「店長、お店閉めてもいいですか?」

 今日も一日いろいろとあったけれど、とても勉強になった。
 小さな刺激のひとつひとつが、私にとって大事な経験値で。
 それがとても嬉しいことを店長はよく理解してくれているから、失敗も恐れなくて済む。
 一日の仕事がほぼ終わって、お客さんも帰られたから、閉めていいか確認に来たら、店長が唸ってました・・・。

「あー、うん、いいよー」

 力なくへにゃりと笑う店長はいつもと違う。
 慌てて、どうかしました? と問いかければ、ラッピングを見せられる。
 見れば床にも使ったと思われる紙やら布やらの残骸がちらかっていた。
 そういえば、ラッピングは時間がかかるといっていた。
 クリスマスの時は、いつもの白い箱に入れるだけでよかったけど、バレンタインギフトは変形で、包みが可愛らしい。
 うん、やっぱり、手伝った方がいいよね。そう思って店長の向かいに座ろうとする。

「先に看板入れて来てくれる?」
「あ、はいそうですね!」

 そういわれて、店を閉めた後の方が作業に集中しやすいことに気付く。
 店長は本当にいろんなことが見えていてすごい。
 作業に入っちゃってお客様が来たら、作業を中断しなければいけないし、お客様も気が散る。
 先のことを見通して行動できるようにならないと。そう胸に誓って店の前に出る。
 陽は傾いてはいるけど、沈んではいない、黄昏の時間。
 西の空が真っ赤になるのに、毎回なんだかよくわからない気持ちがこみ上げる。
 窓から見えた空は大きかったけれど、ここからみる空はもっと大きくて。
 夕陽の反対には、藍色に染まる空に、星が瞬く。

「もう閉店?」

 空を見上げてる私の傍で、聴き慣れた声がする。
 驚いてそちらを見れば、しばらくぶりの見知った顔。
 この店の常連のさんはその手に何か持っていた。
 仕事帰りかな?

「時間は大丈夫ですよ」

 相手がさんなら、店長も許してくれるはず。
 なんだかんだいってお世話になっている彼は、ただのお客様とはいえない相手。
 ちょっとくらいのイレギュラーな対応も、許してもらう。
 他にも店長のお友達は休憩時間に来たり、休みの日に店長を呼び出したり、代金をもらわなくて良かったり、本当に色々で。
 それでも、店長がいつもより柔らかい表情で笑っているから、心を許しているのだとわかる。
 さんも、店長が気を遣わなくて済む相手だと思う。

「せっかく来ていただいたので中へどうぞ」

 そういって微笑めば、頷いて中に入ってくれる。
 取り敢えず看板は仕舞っておいた方が、他のお客様が混乱しなくてすむはず。
 一通り閉店準備をしてから、中に戻ってお茶の準備をする。
 いつもの席で静かに本を広げている彼を見ていて、思い出す。
 さん、もらってくれるかな。
 以前さんには危ない所を助けてもらった。
 それなら、ちゃんと感謝を伝えるべきだと思ったのに、ずっと機を逃していて。
 会えるかな、と少しは期待していたけれど、9割渡せないはずだったチョコレート。
 帰るタイミングででもいいかな。

「やぁ、いらっしゃい」
「あれ、店長疲れてるんじゃ?」

 さすが、さんはするどい。
 にっこりと笑顔だから、普通のお客様なら気付かない店長の疲労感。
 さんの言葉に、店長は少し困ったように笑って、それから名案だとばかりに手を打つ。

君、今日のケーキはただで食べていっていいから、手伝ってくれると嬉しいんだけど」
「?」
「それとも運び屋の仕事じゃないとだめ?」

 こてんと首を傾げる店長、なんだかシャンキー先生も同じようなことをしていたけど、やっぱり違う。
 自然なその仕草は、多分一番似合う気がする。
 さんがふるふると首を横に振るのをみて、店長は嬉しそうに笑った。

「いまバレンタインのラッピングやってたんだ」

 調理場で作業していた店長に連れられて、作業ができるスペースを作る。
 バレンタインという単語を聴いたさんがどこか遠くを見つめていたのだけど、なにかあったんだろうか。
 不思議に思いながら、店長のラッピングの構想を聴く。
 見本として出された完成品は、筋がいっぱい入っていて、店長の苦労が見え隠れしている。
 店長、実はぶきっちょ。痕跡が微笑ましくて口角が上がる。
 お菓子に関しては繊細なものを作るひとが、一方でこんなにも努力がいる。
 人間なんだなぁ、と安心して店長が大好きで。

「ほら、イリカもお願い」

 店長に促されて手にした包装紙で、箱に入れられたお菓子を包んでいく。
 隣に座ったさんは、とても器用に、そして手早く作業を進めていくのに、私はあまり捗らない。
 ちょっと悔しく思いながら、でも、これも練習。
 私のレベルが速さを追求したら、目も当てられないものになってしまう。
 慣れてきたらスピードは徐々に上がるはず。






「そういえば、イリカも何か用意した?」
「あ、はい」

 夜食を作って出しながら、イリカに問いかければにっこりと微笑みと共にいい返事。
 自分ひとりだとそんなに料理はしないけど、誰かがいると作るよね。
 特に僕の仕事やってもらってるし、感謝の気持ちを込めて。
 とはいっても、すごく簡単なものしか作れないんだけど、焼いておいたパンと簡単なスープに果物。
 『これは朝食じゃない?』とシャンキーにいわれそうだから、ベイクドポテトもつける。
 これじゃランチだ、ってユっちゃんいわれちゃうのかな。

「ん、誰かにあげるの?」
「はい、大切なひとに」

 手伝ってくれる彼にあげるだろうそれを、イリカが用意してたのは知っている。
 基本的に不器用ではない子だから、見た目も綺麗だった。
 味見は自分でしてみてたから、多分大丈夫、喜んでもらえるよ。
 バレンタインもろくに知らなかった女の子が、大切なひとのために作れること。
 なによりも、大切だと思えるひとができたこと、それが嬉しい。

「そう」

 意外とあっさりと頷く彼に、嬉しそうなイリカ。
 あまりにも微笑ましい光景に、胸が温かくなる。
 どうかこのふたりが、哀しい想いをしなくてすみますように。
 どうか、僕のような冷たい想いを抱えませんように。
 倖せなひとが、ひとりでも、ふたりでも増えますように。
 泣いてるひとが、ひとりでもふたりでも減りますように。
 そんな僕の願いが届きますように。






「ふたりとも今日は遅くまでありがとう」
「いえ、ご馳走様でした」

 店長が苦戦していたラッピングも、3人でやれば早く片付いた。
 ほとんどさんがやってくれていたのだけれど、私も少しでも力になれたかな。
 手料理もご馳走してもらって、ケーキも食べて、店を出たときにはもう夜空に星が瞬いて。

「じゃあ、また明日」
「あ、店長、あとで冷蔵庫覗いてくださいね」
「ああ、うん?」

 私の言葉に頷きながら少し小首を傾げる。
 店長の笑顔が、いつまでも続きますように。
 いつもの感謝と、いつもの願いを乗せて作ったお菓子、喜んでもらえればいいな。
 分かれ道に差し掛かって、少し名残惜しさを感じながら、少し話をする。

「じゃあ、また」
「あ、これどうぞ」
「これは?」
「数時間早いですけど、バレンタインプレゼントです」

 さんにも、たくさんの感謝を。
 私を救い出してくれたあのときの強さと優しさ、いつもなにかと気遣ってくれる優しいひと。
 私にとって大事なひとが、ひとりふたりと増えていくことが怖くもあり、すごく嬉しくて。
 温かい時間を生み出してくれるすべてのひとに感謝を。
 そんな想いを込めて贈るプレゼントは、とても倖せなことで。

「ありが、とう」

 少し躊躇ってから受け取ってもらえるプレゼント。
 店長がいった通り、とても倖せな瞬間。

「じゃ、また来てくださいね」
「うん、また」

 こうやって、別れの挨拶をしても、なにも寂しくない。
 『また』を約束できるから、もう、別れも怖くない。
 仕事だから、つらいこともあるけど、それでも優しさを感じることができるいまが、とても愛しくて。
 店長もいま、笑ってくれているといいな。







バレンタイン…!!バレンタインに女の子からチョコもらえたよ…!!
と感動したに違いない。例えそれが友チョコに近いものであったとしても!(笑)

バレンタインなんて滅べばいいのに…と思ってたんでしょうねぇ主人公。
学生時代それなりにもらってるはずですが、本命とは微塵も気づかずフラグ粉砕してそう。
そしてハンター世界に来てからは…………、………うん。
なんというか、まともじゃない人達から沢山もらってそうですよね!

[2012年 2月 7日]