本を読んだりタワー内を散歩したり、囚人たち相手に軽く手合わせしたりして数日を過ごし。
訪れた三次試験実施日、1月10日。
予定ではそろそろ受験生がタワーの最上部に到着するらしいが、先ほど少し遅れるとの連絡が入った。
…まだ暇な時間を過ごさなきゃいけないのか。
持ってきた本はとっくに読み終え、ここに置いてある本も制覇した。
本で時間を潰せないとなると、あとは誰かと話すか寝るか散歩か……。
「ふわぁ……あー、眠ィ」
「……少しは気を引き締めたらどうだ」
「引き締めたら面白いことが起きるのか?」
「あと約10分後だな。面白いかどうかはお前の感覚によるが」
10分とはまたあっという間なようで、長く感じられる時間だ。
何か時間潰し出来るものは…と考えて、モニターの前で菓子をつまんでるトサカに目がいった。
「おいトサカ」
「リッポーだ。次にそう呼んだらすぐそこの川に落とす。海までノンストップだ、嬉しいだろう」
それは俺に死ねと言ってるのか。
どうせカナヅチだ悪かったな!
「嬉しいわけあるか。…リッポー」
「なんだ」
「俺と戦え」
「……何故」
「暇だからだ」
「子供かお前は。じき受験生が来る。大人しくしていろ」
「チッ」
静かに過ごすのは好きなはずなのに、場所が違うだけで落ち着かない。
ジッとしていることが出来ないなんて、まるで昔に戻ったみたいだ。
「なーんで突っ込んでいくかなー」
「倒せたから問題ないだろ」
「ある!腕折れてるし…」
「まあ、ユっちゃんは猪突猛進だからね」
「…そのふざけた呼び方はなんだ」
「ラフィーくんがなかなか覚えられないようだったから、俺が考えた。いいだろー」
「覚えやすくて呼びやすくて、僕はいいと思うよ」
「………」
「うんうん、やっぱり名前は大事だからなー。ほい、終わった。どう?ユリエフくん」
「大丈夫だ」
「ならよし!」
「じゃあ先に進もうか。ユっちゃん立てる?」
「立てる。それと、その呼び方はやめろ」
「え、どうして?」
「気色悪い」
「えー!せっかく俺が考えたのに!」
「でも僕、もうこれで覚えちゃったし……あ、そろそろ行かないと、どんどん引き離されてるよ?」
「マジか。名前は置いといて、行くぞーユリエフくん。スリーマンセルなんだから三人一緒じゃないと」
「行くよユっちゃん」
「……………ああ」
ここにいると、二人を思い出す。
以前は毎日のように会っていたのに、各々が自らの居場所を見つけてからはそれが極端に減った。
けれど、どんなに会わなくなってもアイツらは変わらず。あの頃と変わらず、俺に接してくる。
それがどれほど救いになったか。
無意識に握りしめたポケットの中の携帯。
いつの間にか電源が入っていたようで、メールの受信を告げる振動を始めた。
(……メイサ?)
着信音と同じように振動も個別に設定出来るので、設定してある。
これはメイサからメールが来たときの振動だ。
そんなことを記憶してしまうほどに頻繁に連絡を取り合ってる少女。
メール画面を開けば、無愛想な一文。
『前に借りた本を返したいので、帰ったら連絡下さい』
前に貸したっていうと…ヴァルギアスの道標か。そういえば貸してたな。
当分手放せないとか思っておきながら、貸したまま忘れてるとは。
とりあえず当分は帰れないだろうから、その旨を書いて返信。
した直後、携帯が先ほどとは違う振動を繰り返した。
(……………シャンキー)
またかけてくるとは思っていたが、こんなにタイミングよくくるとは。
なんとなく無視する気にはなれなかったので、通話ボタンを押して――。
『ユリエフくんなんで無視するんだよー!!』
後悔した。
「いちいち叫ぶな」
『だって電源切るから。そんなに俺と話したくない?』
「……面倒だっただけだ」
『ひどっ!』
「用件はなんだ」
『いや、用はないんだけどさ、近々三人で集まれないかなーって思って』
「今は無理だ」
『あ、聞いたぞ。ラフィーくんの代わりに試験官やることになったんだって?』
よりにもよって、やかましい奴に喋ってくれたものだ。
「まあな。暇でしょうがないが」
『じゃあまだ受験生来てないのか。懐かしいよな、三人で駆けずり回ったあの日々!』
「……、…ああ」
『三人一組でさ、だだっ広い森の中でどこかに隠れたプロハンター五人倒せ!とか…ハハッ、今思い出しても笑えてくる』
「内三人を倒したのは俺だがな」
『あれはユリエフくんが勝手に突っ込んでいったんだろ。挙句に腕折るし!その上また特攻するし!』
「あの時は……」
遠慮しなくていい戦い。思うがままに拳を振るい、殺す気で立ち向かった。
相手はプロハンター。怖気づいたらそこで負けだと、ただ我武者羅に。
出会って間もないシャンキーと、出会ったばかりのラフィー。
あの時はこんなにも、自分にとって大切な存在になるなんて思ってなかった。
『ユリエフくん?おーい』
「…………なんだ」
『……何かあったのか』
医者という職業柄か、シャンキーは心の機微に聡い。それに機転が利く。
言葉足らずでも察してくれたり、フォローもしてくれる。
本当にすごいと思う。本人には言わないけれど。
「何もない。昔を思い出してただけだ」
『…ならいいけど、あまり考え過ぎるなよ。ユリエフくん一度ハマると抜け出せないし』
「うるせえよ」
『うるさくありません。何か話したい事が出来たら、いつでも俺んとこ来ればいいよ。大歓迎超歓迎するし!』
「いらん。…行きたいときに行く」
「絶対行かねえ」と返されなかったのが嬉しいのか、シャンキーが電話口で笑った。
『んじゃ、試験官の仕事が終わったら電話くれ』
「お前からかけろ。どうせ日程知ってるだろ」
『いや、そりゃ知ってるけど!予定は未定というか変更だってあるだろ?ユリエフくんからかけてよ』
「嫌だ」
『嫌だって…なにそれ可愛…じゃなくて、いつも俺かラフィーくんからかけてるんだからさ、たまには』
「………」
確かに言われてみればそうだ。
メールも電話も、基本向こうからきたものを返している。
自分から電話をかけるのは年に一、二回あるかないかで、メールにいたっては返信することさえ滅多にない。
だからどうした、という感じだが……ここで断ればうるさいんだろう。
騒がしいのはいつものことだが、これ以上叫ばれてはたまらない。
『いいだろ?かけてな?な?』
「………わかった。いつになるかはわからんが」
『いつでもいいって。ラフィーくんにはもう俺が言っといたから』
「ああ」
『んじゃ、試験官頑張れよ!お土産を』
ブツッ。
そのまま電源を切って、ポケットに突っ込む。
トサカがずっと眺めているモニターの一つ、タワーの周囲を映しているものに飛行船が映されていた。
ようやく到着か、とトサカの横に立つ。
「二次試験通過者はどのくらいいるんだ?」
「42だ。途中トラブルがあったようだが、まあ想定内の数だな」
「俺たちの時はここで一桁に絞られたな。お前のえげつない攪乱方法で」
「俺はただ道を示しただけだ。それに従うかは各々で決めなければならない」
「……まあ、そうだな」
注意力、判断力、決断力、実行力。その他色々なものが、ハンターには求められる。
トサカの言葉は最初の案内以外、八割話半分で聞いていた方が無難だ。
このトリックタワーでは特に。
『二次試験通過者42名、タワー最上部に降ろします』
「『了解。』おい67番、お前はこのエリアのルートに来た受験生を担当しろ」
「最初に案内して、途中でも案内して、後は好きにやっていいんだったな」
「ああ。ただし、全員を通過させるなんて真似はするなよ」
「それはないな」
半ば強制的に(見返りはあるが)やることになったこの仕事。
それなりに楽しまなくてはやってられない。
予備のイスをモニター前に引っ張ってきて、腰掛ける。
ぞろぞろと飛行船から降りてくる者たちを眺めながら、あくびを噛み殺した。
店長たちの昔話が色々判明。
[2012年 4月 17日]