食べ物ではないから急がなくていいけど、忘れそうだから早めに渡しておきたい。
思い立ったが吉日という。私はメールで今どこにいるのかを聞いてみた。
電話で話す勇気は未だにない。

そんな私のチキンハートをどうにかしようと神様は試練を与えようとしているのだろうか。
返ってきたメールの内容に思わず目を疑った。

「て、天空闘技場…?」

それってあれだよね。相手を倒せば勝ち。何でもありの……。
勝てば報酬が貰えたりする、ある種の観光名所。

いやでも待て。確かにさんなら勝ち上がれるだろうけど!
何、なんで?あれ?危ない…いやいや、死ぬことも珍しくないらしいけどそうじゃない。
えーっと、さんは天空闘技場にいる。……戦ってるのかな。

(うーわー…どうしよう)

届けにいきたいのは山々だけど、私なんかが行っても大丈夫だろうか。
無法地帯って聞くし、さっくり殺られたり…そう簡単にはやられないけども!

どうしてもダメっぽかったらさんに入り口まで来てもらおう。中に入らなければ安全…だよね。

明日の夕刻にそっちに向かうことを書いて返信すれば、「気をつけて来て」と返ってきた。
心配されてる。私を心配してくれてる。久々だなあ、そういうひと。

父さんと母さん以来かも。今はもういない二人。
私が14の時に死んじゃって、それから私はずっとひとり。
店長と出会ったのはそのひと月後で、呪術師の仕事を始めたのもその頃だ。

というか、店長が仕事の斡旋をしてくれたんだけど。
今でこそ名が広まって依頼が後を絶たないが、昔は店長のサポートなしじゃやっていけなかった。
店長にいろいろ教わって、仕事を持ってきてもらって。
………ああ、頭が上がらない。感謝の言葉が尽きない。とかお礼を言ったら何でか嫌そうな顔をされたっけ。

(あのときはわかんなかったけど、今はわかるんだよなあ)

照れてたんだ。私が素直にお礼を言ったから。
あのひと、わりと天邪鬼なんだよね。

本人が聞いてたら思いっきり睨んできそうなことを考えてるうちに、夜が更けてきた。
おっと、洗濯物取り込まなくちゃ!

ちなみに、昨日今日明日、三日間はお休みってことにしてます。依頼者の皆さんごめんなさい。










251階を擁する高さ991mの塔。
建造物として世界第4位の高さを誇る。

途中なんとなく取ってきた天空闘技場について書かれたフリーペーパーを読んで、私は無性に探検したい気分になった。
恐怖よりも好奇心が勝る。これ人間の性。

目前に迫る馬鹿高い建物にちらりと視線をやって、また手中の紙に戻す。

(本当に戦うばっかのとこなんだ……)

素手での格闘を行い、勝利すると上の階へと進むシステムで、上階ほど報酬がアップしたり個室の提供を受けられるなど好待遇。
230階から250階までは各フロアを占有しているフロアマスターが存在し、200階以上で10勝すると彼らへの挑戦権を得ることが可能。
フロアマスターとなることは最高の栄誉とされている。

(へー、なんかひとによってはしょぼい栄誉になりそー)

なお、観客動員数は年間10億人以上。
世界有数の観光名所としての存在価値も高い。
また、賭博行為が認められている。

説明書きはここまで、一番下にデカデカと「来たれ強者!!」と載っていた。
強者でない奴が行ってごめんなさい。すぐに帰ります。

探検気分を抑えながら歩くこと15分。チクチクと刺さる視線を無視して、携帯を取り出す。
中に入ったら間違いなく歩き回りたくなる。無理です我慢できません。だからさんCome on!

電話でなく、メールで呼び出し。

『天空闘技場に着きました。今、入口の前にいます。すみませんが出てきていただけると助かります』

戦ってるかなーと思ったけど予想は外れ。送信したメールは5分ほどで返ってきた。
内容は「すぐに行く」ということと、何故か「知り合いが一緒に行きたがってるんだけど、連れていって大丈夫?」というもの。
別に支障はないので、「大丈夫です」とだけ書いて返信。

知り合いってここでの知り合いかな?それともお友達?…まさか恋人?
恋人だったらマズイ。いや、やましい気持ちはないけど、気を悪くしちゃうかもしれない。
恋人なんていたことないからそっち方面はわからないけど、他の女が自分の恋人にプレゼントだなんて社交辞令だろうがなんだろうがいい気はしないはず。

でも今さら帰るなんてできない。
さんも呼びだしちゃったし、腹をくくるしか……。

「メイサ」
「ひぃやっ!!」
「…あ、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだけど」
「……い、いえ、私こそ驚いてすみません」

今気配なかった気がする。いくら私がそういうの察知するのに長けてるわけではないとはいえ……。
考え事に没頭してていつもより鈍くなってたのかな。

「えと、わざわざ出てきて下さってありがとうございます」
「いや、大丈夫。何か用事?」
「はい。先月のチョコのお礼にと、これを渡したくて」

差し出した白く小さい袋。中身はあのストラップ。
そしてもうひとつ。

「…これは」
「ホワイトデー、ということで。あ、こっちの黄色い袋のはお菓子なので、早めに食べて下さいね」

ストラップだけでは寂しいと思って用意したもの。
赤いリボンで口を縛っただけなので、甘い匂いが多少もれている。

バレンタインに引き続きホワイトデーまでという事態が衝撃的なんだろう。
失礼を承知の上で目をじっと見てみれば、混乱していることが読み取れた。

「ありがとう…この匂い、クッキー?」
「あ、わかるんですか」
「たまに作るから」
「ああ、慣れてるんですね。だからチョコもあんなにおいしかったのか……」

女として負けたような気分になるのはなんでだろうね。

「メイサのチョコもおいしかった。店長も褒めてたし」
「……店長が?」
「うん。「今回のは店に出してもいいくらいだ」って。俺もそう思ったよ」
「いやいやいや、そんな大したものじゃないですって」
「謙遜しなくてもいい」

謙遜じゃなくて。
そう言おうとした瞬間、さんの背後からひょこっと誰かが出てきた。
銀髪きれい…って、子供?

「キルア」
「…なあ、こいつ誰?」
「あー…結構前に本屋で会った子で」
「メイサーラ=アルジェと申します。よろしくお願いします、…えっと、キルア、さん?」
「キルアでいいよ。さん付けとか気持ち悪いし敬語もいらねえ。てか、アルジェって呪術師のアルジェ?」

驚いた。驚き過ぎて声が出なかった。
こんな子供が知っていようとは。もしかして、特殊な家系の子なのかな。

「はい。私は4年ほど前から活動させてもらってま……もらってるよ」
「ふーん、親父から聞いた話じゃすっげえ強いってイメージだったけど」
「…たぶん君のお父さんが言ってるのは、私の両親のことだと思う」
「両親?家族揃って呪術師かよ」
「まあ、今は私だけだけどね」

私に呪術を教えてくれた両親は、私と違って本当に強かった。
呪術師として腕もさることながら、戦闘能力も抜きん出てて。
ときどき行われてた二人の手合わせは、木が倒れるわ地面が抉れるわで大変だった。片づけが。

「じゃ、アンタは戦えないわけ?」
「うーん…戦うとしたら呪術を使ってでしか戦えない」
「……それだけで怖ぇよ」
「はは…」

いい印象を受けないのは承知済み。呪術はひとに悪影響を及ぼすものという概念が強い。
まあ、あながち間違ってはいないのだけど。

ただひとつ言いたいのは、呪術によって受けた悪影響は同じ呪術を以てでしか対処できないということ。

「仕事上、…ううん。仕事でなくってもひとを傷つけることはあるけれど、呪術はひとを助けることも出来るよ」
「使い方次第ってわけか…なんか念みてえ」
「うん?」
「っと、いやなんでもない」
「…?」

――その後も、キルアくん(こう呼ぶことにした)に呪術についてだったりさんとの関係だったり。
いろいろ聞かれてはそれに答え、もうどうせなら部屋に行って話そうぜ!みたいな展開になって。
明日約束が…と言えば「そんなのキャンセルしろよ!」だって。キルアくん我儘!

でも、私ももっと話したいと思った。
気遣わしげな視線を寄こしてくるさんには申し訳ないけれど、お邪魔させてもらいます。
店長との約束もあるから少しだけね。少しだけ。



天空闘技場は怖いけど楽しいところ。
キルアくんたちはしばらく滞在するらしいので、ときどき遊びに来ようかななんて思った。






タイトルは「推測は事実」という意味なんだそうです。
メイサちゃん色々と断片から予想してくれてますが、けっこう当たってるという素晴らしさ。
わかりにくいけどわかりやすい主人公です。そのまま感じてくれればいいのです!(笑)

メイサちゃんとキルアの巡り合いにほのぼのしていたのは私だけではないはず。
そんなこんなで、ちょみっとおまけ

[2012年 3月 30日]