「…あ、さん」
「何?」
「ついここまで来ちゃったんですけどさんどこかに向かってたんじゃ?」
確かあの路地を通りがかった、と言ってた。
それはこの本屋を目指してたというわけではないだろう。
別に目的地があるなら、ここまで一緒に来てしまったのはまずかったのでは。
「す、すみません。あの私」
「いいよ、通り道だから」
「…そうなんですか?」
「うん」
嘘かホントか…って、嘘つく理由がないよね。
安心していいのか微妙な気分になっていると、ひょこっと店長が顔出してきた。
「ん?…何二人で手繋いでんだ?いつの間にそこまで仲良く……」
手?
「あああああ!!」
「っ!」
「うるさい。叫ぶな」
繋いだままだった!何してんだ私ー!!
パッと手を離して、即座にさんに頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「え、いや…」
「ごっ、ごめんなさっ…手、あの、私、すみません!」
「………」
手握っちゃった手握っちゃあああああああ!(混乱中)
「もう私なんで…店長私を殴って下さい」
「は?」
「馬鹿でごめんなさい馬鹿でごめんなさい」
「…はあ…ホント、一度テンパるとコイツは……悪いな兄ちゃん」
「いいえ、俺は大丈夫なんですけど…メイサは」
「放っておけ。ああなるとしばらくは周りの声は聞こえない」
「…そうですか」
許可なく手を握るなんて失礼じゃないか!私の馬鹿!
私は平気だしむしろ嬉し…じゃない、私が嬉しくてもさんはそうじゃないだろう。
私みたいな女に触れられるとか、小さい頃みたいに私に触ると呪われるとか思われてたら……!
呪われない、呪われないよ!?いくら私が呪術師でもそれはないから。
万が一呪いの残り滓とかがそっちに行っちゃってもお守りさえあれば……お守り?
「そう!お守り!さんお守りは!?」
「……持ってるけど」
そう言って見せてくれた彼の首にはお守りのネックレス。捨てないでいてくれた…!
「よかった…」
「?」
「あ、いえ…ええと、あ、そうだ。そのネックレス、実はセットなんですよ」
「セット?」
「私のこのブレスレット、そして店長の左手人差し指にある指輪も同じ力を持ってるんです」
「へえ…」
呪いについて色々調べまわってるらしいさんでも、物珍しいようだ。
ネックレスもブレスレットも一点物で、世界に2つとないものだし当然といえば当然だろう。
「それぞれが世界に1つしかない物でして、"清燐(せいりん)"って名前が付けられてます」
清燐の首飾り。清燐の腕輪。清燐の指輪。
深海の底でほんの僅かに取れる特別な鉱石で出来ていて、でも今ではそれは取れなくなったらしい。
売れば一生遊んで暮らせる…どころじゃない額だ。
「そんな貴重な物を俺なんかに…」
「持っていて下さい。ね?」
「持っていてやれ。コイツの信頼の証だ」
「…信頼?」
「ちょ、店長!」
「コイツの家のあちこちにある物騒な仕掛けを素通り出来るからな。どうぞ入り込んでくださいと言ってるようなものだ」
「それは…信頼とかそういうんじゃなくて、ただ、力になれたらって思っただけで」
「お前、仕事以外では滅多に他人に力を貸さない性質だよな。自分本位なお前が"力になりたい"と思ってるのが信じてる証拠だろ」
店長おおおおお!!
このひとはどうしてこうも余計なことを言ってくれるんだ!
確かに信じてるっていうか、このひとならいいかなーって思ってはいるけど!
だからって面と向かって本人に言うことないのに……うう、恥ずかしくなってきた。
さんは首にかかったままのネックレスを見つめたまま動かない。
無表情だから何考えてるのかさっぱりだけど、対して店長は微かに笑ってる。
彼の笑顔に含まれた感情を読み取れるようになったのはわりと最近だ。
今はたぶん…嬉しい、のかなあ。
「…メイサ」
「あ、はい」
「ありがとう」
「……はい!」
笑った、んだと思う。
うーん、いつかは彼の表情の変化もわかるようになるのかな。なれればいいな。
そう思ったところでポケットの携帯が振動を始めた。
さんも何やらごそごそとしていて、取り出したのは携帯。私のと同じく震えている。
すぐに止まったところを見ると、メールだろうか。
「(私はーっと…新しい依頼か。って、もうこんな時間!)じゃあ、店長、さん、私はこれで失礼しますね」
「仕事か。まあ適当に気張れ」
「私はいつだって全力です!まったくもう…すぐ茶化すんだから」
「応援してやってるんだろうが」
「どの辺が応援ですか。やる気を削いでるようにしか思えないんですけど」
「お前がそう思うならそうなんだろうな」
「………」
頭痛くなってきた。
「はあー…」
「ため息つくなら他所に行け」
「…店長らしいお言葉で。それでは」
「メイサ、ちょっと待って」
「え?」
呼び止められたかと思うと何かを手渡され、咄嗟にそれを受け取った。何、紙?
「俺の連絡先。教えてなかったから」
「え、え?…さんの?」
「そう。1月中は繋がりにくいと思うけど」
「…わかりました。ありがとうございます」
「うん。それじゃあ、仕事頑張って」
「はい、さんも…えと、お気をつけて」
ひらひらと振った手に応えるように、さんも振り返す。
やや早足で去っていく彼の背中を見送りながら、私はさっきの言葉を反芻していた。
―――仕事頑張って
その言葉だけでこんなにも心が躍る。
誰に言われても、こんなにはならなかった。
どうして、彼が言うと違って聞こえるんだろう。
たった一言でこんなにも。
不思議な気分を抱えたままその日最後の仕事に挑み、ときどき上の空だった私がミスをしてしまったのは言うまでもない。
テンパっちゃうメイサちゃんがお気に入りです。
…しかしまた随分と貴重な品を頂いてたんですねぇ…ありがたや。
これでまた、クロロに目をつけられたりしたら泣きそうです。
[2012年 1月 8日]