メイサ視点

テーブルに積まれているのは、本屋で普通に売られている雑誌。
主にどんなプレゼントが喜ばれるかということが書かれている。

さんから先月チョコを貰った。
「お世話になっているお礼だとよ」と、店長の手から受け取ったのは25日。
しかし彼は、なんと私が仕事でヨークシンに飛んだ日、14日に届けに来てくれたというではないか。

時期からしてバレンタイン。バレンタインとくればホワイトデー。
さん自身はバレンタインの贈り物というつもりはないかもしれないが、貰ったからにはお返しをするのが私の流儀。
素晴らしく美味なチョコを下さったさんにお返しをすべく、今は雑誌を片っ端から見ているところだ。

(男のひとって何あげたらいいのかな……)

店長という男がいるけれど、彼は普通から外れてる感性の持ち主なので参考にはならないだろう。(何気に酷い)

その上私はさんのことをよく知らない。
呪い関連(主に石板)とか遺跡とか文明とかそのへんいろいろを調べてたり、あとは甘い物が好きだったり。
そういえば前にジャポンの料理が好きだと言っていた気がする。

(うーん…でもジャポン料理って難しいって聞くしなあ)

料理はそんなに得意じゃない。
というか、手料理はいかん。なんとなくよろしくない。

除外だ除外、と雑誌をぺらりとめくる。


『彼が喜ぶ贈り物〜年代別にリサーチ!〜』


「………年代?」

そういえば、さんっていくつ?年上なのは確実だろうけど……。
20…2、3?くらいかなあ。

(…下一桁が微妙なとこだけど、まあいっか)

20代ってだけわかってたら充分だ。

その年代の男性が喜ぶらしい贈り物リストを順に目で追っていく。
「彼」という単語にはこの際突っ込まない。


1位:ネクタイ

つけそうにない。(勝手な想像)


2位:財布

…無難、かな。でも使うかなあ。
なんとなくだけど、ポケットにダイレクトに突っ込んでそう。


3位:キーケース

あ、これは私が欲しい。


他にはマフラーや名刺入れ、パジャマ・ベルト・万年筆・タイピン・ハンカチといった、サラリーマンが喜びそうなものばかり。
これはダメだ。他の雑誌を…と、山になっているそれに手を伸ばしたところで携帯が振動を始めた。

バイブ音は聞こえど姿は見えない。数秒で音が止んだということはメールだろうが…どこにいったのかな。
雑誌の影に隠れてはいない。ポケットの中にもない。てことは、だ。

「下かな……」

しゃがんでテーブルの下を確認すれば、思った通り、最近になって使い慣れてきた赤い携帯。
床は絨毯を敷いているので、落としても気づかないことが多い。
何度も落としては行方不明になりこちらを焦らせてくれる。原因は私の不注意だけども。

(…うわお、メール溜まってる)

そのほとんどが件名に「依頼」とある。つまり呪術師である自分への仕事。
これの確認は後でいいや、と一番新しいメールを開いた。件名は無題だ。


From. 店長
Subject.

明後日出かけるから空けとけ。
10時に家に行く。


……ああ、ホワイトデーのお出かけか。覚えてくれてたんだ。
てっきり「そんなこと言った覚えはない」とかすっとぼけて、話は流れると思ってたのに。
行き先は店長が決めてくれるという約束だ。

楽しみだなあ、と了解のメールを返信して、また雑誌に向き合う。

14日、ホワイトデーは明後日。その前に決めてしまわなくては。
いったい何をあげたら喜んでくれるんだろう。

そんなふうにあーでもないこーでもないと雑誌と睨めっこしていたら、気づけば2時間も経っていた。
これはもうこの方法では決まらないだろうと、雑誌を片づけて出かける準備を始める。

行き先は決めずに、気の向くままに散歩もいいだろう。










――とは言ったものの、目的はさんへのプレゼント(もしくはそれに通じるヒント)ということで。
まずはいろいろ見て回るのが良策と思い、雑貨店が並ぶ通りを歩いていた。

商店街のような呼び込みは行っておらず、かといってしーんとしているわけでもない。穏やかな空気が漂う場所。
目に入る可愛らしい小物に頬が緩む。お店から流れる微かな音楽に心が安らぐ。

(…こういう場所もいいなあ)

いつも行くのは呪具店とかフォレストとか美術館とか博物館とか。好きな場所にしか立ち寄らない。
もちろん、生活に必要な物を揃えるためにスーパーやデパートにも赴くときだってある。
けれどこういった、絶対必要!というわけでもない置物やらは、見る機会などない。

せっかくだから家に何か置こうかな、と鮮やかな青い看板が目立つお店に入った。

「いらっしゃい」
「あ、こんにちは」

入って左側のカウンターにいたのは、黒の短髪に赤メッシュのお姉さん。
気の強そうな青い目が、微かに細められた。睨んでるわけではない、と思われる。
何このさん並みの表情の読めなさ!(おい)

「何か探してる?」
「えと…家に何か置こうかなって思ったのと……男のひとって何あげたら喜びますかね?」
「は?」
「あ!い、いえその…ホワイトデーの……」

バレンタインに貰ったから、そのお返しに。
そう説明するとお姉さんは合点がいったように「ああ」と頷いた。

「彼氏?」
「違います」
「即答かよ。そいつ、何歳?」
「…たぶん、20代」
「たぶん?」
「謎の多いひとで」
「なんだそりゃ。まあいいや、そいつの趣味とか知ってる?」
「趣味……」

呪い関連は違うな。あれは必要があって調べてるみたいだし。
遺跡…文明……そういうのに興味があるのかなあ。
フォレストで新しい資料見つけた時は目を輝かせてたような。錯覚かもだけど。
でもたぶん、嫌いじゃないはず。

「…考古学、だと思います。そういうのが好きなんだと」
「へえー…また変わった趣味だね。本でもやったら喜ぶんじゃない?」
「それも考えてたんですけど、彼と出会ったのは本屋で…えっと……」

要するに本を贈るというのは、フォレストなり他の本屋なり、練り歩いてるらしい彼には微妙なんじゃないかと思う。
それをどう言えばいいのかわからなかったが、お姉さんはなんとなく察してくれたみたいだった。

「じゃあ本以外か。…んー、家に置く物ってのも微妙?」
「……そう、ですね。なんか定住はしてないみたいで。ただの憶測に過ぎないんですけどね」

もう苦笑しか出て来ない。私は本当にさんという人間を知らない。
何もかもが、会話の中で掻き集めた情報を元に編み出してるもので。
彼に直接何が好きか嫌いかを聞いたのは極一部。聞き出せたのはほんの少し。

さん自身のことを知りたくて聞けば、彼は戸惑ったように瞳を揺らして考え込む。
そうなるともう、聞けない。聞いてはいけない気がするから。

だからもう、勝手に想像するしかないのだ。

「定住してない、ねえ…。じゃあ持ち歩けるもんがいいかな?」
「そうですね。ポケットに入るものとか……」
「りょーかい。ちょっと待ってな」

どこからか取り出した鍵の束を手に、店の奥へと消えたお姉さん。
表情があまり変わらないひとって案外いるもんなんだ。

お姉さんもさんも、出会ったばかりの店長も表情の変化が乏しい。
他人との間に張ってる壁が厚いのか、単に表情筋が死んでるのか。どちらにしても、厄介だ。

目で判断すればいいとはいえ、それをしようとすればさんのときのように必要以上に見つめてしまう可能性がある。
チラッと見ただけで読み取れたら万々歳なのに、そんなことできるはずもない。
どうにかして、表情が読めなくても相手の目をじーっと見なくても、相手の考えや感情を察知できる方法はないだろうか。

……何エスパーみたいなこと考えてるんだろ、私。

「お待たせー。ほら、この中から選びな。全部ダメなら他のを持ってくるよ」
「ありがとうございます。…えっと……」

カシャン、ごとりと様々な音を立てて置かれた小物たち。
指輪・ネックレス・ブレスレット。持ち歩けるもの=身につけられるものということになるが、アクセサリーは清燐の首飾りをあげたので却下だ。

キーケース…私が欲しい。じゃなくて、いまいちピンとこないからこれも却下。
他のも…うーん……ん?

「これは?」

きらりと光るそれは、ストラップのようだけど、先についている銀色の飾りが何だか気になる。
私の小指ほどの長さのスティックで、胴体に赤・青・緑の石が埋まっている。
何だろう、とくるくる回しながらそれを眺めても見当もつかなかった。

首を傾げる私に、お姉さんが「それはね、」と説明をしてくれる。

「石が埋まってるだろ?それ押すと…あ、押すなよ?1回きりだから」
「あ、はい」
「赤が麻酔薬、青が催眠薬、緑が催涙薬。それぞれの石を押すと噴射されるんだ。どれも即効性」
「へえー…」

護身用のやつか。便利そう。

「最大飛距離が約3m。麻酔は拷問にも使えると思うよ」
「え゛」
「熊もイチコロなやつなんだけど、痛みは感じることが出来るんだ。な?使えるだろ」
「な?って言われても……」

拷問って、ちょっと物騒じゃないか。
使いようによっては画期的なものだけど…これぐらいのがちょうどいいかなあ。
さんの周り、なんか危ないひとが集まってそうな気がするし。

「便利だと思うよそれ。そうそう、持続時間は麻酔と催眠が3時間で、催涙は…んーと、30分は目を開けられないんじゃないかな」
「それって個人差ありますよね?」
「あるよもちろん。まあ、相当鍛えてる奴が相手でも動きを鈍らせるくらいはできるだろうさ」
「ふうん…。これって男のひとに贈っても変に思われたりしませんか?」

なんかこういうの(特に催涙)は痴漢対策のものであって、ホワイトデーに贈るような代物じゃないのでは。
私だったら目を疑う。心配してくれてるってことだろうから嬉しいけど、複雑な気持ちになると思う。

あ、なんかちょっと不安になってきた。

「大丈夫じゃない?見た目普通のストラップだし」
「………まあ、そうですね」

見た目はオシャレなストラップ。中身は驚きの対痴漢用…じゃなく、護身用具。
護身用具ってかさばるイメージがあるけど、これなら気軽に持ち歩ける。
ストラップだし、携帯にでも付ければ大抵身につけることになるはず。…私のように落とさなければ。

うん、決めた。

「これ、いただけますか?」
「ん、毎度。包装、こっちとこっち選べるけどどうする?」
「こっちで」

ホワイトデーということで、白い包装紙。
うっすらと浮かび上がった蝶の模様がなんとなく気に入った。





呪術師さんシリーズ、ホワイトデー編!
女の子からお返しもらえちゃうだなんて、なんて幸せ者なんでしょううちの子!

[2012年 3月 30日]