「貴方に今期ハンター試験の試験官を依頼し」
「断る」

誰がそんな面倒なことをやるか。

12月にしては珍しく暖かく、これは絶好の読書日和だなと本を開いた矢先に現れたひとりの男。
パッと見はどこにでもいそうな野郎だが、纏うオーラが普通じゃない。
審査委員会ともなれば、これくらい当たり前なんだろうが。

「何か不都合でも?」
「面倒くせーんだよ」
「……会長がお会いしたがっていましたよ」
「んなこと知るか。さっさと帰れ、営業妨害でぶっ潰すぞ」

最近動いてねーから身体鈍ってるんだよな、とこれ見よがしに指を鳴らす。
ここ数週間、運動らしい運動をしていないのは本当だ。
だからと言って、試験官を引き受けたりはしないけれど。

読書タイムを邪魔してくれた代償をしっかりと払ってもらおう。

「…仕方ありません、少々お待ち下さい」
「は?」
「失礼します」

男は携帯を取り出して、どこかに電話をかけている。
おい、その態度はどうなんだ。いっそマジでぶん殴ってやろうか。

「……私です。はい、先程の。……ええ、あなたの仰るとおりに。…ありがとうございます。では……――どうぞ」
「あ?」
「あなたと話したいそうです」
「俺と?」

誰だ?このタイミングで話したいなんて、嫌な予感がする。
しかし拒否は許されない、そんな空気が何故か差し出された携帯から漂ってくる。

なんとなく知ってるような感覚。
まさかな、と頭の中に浮かんできたひとつの予想を抹消しながら、受け取った携帯を耳に当てた。

「もしもし」
『やあ、ユっちゃん。久しぶり』

……的中。
穏やかで柔らかい、よく通る声。
聞き慣れたそれに、年齢止まってそうな古馴染みの顔が浮かんだ。

前に会ったのは先月の半ばだから、約半月ぶりか。

「…その呼び方はやめろと言ってるだろ」
『やだ。ユっちゃんはユっちゃんだし』
「単に俺の名前を覚えていないだけだろうが」
『あはは』

知り合って10年以上経つが、相変わらずひとの名前を覚えるのは苦手らしい。
このまま永遠に「ユっちゃん」で通されるのかと思うと、正直悲しくなってくる。

「…はぁ。で、何の用だ」
『頭のいいユっちゃんなら気づいてるでしょ?僕でも気づくんだから、ユっちゃんなら尚更」
「何の話だ」
『試験官お願いします』

チラッと審査委員会の男に目を向ければ、紙きれを取り出して見せてきた。試験官の候補リストだ。
これに載ったプロハンターのもとに審査委員会の人間が派遣され、依頼される。
ざーっと見て目についたのは、電話相手の名前。"ラフィエスト・シルバーニ・ラヴィエント"。
本人でさえ覚えていないだろう長ったらしい名前は、一度聞いたぐらいじゃ覚えられない。
事実、俺も何度か聞き直したことがある。ラフィー本人にではなく、別の奴にだ。

それはともかく、リストを最後まで見てみたものの自分の名前はなかった。それはつまり。

「……こいつはやっぱりお前のせいか」
『だって試験官誰かいい人いないかって訊かれたんだもん。というわけで、代わりにお願いね』
「俺は忙しいんだが」
『僕も忙しいし、こういうの頼めるのユっちゃんしかいないんだ』
「………」

ああ、このパターンはいつものだ。

『今度ユっちゃんの好きなモカのケーキ作るから』
「……………、…わかった」

これを条件に出されると断れない。昔からそうだった。
元々モカのケーキが好きだということもあるが、ラフィーの作るモカは格別美味い。
言わないが、本の次に好きなものだ。

それを知ってか知らずか、コイツはモカのケーキで手を打て、と言ってくることがよくある。
そして迷いに迷って引き受ける、というのが俺の選択。今のところ断ったことはない。

毎度毎度甘い誘惑に陥落してしまう自分が情けない。
けれど、あのモカのケーキを食べられると思えば、不思議と気分が浮上していった。










それから数日後。

埃がかぶらないように全ての本にカバーをかけ、普段は開けっ広げな窓を閉めてしっかりと施錠する。
メイサの家ほどではないが、ここにも貴重な本があり、それを狙って盗みに入る者もいる。
今までは実力で追い払ってきたが、そろそろそれも面倒だ。
今度アイツに地雷式なんとかでも頼んでみるか。

そんなことを考えながら外へ出て、もう十数年の付き合いになる建物を見据えた。

(…移動時間も考えると一ヶ月は帰ってこれない、か)

そんなにこの店を空ける日など、いつ以来だろうか。
欲しい本を求めて出歩くときでさえ、十日でここに戻ってきていた。

隠れ家のようにそこにある、およそ商売をするには向いてない作り。
しかし俺は見つかりにくいという点を気に入って、ここに居を構えている。
一階が店で、その奥に書庫。二階が自宅。広さも適度にあって、人通りの少ない通りにあるおかげでとても静かだ。

そんな場所でも客は来る。
いつ来るかもわからない彼ら用に、張り紙でもしておくとしよう。


『都合により、しばらく閉店します』


適当に書いたそれをぺたりと扉に貼り、入り口の鍵を閉めたところで携帯が鳴った。
俺の携帯は着信があったとき、音だけで誰だかわかるように着信音を個別に設定してある。
ここ数ヶ月聞かなかった軽快な音楽(勝手にこれに設定された)に、珍しいこともあるものだと思いながら電源ボタンを押した。
出るわけがない。どうせくだらない用件なのだから。

アイツのことだから何度も何度もかけてくるだろうと思い、携帯の電源を切ってポケットに突っ込んだ。
他の連中とも連絡を取れなくなるが、ハンター試験中はろくに自由に動けないのだから、どの道同じこと。

(…さて、行くとするか)

面倒だけれど、少し楽しみなのも事実。
若い頃に自分が通った道。懐かしい、そう思えるくらいに時が経った。
歯を食いしばって向かっていったあの時とは違い、今度は見守り、とき蹴落とす側に回る。

きっと、面白いことが起こる。
そんな俺の予感は、ある人物によって確信に変わる。






呪術師シリーズ出張版!今回は店長メインですぞ!

[2012年 4月 17日]