「『この道は「不可視の道」。その台の上に置いてある薬を飲んだらスタートだ』」
『うげー、まずそう……』
「『とっとと飲め。それは三日間視力を失わせる効果を持っている』」
『……三次試験の間は何も見えないってことか』
「『そうだ。視力以外の五感を駆使して進め。以上だ』」
ブツッと回線を切り、モニターを他のルートへと切り替える。
(今年は当たり年だとか聞いたが、微妙なヤツばっかだな……)
今案内した奴も、クリア出来るか怪しいところだ。
もしかしたらトサカの担当するエリアに、タワーを難なく攻略できるような有望な連中がいるのかもしれない。
そう思って隣の少し離れたモニターに目を向ければ、ちょうどひとりの受験生が降りてきたようだった。
「ふん、ようやく面白そうな奴が来たな」
『………ここは』
(この声……いや、まさかな。あの兄ちゃんがハンター試験なんかに来るはずねえし)
数ヶ月前からちょくちょく俺の本屋に来るようになった男。確かとかいう名前だったか。
見る度に洗練度が増している、滑らかな纏。それだけで常人とは違うことが窺えた。
アイツほどの男ならハンター試験なんか遊びにもならないだろうに。
それとも、仕事か何かで必要になったんだろうか。
『うわあ!!』
ここからではよく見えないが、また誰か来たらしい。
ぎゃあぎゃあと騒がしい三人は先客を目にした途端、静かになった。
『お、前も同じルートか?』
『………そう。そこにある時計を嵌めればスタート』
淡々とした声が響く。やっぱりこの声は。
俺はアナウンスをしているトサカに歩み寄り、ぐいっと押しのける。
「『君たちの知識と知恵を駆使して進んで…』…!?おい、何を」
「どけ」
「何だいきなり」
「ここの案内は俺がやる。お前はそっちに行け」
隣を指差しながら、俺はトサカの座っていた椅子に腰かけた。
後ろから思いっきり睨まれてる気がするが、どうでもいい。
モニターに映された四人の中のひとりは、俺の思った通りの人物。
黒髪に、隙のない佇まい。洗練されたオーラ。
コイツの実力を知りたいと思ったことがないわけではない。
この試験中に、その一端を知ることが出来る。当然本気ではないだろうが。
気分が高揚していくにつれて、緩む口元を片手で押さえながら、マイクをONにした。
「『なかなか面白い道を選んだな兄ちゃん』」
この道は「賢者の道」。
クリアするには戦闘能力はもちろん洞察力やひらめき、ある分野の専門知識も必要なときがある。
まあ、兄ちゃんなら問題ないだろう。
なんせ、ここを作ったのはアイツで、この男にそれのノウハウを教え込んだのもアイツだ。
それ以前に兄ちゃんには首飾りがある。
大抵の呪いを無効化できるそれは、ここを進んでいく上で大いに役に立つ。
もっとも、このルートのあちらこちらに呪術が施されているなんて露にも思わないだろうが。
「『楽しませてくれ。まあ、頑張れ』」
そこでマイクをOFFにしたところで、横から視線が突き刺さった。
ちらりと横目に見れば、案の定トサカが人を殺せそうな目でこちらを見ている。
「俺の邪魔をするとはいい度胸だな」
「今更だろ」
俺は俺のやりたいようにやる。
そう言ってフッと笑えば、諦めたようなため息をつかれた。
「……ある意味、お前が一番厄介だ」
「何がだ」
「赤い奴も甘い匂い振りまいてた奴も似たようなものだが、あいつらはまだ常識がある」
「俺が非常識みたいな言い方だな」
「事実そうだろうが。普通は割り込むなんて真似はしない」
「あの二人はやらないと思ってるのか?」
「……………」
むしろあの二人の方が率先してやるだろう。特にシャンキーは。
黙ってしまったトサカを放置して、モニターから流れる映像と音声に集中する。
『に、兄ちゃんあれ』
『………な』
「お」
が触れている木の幹がぼろぼろと崩れていく。
……念か?
「凝」をしてみても、わかったのは「周」を使って何かしらの能力を使ったんだろうということだけ。
静かに膨れ上がり、流れるオーラが木を風化させ、塵へと変える。
やがてドアの大きさの部分だけ、ぽっかりと何もなくなった。
『お、おい、今のは』
『…先に進むぞ』
そうしてスタスタと歩き出すと、慌ててそれを追いかける三人。(アモリ三兄弟だったか?)
その後も道々に仕掛けられた罠を軽々と乗り越えていく。
三兄弟の方も終始悲鳴を上げながらではあるが、なんとかクリアしていた。
(…さすがとしか言いようがねえな)
面白いというか楽しいというか、ワクワクしてきた。
次は「道なき道の間」だ。これもさらりとこなしていくのが予想できて、ひとり笑った。
まだまだ先は長い。存分に楽しませてもらおう。
予想通り、(とその他)は「道なき道」を難なくクリアした。
いきなりポテチを出したときは目を疑ったが、まあなかなか面白い方法だと思う。
俺がアイツの立場だったら、わざわざ道があることを教えたりせず、ぶん殴ってでも先へ進ませたな。
(次はどうなるかな……)
『待たせたな』
『…もういいのか?』
『十分だ』
律儀に足手まといを待っている。
四人で進まなければいけないというルールがなければ、コイツはとっくにクリアしていただろうに。
壁から背中を離したは、何かを感じ取ったのか通路を進む前に小石を蹴った。
いい判断だ。そして、いい勘をしている。
蹴られた小石はバウンドすることなく、スーッと淀みなく滑って―――。
ボンッ ボボンッ チュドーン!!
小石が通った部分の床が、爆発した。
しばし沈黙する四人が愉快で仕方ない。軽く噴出してしまい、トサカに訝しげな視線を向けられた。
自分の仕事してろよ南国鶏。(失礼です)
『お、おい、この床はどうなってるんだ』
『…よくは分からないが、地雷みたいなものなんだと思う』
『地雷!?』
『けど、一度発動した地雷はそれで終わりらしい』
『あ、じゃあ石を全部に投げていけば』
地雷というのは正解だが、次は間違いだ。
あれは一度発動したら、次に発動するまでに時間がかかる。ただ、それだけ。
今そうやってごちゃごちゃしている間にも地雷は再び発動可能な状態になる。
スタート地点にある扉を塞いでいた木、「道なき道の間」までの罠やそこの透明な橋。
そしてこの地雷の道「フレアロード」。このルートにある仕掛けは全てメイサが作ったものだ。つまり大半が呪術。
よって、首飾りを持つなら地雷は発動することはない。
しかし三兄弟は別。地雷そのものの威力はたぶんたいしたことないとはいえ、それをいくつも喰らえば試験どころではなくなる。
死ぬレベルの仕掛けは施していないらしいが、アイツが言う「死ぬレベルじゃない」ってのは本当にギリギリだからな。
他のルートにも仕掛けられているらしい罠にかかった受験生が、少し気がかりである。
『おま…!!』
恐れる様子もなく地雷の仕掛けられた道へ踏み出した。
……呪術だということに気づいた、というわけではないだろう。
いくらメイサが刻み込む勢いで教えているとはいえ、そう簡単に見破れるものじゃない。
持ち前の勘か、「堅」をしていれば無事でいられると考えたのか。
どちらでもかまわないが、それだと「フレアロード」を進めるのはだけということになる。
コイツのことだ、三兄弟を見捨てるなんてことはしないだろう。
一歩二歩と進んだところでが三兄弟を振り返り、進んだ道を戻った。やはり手助けをするのか。
『…全員手を繋げ』
『は、……??』
訳が分からない、という表情で戸惑いながらも言われたとおりにする三兄弟。
今度は何をしてくれるのか、と頬杖をつきながらモニターを眺める。
『ちょ、はなっ…!!』
『ひぃぃ!!』
『じ、地雷が…!!』
早っ!!なんだあのスピード。
足にオーラを集めてるのかと思って「凝」で見てみたが、違うようだ。
アイツの念能力か?
首を捻っていると、同じようなタイミングでも首を捻った。
どうやら、にだけ地雷が反応しないのを三兄弟が疑問に思ったらしい。
それを説明するのは難しい。なんせ当の本人が理解していないのだろうから。
……その首飾りのおかげだとは思ってないんだろうな。
いよいよ三次試験スタート!
店長視点が見られるなんて本当に嬉しくて嬉しくて(デレデレ)
[2012年 4月 17日]