メイサ視点

今日は、店長と出会ってから四度目のバレンタイン。…の前日。
いや、明々後日からまた泊まり込みの仕事なんですよ。明日出発なんですよ。今日渡せなきゃ一週間後になる。
というわけで、現在地:古書店「フォレスト」。

「はい店長。ハッピーバレンタイン!これからもお世話になります」
「ああ」
「ホワイトデー期待してますね」
「………」
「去年みたいに私のお出かけに付き合ってくれるのでもいいですよ」
「行かねえ」

即答だった。去年あちこち引っ張り回されたことが堪えたらしい。
まあ、店長は出かけるのが好きってわけではないし、無理もないか。
本を探したりとかでふらりと出かける以外では、あまり表に出ないのだ。
こちらが誘って応じる、なんてことは本当に稀だし。

だから去年はホワイトデーを口実に外へ連れ出した。
今年はどうしようかなあ。物貰うよりも一緒にお出かけの方が嬉しいんだけどな。

「ねえ店長、どこなら一緒に行ってくれます?」
「………………どうしても出かけたいのか」
「はい」
「……なら、行き先は俺が決める。ホワイトデーまで大人しく待ってろ」
「どこかに連れてってくれるんですか?」
「ああ」

おお!あの面倒くさがりな店長が!我儘言ってみるもんだね!

「約束ですからね?」
「ああ」

……返事が段々と単調になってきた。本の世界に入り始めたんだろう。
こういうときに邪魔しちゃうと、ものすっごく怒られる。
読書タイムを中断させたのがお客さんだったら、少し不機嫌にはなるけど目に見えて怒ったりはしない。私も一応お客さんだけどね!

今度は何読んでるのかなーと下から覗きこんで表紙を見てみる。

(えーっと…、……あれ?)

ハンター文字じゃない。
なんかごちゃごちゃしてて分かりにくい。読めない。
いったいどこの文字なんだろう。

(うーん…見たことないやつだなあ。後で聞いてみよ)

あまり凝視していると「視線がうっとうしい」と睨まれてしまう。
今日は仕事入れてないし、ちょっと読んでいこう。


ヴーヴーヴー。


「…っと…携帯携帯」

振るえる物体を取り出して画面を確認すると、新着メールが1件。差出人はさんだった。
1月中は繋がりにくいって聞いて、その間は私から連絡することはしなかった。だから彼とのコンタクトは久しぶり。
用事はひと段落したのかな?

『前にもらった首飾りのおかげで、すごく助かりましたありがとう。今度お礼させて下さい』

……清燐の首飾りが、役に立った?
ってことは何かしらの呪いに関わったってことで、いやそりゃ呪いについて調べてるならそういうこともあるだろう。
でもすごく助かったって、いったいどんな目に遭ったんだろう。
怪我してないといいなあ。あれ、呪いを無効化するだけで怪我を治せるわけじゃないし。
うん、まあさんならちょっとの怪我くらいなんでもないだろうけど!
それでも心配というか、呪いは無効化された途端別の呪いが発動することもある。
だからそっち方面が心配というか、ああもうとにかく心配!!

(…ハッ!落ち着け私。まずはメールを返して……)

『お役に立てたなら何よりです。お礼は嬉しいのですが、お気持ちだけで充分です。ありがとうございます』

「と、とりあえずこれで…、送信!」

なんでこんなに緊張してるんだろう。たかがメールで。
話をしてるときも落ち着かない、メールのやり取りも落ち着かない。
彼とのやり取りは心がざわざわするというか、ドキドキというか……。

きっと、出会ってまだ数ヶ月でそんなに打ち解けてないからだ。
……店長ともまともに会話出来るようになるまで一ヶ月くらいかかったし、きっとそうだ。
人見知りというわけではないけど、上手く話せるようになるまで時間がかかるんだよ。

(…いつまでも緊張しっぱなしってのも失礼だよね)

次会うときは、もっといっぱい話そう。私なりに楽しく。

そんなことを考えていると、また携帯が振動を始めた。
返信メールだ。

まだ使い慣れない新しい携帯をゆっくりとした手つきで操作する。

「えーっと、『うん、ありがとう』…?」

なんで「ありがとう」?
別にお礼を言われるようなことを送った覚えはない。
首飾りのお礼だって別にいらないし。あれは私が押し付けたようなものだ。
そりゃあ、私の家を出入りするには必要なんだけど。でもさんなら首飾りなくても平気なような…私の偏見かな。

(ま、いっか。…って、体大丈夫か聞くんだった)

さん、体に異変はありませんか?呪いは無効化されても安全とはいえないので、不調を感じたなら言って下さいね』

少しおせっかいかな。
さんだって呪いについて調べてるし、私が教えたこともある。
今更こういうこと言われても、「わかってるよそんなこと」とか思われるかも。

「うーん、でも心配だし。送っちゃお」

心配いらないとか言われても心配する。それだけ危険なんだし。
呪術は、慣れたら無意識に気をつけるようになる。頭で考えなくても、体が勝手に危険を回避するのだ。
これはやらない。これをやったらこういうことに注意する。
そういったことが、自然と出来るようになる。あくまで、慣れたらだが。

(慣れてそうだけどな…吸収率すごいし。あ、それは頭がいいからか)

呪術に慣れてる云々じゃないな。


ヴー。

返信来た!
パッとメール画面を開いて内容を確認。

『大丈夫。心配してくれてありがとう』

……またお礼。ここまで言われると笑えてくる。
この礼儀正しさは私も見習うべきだな。いやホントに。

『それならよかったです。では、また今度お会いした時にお話しましょう』

これに対する返信内容はだいたい予想がつく。
なのであえて返信待ちはせずに、携帯はポケットの中にしまった。

さて、そろそろ読書タイムといきますか。










日が傾き、明かりなしでは文字を追うことも難しい時間帯。
そろそろ帰ろうと、読みかけの本を閉じて本棚に戻した。
今日は何も買わない。ずっと手元に置いておくほどのものが見つからなかったから。

次に来たときには面白い本が入ってることに期待して、カウンターまで行くと、珍しい光景に遭遇した。

(………店長が、寝てる)

人間なんだから寝るだろう。うん、馬鹿言っちゃいけない。
でもこのひと、寝るときは必ず布団に行くんだよ。こんなふうにうたた寝なんてしない。
だからこれはかなりレア。寝顔、寝顔だ。初めて見た。うわー、なんか幼い……。

とりあえず起こさないようにそろそろと近づいて、携帯をかまえた。
カメラ起動。ズーム。手ブレに注意してー…って、これ補正出来るんだった。
ごほん、それでは撮ります。3、2、1。


カシャッ。


いよっし!成功!!
店長はそりゃもう勘が鋭い上に凄まじく耳もいい。
てっきり撮る直前に起きちゃうかと思ったけど、全然起きない。今もぐっすり夢の中だ。

こんなことして何の得がって思われるかもだが、さっきも言ったように店長の寝顔は見たことない上に、見られることもそうない。
チャンスは逃さない。たとえそれがどんなチャンスであったとしても。
レア画像ゲットー、とほくほくしながら保存する。

(我ながら上手く撮れたなー)

目つき悪いもんだからわからなかったが、店長ってかなり美形だ。
寝顔のあどけなさも相まって、整った顔立ちが……うわー、女のひとみたい。
…たしか、30半ばじゃなかったかこのひと。童顔なのか。

鮮明な画像から、寝こけている本人へを目を映す。

肌綺麗。まつ毛長い。髪の毛はボサボサだけど、なんかふわふわしてそうだなあ……。

(さ、触ってみたい……)

ちょっとだけ。ちょっとだけね。
好奇心にかられてその深灰の髪にそっと伸ばした手が、ものすごい勢いで掴まれた。
ぎゃー!!起きた!

「…今何しようとした?」
「い、いえその…か、髪に触ってみたくて」
「髪?」
「ふわふわしてそうだなーって思ったらつい手が…ごめんなさい」
「……アホか」

掴まれていた手が離される。
店長を見ると、呆れたような、困ったような表情。あ、これ照れてる時の顔だ。
これもレアだよなあ、とまじまじ眺めてたら目を逸らされた。

「店長がうたた寝って珍しいですね」
「昨日は知り合いと遅くまで飲んでたからな。調子狂ってんだよ」
「へえ…。知り合いって、昔のお友達ですか?」
「ただの古馴染だ。アイツらと一緒だと騒がしくて敵わねえ」

疲れたような声とは裏腹に、ちょっと嬉しそうに見える。
これも見たことない顔…。

「…なんだ」
「あ、いえ。なんでもありません」
「見つめるのは兄ちゃんだけにしとけよ」
「見つめませんよ!」
「見つめてたじゃねえか。兄ちゃんも、今も」
「う…。そ、それは、今日はなんか、店長の新しい表情というか、見たことない顔ばっか見てるなって思って」

くそう、顔が熱くなってきたぞ。
店長がニヤニヤしながら「顔赤いぞ」なんて言ってくる。
そこはスルーしててくれればいいのに…!

「……お前、変わったな」
「はい?」
「胸は変わらんが」
「…!!」
「初めて会った時から成長してな」
「余計なお世話です!!!」

私の顔はきっと今までで一番赤いことだろう。
あいにく投げられるものは持っていないので、拳で店長を攻撃。

「セクハラ!ばーかばーか!」
「これくらいで騒ぐなんて、まだまだガキだな」
「あほー!」

誰かこのひと殴って。思いっきり殴って。私の仇を!(違う)

叫んだおかげで頭に上った血が引き、ついでに顔の熱も引いていった。
代わりにちょっと涙が出てきそうだけど。

「はぁ〜…。あ、そうだ店長。ちょっと頼まれてくれませんか?」
「内容による」
「どの口がそれを言いますか。…さんがここに来たら、これ渡しておいてほしいんです」

そう言ってウエストポーチから、青い包装紙でラッピングされた箱を取り出した。
店長にあげるチョコを作っていたときに彼のことを思い出して、どうせならと作ったもの。
いつ渡せるかわからないから食べ物はまずいかなーと思ったけれど、バレンタインと言えばチョコ。
なのでチョコの賞味期限がやばくならないうちに、さんの手元にいくことを祈る…しかない。

お願いしてもいいですか?と、店長にチョコを差し出す。

「…兄ちゃんが衝撃を受けねえといいけどな」
「どういう意味ですか!」
「お前の料理は味はいい。けど見た目が破滅的だ」
「今回のは上手く出来ましたよ?」

ちゃんと丸ーい形になった。味見もしたし、バッチリのはず。
なのに店長ときたら「どうだかな」と自分の分のチョコをひょいひょいと手のひらで弄んでいる。
ああもうこのひとは……。

「…で、頼まれてくれます?」
「仕方ねえから頼まれてやる」

上から目線がやや鼻につくが、今更だ。これが店長のデフォルトだし。

「ありがとうございます。…ちゃんと渡して下さいよ?」
「心配しなくても渡す。少しは信用しろ」
「信じてますよ。…ただ、店長はちょっと、いやかなり遊び過ぎるところがあるので」
「兄ちゃん相手に遊ばねえよ。反応がないからつまらん」
「ああ……」

何言っても淡々としていて、最低限の答えしか返さない。
さんの冷静さには、店長もからかう気が失せるらしい。

「俺なりに楽しませては貰うけどな」
「………ほどほどにして下さい」

私は慣れてるからいいけど(厳密にはよくないけど)さんは違う。
店長のこの性格に翻弄されて、ストレスとかためたりしないといいなあ……。
さん、流されやすいところがありそうだし。…これは失礼か。

ま、なんとか切り抜けてくれると信じよう。頑張れさん。

「じゃあ、私帰りますね」
「おー、迷わず帰れよ」
「さすがに地元じゃ迷いませんよ……」

そんな会話を交わして帰宅して。
翌日、依頼者のいるヨークシンへと出発した。





呪術師シリーズを亜柳さんよりいただきました!バレンタイン編です。
お店の名前もお披露目。店長さん、かなりの美形さんなのですよ、ふふふふ。

[2012年 2月 29日]