店長ユリエフ視点

もらうのはこれで四度目になるメイサの手作りチョコ。
一度目は味も見た目も凄まじく、二度目は見た目変わらず味がよくなっていた。
三度目は味はさらによくなったが、その反面見た目が壊滅的。

あれはもう一種の才能だ。
思わず口に含むことを躊躇ういびつな形のわりに、味はいい。
店に出してもおかしくないくらいのものなのに、見た目が(略)。

そして昨日貰った手作りチョコ。
見た目よし味よしと本人が言ってただけあって、その通りだった。

これなら普通に売れそうだな、と最後の一粒を口に放り込む。
甘過ぎず、ふわりと溶けるそれ。俺の好みをよく理解している。
ラフィーのモカほどではないが、結構気に入った。

(さてと、これはどうするかな……)

青い包装紙でラッピングされた手のひら大の箱。メイサがに作ったチョコだ。
今回の出来映えなら渡しても問題はないが、ただ渡すのもつまらない。
かと言って渡さなかったら後が怖い。

(兄ちゃんはからかっても面白くねえし…いっそ話を誇張させて反応を見るか?)
「ユリエフくーん、いるー?」
「シャンキー?」
「あ、いたいた」

一昨日ぶりだねーと手を上げながら歩いてくる男。
癖毛の赤髪と無精ヒゲ。そこは同じだが、今日はビン底メガネがない。一昨日はかけてたのに。

「今日はいい物をあげよう。嬉しいだろ!」
「嬉しいも何も、物が何かわからん。…それよりお前、メガネはどうした?」
「…割っちゃった☆てへっ」
「気持ち悪い。見えてるのか?」
「今サラッとひどいこと言ったな!全然見えないよーどうしようー」

よく見れば目の焦点が合っていない。
まあ、見えなくとも「円」をすれば問題ないだろ。実際ここまで来れたわけだし。

「帰れ」
「いやいやいや、そこは「仕方ねえな。俺が送ってやるよ」じゃないのか?」
「なんで俺がそんなことしなきゃいけない」
「ユリエフくん冷たい…」
「俺の助けなんかいらないだろ」
「いる!超いる!へるぷみー!」

なんでコイツはこんなにやかましいんだ。

「…はぁ、わかったから黙れ。騒ぐな」
「お!俺の手足になってくれるのか」
「そこまでは言ってない。お前がバカやらねえように見張るだけだ」

ずっと円をするのもきついだろうし、視界最悪なまま動いて怪我でもされたら、巡り巡って俺のところにまで火が飛んでくる。
今はそんなにないが、数年前は頻繁に手伝わされたものだ。簡単な手当て・受付・掃除諸々。
…そう難しくはないのだが、面倒だ。だからそんな事態が起きないように見張る。

「うんうん。それでいいから、後でラフィーくんのとこ行こう」
「……は?」
「閉店後に行って、バレンタインという戦いを乗り越えたラフィーくんを労わろうと思ってな」
「ああ、ケーキ屋だから忙しいのか。そんなこと言ってたな」
「とりあえずお疲れ様ーって言って、これを渡す」
「…それは?」

秘密兵器!と言うように取り出した花柄の手のひらサイズの紙袋。プレゼント…だろうか。

「聞いて驚け!アン嬢特製のチョコレートだ!」
「へー」
「…もうちょっとリアクションくれ」
「知るかそんなこと」
「せっかくユリエフくんの分も貰ってきたのに」
「俺の…?」
「アン嬢が二人に「日頃先生がお世話になっているお礼に」とか言ってくれたんだよ。ありがたく受け取れ」

ほい、と突き出してきたそれを咄嗟に受け取った。
世話になっている礼、ね…。どちらかと言うと、助かっているのは俺の方だが。

「甘過ぎないことを祈る」
「そのへんは大丈夫っしょ。アン嬢料理上手いし、ユリエフくんはビターなのが好きだって俺が言っといたし」
「ならいいが、女は何かと甘くするからな……」
「おやおやー?まるで誰か思い当たるひとがいるみたいな言い方だなー?もしかしてついに彼女」

シャンキーの言葉を遮ってその顔を片手でわし掴み、そのまま潰さない程度に力を込める。
俗に言うアイアンクロウだ。

「いだいいだいいだだだ!!」
「相変わらず掴みやすい顔だな」
「いった…いたい!離して離してっ!マジで痛いから!顔、顔潰れっ」
「心配しなくても加減はしている」
「いやホント潰…ホントに!い、だっ!」

昔はよくこうやってコイツを黙らせたものだ。
他にも殴って黙らせたり、蹴っ飛ばして沈ませたり。
そうでもしないと、シャンキーはどこまでも突っかかってくるから。
そういう面も面白いと思っているのも事実だが。

「ユリ、エフ、くん……いたい、はなしてください、おれがわるかった……」
「二度とつまんねえこと聞いてくるなよ」
「りょ、りょうかいっす」

たどたどしくも返ってきた言葉に少し笑い、解放してやる。
離してからも「いたい、ほんとにいたかった」と顔を擦っている。指の痕がくっきり残っていて、ますます笑えた。

「俺の美しい顔が変になったらどうしてくれるんだ」
「安心しろ、いつもとどこも変わらない」
「その目は何!?馬鹿じゃねーのとか思ってるだろ絶対!」
「よくわかったな、さすが医者」
「いや、嬉しくないからな?しかも医者関係ないし。ていうかやっぱり馬鹿にしてた!」

ユリエフくんのドS!という叫びは右から左。
けれど「馬鹿ー!アホー!」という言葉には拳を喰らわせた。

「いってー…なんで馬鹿とアホには反応するんだよ」
「お前に言われるとムカつくからだ」
「ちょ!何それひどい!ユリエフくん、俺の扱いひどいよ!」
「どこがひどいんだ?いつも通りだろうが」
「あー、あのね?そのいつも通りがね…って、なんで今読書!?」
「読みたくなった」

それだけ言って、栞を挟んであるページを開く。
最初の一文字を視界に入れた瞬間に、周囲の音が遮断され、意識が本へと向かう。

「……集中すんの早」










「ユリエフくん、ユリエフくん」
「……あ?」

読み進めている物語が佳境に入ったところで、体を揺すられて意識が現実へを引き戻された。
邪魔しやがったなこの野郎、と睨んだ先にはシャンキーと。

「うわ、そんな怖い顔するなよー。色男が怖がるぞ」
「シャンキー……と、兄ちゃん?」
「こんにちは。すみません、邪魔して」
「いや、いい」

栞を挟んで本を閉じ、カウンターの端に置く。
読書の邪魔をしてくれたのはいい気分じゃないが、なら別だ。
…そう思える自分が不思議でならない。

「…メイサは来てないんですか?」
「ああ。アイツは昨日から仕事だ。たぶん一週間くらいは連絡つかないだろうな」
「一週間…そうですか。あの、これ……」
「?」

ス、と手渡されて受け取ったのは、黒い包みの箱。…まさか。

「なになに、色男ってばユリエフくんのこと……」
「違う。…お世話になっているお礼です。よければ食べて下さい」
「あ、ああ。わかった」

バレンタインって、女から男にやるもんじゃなかったのか?コイツ男だったよな?
まあ、貰えるもんは貰っておくが、複雑な気持ちが拭えない。

「それと、メイサにも渡しておいて欲しいんですが」
「…メイサに?」
「はい。お願いできませんか?」
「………」

デジャヴ。
昨日のメイサとのやり取りが蘇ってきて、そういえばチョコを渡しておいてくれと頼まれたことを思い出した。

「わかった、アイツが帰ってきたら渡しておく」
「ありがとうございます」
「それと、これをやる」

手の届くところに置いてあった青い包みの箱を差し出す。
味よし見た目よしのメイサのチョコ。

「…これは?」
「メイサから兄ちゃんへのチョコだ。昨日頼まれてな」

甘いもん嫌いじゃないだろ?と問えばこくりと頷く
不思議な輝きを秘めた目が、ゆらゆらと揺れていた。
こういうのには慣れてないのか?女受けしそうな顔してると思うが。

「……ありがとうございます」
「礼ならメイサに言え。メールでも送ってやったら喜ぶだろ」
「はい」

…なんともわかりにくい表情だが、笑っている。
それがわかるのは俺自身と似てるからだ。正確には、昔の俺と。

「…ていうか、メイサって誰?」
「お前は知らなくていい」
「色男、メイサって誰?」
「えっと、」
「兄ちゃん、話すな。コイツに話すと色々厄介だ」

知られれば、まず間違いなく事ある毎に騒がれる。
言うなよ兄ちゃん。絶対に。

俺のそんな思念が通じたのか、単に「呪術師」という肩書きの説明に困ったのか。
がメイサについてシャンキーに言うことはなかった。

「俺だけ除け者……」
「どうでもいいがシャンキー、ラフィーのところに行くんじゃないのか?」
「あ!そうだったそうだった。もう閉店する頃だな。色男も一緒に行くかー?」
「…いや、さすがに閉店後に行くのは」
「気にするな。知り合いなら快く迎えてくれる」

閉店間際に客として行ったなら迷惑かもしれないが、今回は客としていくんじゃない。
疲れ切ってるだろうラフィーを労わりにいくのが目的だ。

そう言うと、やや戸惑いながらも頷く。よし、人手が増えたな。
ついでに店の片付けも手伝ってもらおう。

「そういえば色男、あのチョコ手作り?」
「一応は」
「わーお。…俺にはないのか?」
「アンに預けてる。帰ったら食べれば…って、シャンキー」
「ん?」
「メガネは?」
「今更!?」

前は三人でつるむだけで面白かった。楽しかった。
けれど今は、メイサと話したり兄ちゃんと話すだけでも、同じだけの気持ちを抱ける。

今この時を心地よく思う。

こんなバレンタインも悪くない。






ケーキ屋のラフィー店長、古本屋のユリエフ店長、そしてシャンキー。
大人で子供な三人は実は長い付き合いだったりします。
それにしても主人公、女の子からチョコもらえてよかったね!幸せ者めっ。

亜柳さん、本当に素敵なお話をありがとうございます!
………お礼というかなんというかなお話をどうぞ

[2012年 2月 29日]