、これを渡しておきますね」
「…これは?」
「お守りです」
さんに渡したのは、呪いを無効化してくれる首飾り。
調べるということは、関わるということ。その手で触れなければならないことだってある。
呪いというのは、基本的に有機物に何らかの影響を及ぼすものだ。
操ったり陥れたりと、人の身に災いを降りかける。
彼がどんなに強かろうと、危険なことには変わりない。
だからこれは、絶対に必要。
そんな感じに説明して、首飾りを彼の手に握らせる。
「極力身につけておいてください」
「…わかった。ありがとう」
「どういたしまして」
会ったばかりのひとにここまでするなんて、自分でもびっくりだ。
でも、さんならと思ってしまう。
(不思議なひと……)
ますます興味がわいてきた。
もう少し近づいてみたいな、なんて思うのは初めてで。
誰かに対してドキドキワクワクするのも初めて。
「じゃあ、俺はこれで」
「あ、はい。おやすみなさい」
「おやすみ」
去っていく彼の姿が見えなくなったところで、自室に戻る。
明日から長期契約の依頼。朝も早い。
もぞもぞとベッドに入って目を閉じれば、あっという間に睡魔が襲ってきた。
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きっと彼は素でトラップを避けまくっていたに違いない。
いきなり攻撃されたことに驚きつつ、メイサちゃんの泣き顔に動揺しまくったはず(笑)
そんでもって呪術師ということを知って、心の中は阿鼻叫喚とみた。
家の中にトラップあるって何事!?と思っていたに違いない。
それにしてもうっかりなメイサちゃんが可愛い(気に入ったらしい)
[2011年 10月 29日]