俺が担当するのは三次試験。
試験会場はもうひとりの試験官によって決められており、飛行船で丸三日かかる場所にあった。
先ほど到着したそこは、なんとも懐かしい場所だった。
高く聳え立つ円筒状の建物は前にも訪れたことがある。

(トリックタワー……)

中に施された様々な罠や仕掛けはアトラクションを彷彿させるが、実際は凶悪犯を収容する刑務所である。

俺がハンター試験を受験したときにもここが使われた。
二回目で修行を積んだ後ということもあって、さほど苦労せずにクリア出来たが、初受験の時にここに来ていたら間違いなく死んでいた。

ルートごとに違う仕掛けはどれもが厄介なものであるらしく、死人が出ることも少なくない。
脱走困難なここは、恐怖と驚愕の巣窟というのがしっくりくる。
だからこそ、ハンター試験にはうってつけなんだろうが。

「管制室に行けばいいのか?」
「ええ。直通のエレベーターがありますので、そちらへどうぞ」
「どこにあるんだそれ」
「存じません」
「……あっそ」

「円」を使うか。
思ってすぐに円を行い、建物に沿って歩く。
俺の円の範囲は半径100mくらい。本気でやればもう少し広がるが、今回は必要ないだろう。

分厚い壁の向こうには広い空間が広がっていて、当然だが誰もいない。
そのまま建物の中というよりは壁を調べるようにして歩いていくと、不自然な空間を感じた。
中心部から広がるものとは別の、四角く切り取られた場所。なるほど、これが直通のエレベーターか。

その一角に意識を傾けながら進んでいくと、タワーの壁面にスイッチのようなものを見つけた。

(エレベーターのスイッチか……。場所的にも合ってるな)

小さくわかりにくいそれをカチッと押せば、けたたましい音を響かせて、壁の一部が開く。
ちょうど大人ひとり通れるくらいのスペースだ。
中はタワーと同じ石造りではなく、一般的なエレベーターと同じ造りだった。

――狭い。

そして暗い。そんな不満を抱きながら乗ると、自動的に入り口が閉まり、動き出す。
ゴトゴトと不愉快に揺れる鉄の箱にまた不満が募る。整備不良なんじゃないのか、これ。

エレベーターというよりはトロッコに乗っているような感覚だ。
不安定な動きを繰り返すそれに身を委ねて20分ほど経った頃、ようやくエレベーターが止まった。

乗ったときよりもスムーズに開いた扉をくぐると、まず目についたのが正面に大量に取り付けられたモニター。
ほんの一部を除いて、どこかの部屋が映し出されている。おそらく囚人達がいる所だろう。

「来たか。ずいぶん早いな」
「……お前は」
「………ん?お前、もしかして67番じゃないか?」
「は?」

67番?

「第270期のハンター試験を受けただろう」
「………、……ああ、お前はあのときのトサカ」
「…誰がトサカだ。揃いも揃ってひとの名前を覚えられないのか」
「アイツらと一緒にするな。俺は覚えている。リッポーだろ」
「ふん、覚えてるならいい。こっちへ来い。試験内容を説明する」

ああ、そうだ。こんな感じだった。
タワー内を進む中で聞こえたアナウンスの、嫌味で偉そうな声。
あの時はイライラしたものだが、今は別にどうとも思わない。むしろ愉快な気分になる。

そう言えば、コイツの名前をラフィーが全然覚えられなくて、もうひとりの男が「ナッポー」「チキン」二つ合わせて「南国鶏」という、なんとも笑える名前を生み出していた。

(シャンキーとも結構会ってないな……)

ここに来る前にかかってきた電話に出なかったのは自分だが。
……この試験官の仕事が終わったら、アイツの診療所に顔出してみるのも悪くない。
モカも作ってもらう約束もあるし、ラフィーも呼んでトサカに会ったこととかを話すのもいいだろう。

「いいか、受験生はこのタワーの最上部から」
「説明はいい。俺が受けた時と同じなんだろ」
「……まあ、ほとんど変わらないが、唯一違うのは囚人たちを使って試験を行うということだな」
「囚人?」
「刑期短縮を条件に、奴らを試験の試練官として受験生と勝負させる。足止め役だ」
「足止めね……」

実質無期懲役と変わりない長期刑囚たち。その能力や頭脳は並のハンターよりも優れていることがある。
ある程度の力を持っていなければ奴らには勝てない。
考えてみれば、受験生の実力を試すにはピッタリの存在だ。

「このモニターで全てのルートを監視出来る。マイクから呼びかけることも可能だ。操作方法はわかるか?」
「問題ない」
「そうか。示唆するも攪乱させるも好きにしろ」
「ふるい落とすのが目的じゃないのか?」
「それも重要だが、有能な奴は我々が蹴落とそうとしても無駄だ。お前らだってそうだっただろう?」
「シャンキーのやつはそうだろうな」

俺は一回目の試験では力が及ばず不合格。
再チャレンジするために修行を積み、念を覚え、その途中でシャンキーと出会い。
ハンター試験を受けることを教えた時は、「俺も受ける!楽しそう!」とノリノリで修行に参加。
ついでに念の修行も一緒にやっていたら、アイツはあっという間に会得した。俗に言う天才肌と言うやつだ。

ラフィーも一回目の試験は落ちたらしく、二回目の試験で俺たちと出会った。
そうこうして、俺とラフィーは二回目、シャンキーは初受験で合格したのだ。

「ふん。二回目だろうがなんだろうが合格は合格だ。会長もお前の成長ぶりに感心していた」
「ウレシクナイ」

どうせ感心した後に「だが、まだまだワシの足元にも及ばん」とかなんとか、鼻で笑ってるに違いない。
そんな褒められ方をして、誰が嬉しいんだ。
というか、クソジジイに褒められても欠片も嬉しくない。

「その会長から伝言がある」
「?」
「『次にワシからの依頼を蹴ったら、ハンター証を剥奪するぞ』だそうだ。…お前、会長からの依頼を断ったのか?」

それはマズイだろ、とトサカは言うが、誰だってあんな依頼は断りたくなる。
思い出すのもおぞましい。胸糞悪くなる。史上最悪の依頼だあれは。死んでも受けない。何があっても。

「………」
「何遠い目をしている。話はこれで終わりだ。質問はあるか?ないなら試験開始まで自由にしていろ」
「開始はいつ頃になる?」
「……試験の予定表ぐらい目を通しておけ。ここに来るまでに貰わなかったのか?」
「………………………貰ったような気も」
「もういい。試験開始は1月7日だ。三次試験は予定通りに進めば10日、遅くとも昼頃には始まるだろう」
「わかった。タワー内を歩き回ってもいいか?」
「好きにしろ。ただし面倒は起こすなよ」

タワー内へはそこから行ける、と指された扉に近付くと、センサー式だったのか勝手に開いた。
下へ降りる階段と上へ昇る階段があり、昔と変わりなく視界は最悪。昔よりも薄暗い気がするのは、視力の低下と修行不足の証だ。

時間はある。
本当に運動程度にしかならないだろうが、やらないよりはマシだろうと下へ向かう階段へと一歩踏み出した。

「一つ忠告しておくが、ここはもうお前の知るタワーとは違うからな。仕掛けも変えてある」
「それは楽しみだ」
「ふん。まあ、せいぜい死なないようにするんだな」

こちらの身を案じているような言葉は、コイツが言うと嫌味にしか聞こえない。

あの二人が言ったらどんな風に聞こえるだろう。

普段は考えないようなことを考えてしまうのは、懐かしさのせいだ。





ハンター三次試験の裏側のお話。わくわくします。

[2012年 4月 17日]