「フレアロード」の次は「試練の間」。
そこまでの道にも罠はあったが、冷やかし程度のものなので進行を妨げる要素にはなりえない。
だがそれはあくまでにとってはで、三兄弟は軽くビビりながら飛んでくる凶器を避けていた。
素質はあるんだろうが、如何せん約一名が抜きんでた実力を持っているので、どうしてもその人物の足を引っ張ってしまう形になる。
危なげなく罠を回避しながら、三兄弟のサポートも抜かりなくやっている。
これはもう念能力者だからとか実戦経験の違いだとか、そういうレベルじゃない。天性の戦闘センスなんだろう。
そんなことを考えている間に四人が「試練の間」に辿り着いた。
彼らの案内をすべく、マイクのスイッチを入れる。
「『足手まといがいるにしちゃ、早い到着だったな』」
三兄弟が揃って悔しそうに顔を顰めた。
自身はさして気にしてはいないのか、涼しい顔をしている。
ついでの手助けなど、造作もないってか。
「『ここでのルールは簡単。生き残ったヤツだけが先に進める』」
『……四人全員が生き残る必要はないのか?』
「『あぁ、ここから先は関係ない。賢者は何人もいる必要はないだろ?』」
三兄弟を置き去りにしようが殺そうが反則ではない。
まあ、コイツはそんな真似しないだろうが。
「『全員、中央に立て』」
全員がフィールドの中央に移動したのを確認してから、キーボードを叩いて扉のロックを解除。
そうして開かれた無数の扉から、大量の囚人たちがわらわらと出てきた。五十人ってとこか。
不意をついたにも関わらず、は背後からつかみかかろうとしていた一人を肘打ちで沈ませた。
おお、ちょうどいい身長差で顎にヒットしたぞ。
しかし直後に首をつかまれ、壁に叩きつけられた。
堅をしていたとはいえ、普通の人間なら首や背骨が折れてしまってもおかしくない勢い。
にも関わらず、は顔色ひとつ変えなかった。動じないにも程があるぞ、おい。
『まさかこんな綺麗な顔にこんな場所で会えるとはな、ついてるぜ』
「(…ん?アイツは)…おいトサ……リッポー」
「今言い直したな。なんだ」
「この男、イーディー=グルーか?」
いい体格をした、男の目から見ても気持ち悪い顔の造形と表情。
それに似合わない程良く通る声。
案内がひと段落したらしいトサカがこちらに来て、モニターを覗き込んだ。
「…ああ、グルーだな」
「男女関係なく犯して殺したアイツか」
「そうだ。知ってるのか?」
「俺が捕まえたヤツだ。……生きてたんだな」
「お前が?」
ハンター試験に合格してしばらくして、どうせなら賞金首の一人でも捕まえてやろうと思っていたときに、コイツが現れた。
第一声が「こんな夜中に女ひとりだと危ないぜ」だったので、即座に始末…もとい殴って。
「…死んだと思ってたんだが」
「瀕死の状態だったのはお前のせいか」
「俺を女扱いする奴は死ねばいい」
「………」
それにしても、こんなところでコイツを見るとは思わなかった。
生死問わずだったから遠慮なく殴ったのだが、存外丈夫な奴だったらしい。
しかし、こりてない。
あの兄ちゃんに手出そうとするとは命知らずだ。
『たっぷり楽しませてもらう。他の連中は俺の邪魔をしないようしつけてあるからな』
『………離せ』
そこからはあっという間だった。
が男の腕をつかんだと思ったら、次の瞬間には他の囚人たちのところに蹴飛ばされ、十数人がそれに巻き込まれて壁にめり込む。
――早い。やはり何かしらの能力を使っているのだろう。
『…て、めえ…』
『寝てろ』
ふらふらしながらも立ち上がったグルーの顎に拳を一発。機嫌が悪いのか、容赦なしだ。
天井に頭が刺さり、ぶら下がる状態になったそいつには目もくれず、そのまま囚人たちへと突っ込んでいく。
「お前と似てるな」
「…そう思うか」
「ああ」
否定できないとこが何とも言えない。
俺もと同じように、敵に突っ込んでいくことがよくあったから。
その度に二人に心配されたりシャンキーに「馬鹿!」と叩かれたり。
今は面倒だという気持ちが勝って、考えなしに突っ込むなんて真似はしない。
相手が気に食わないという理由があるなら別だが。
「試練の間」を一時間ほどで抜けた四人は、最後の扉に向けて歩いている。
「扉」が一番の力作だと言っていた。
どんな仕掛けなのかを楽しそうに語っていたメイサは、いつになく力強い眼差しを向けてきて。
話半分で聞いていたから内容はあまり覚えていないが、確か解除には文字がどーのこーのと…意味がわからない。
『うぉわっ!な、なななんだ今の!』
『…槍だな』
『なんつー古典的な罠…』
古典的ではあるが、効果的。
死角から飛んでくるそれは、一般人じゃまず避けられない。
しかしここまで来たからには、避けれて当たり前の仕掛けだ。
不意をついて飛んでくるナイフ。壁から連射される矢。落とし穴に、「フレアロード」のものよりも簡易な地雷。
「賢者の道」は名前だけなら穏やかだが、メイサが作っただけあってトラップが満載だ。
多種多様な呪術の中で、メイサの得意分野は罠系。
本人が豪語しているだけのことはある。そしてさすが指折りの実力を持つ呪術師。手抜きなど見当たらない。
立て続けに降りかかる脅威を乗り越えること数十分、四人が最後の部屋の近くまで来た。
『お、あの扉を開ければゴールだな』
『よっしゃ』
『あー、疲れたー!』
ここが最後の砦だというのに、もうクリアしたように笑う三兄弟。
それを放置しては扉を注意深く見つめていた。
(…これはまた古い文字だな)
古代からある呪術の儀式文字。少し前にメイサが教えたものだ。
かなり懇切丁寧にに説明していたのを覚えている。スパルタともいうが。
『よし、んじゃさっさと三次試験も乗り越えるか』
『だな。なんだかんだ楽勝だったじゃねえか』
『よく言うよ。兄ちゃんたち俺を盾にしてばっかりだったじゃないか』
『『何か言ったか?』』
『………ちぇ』
記憶を掘り起こしているのか、文字を凝視したまま動かないを気にすることなく、三兄弟が扉に手をかける。
ギィ、と重く古ぼけた音を立てて開いていく扉が淡く光り出し。
と、同時に文字が金色から赤へと変化していく。
『扉を通るな!』
『え…?』
鋭い声と、間の抜けたような声。
その二つが響いた直後に扉が勢いよく閉まった。の手によって閉められた。
『な、なんだよ?』
『………この扉、仕掛けが施されてる』
正解だ。気づいたまではいいが、その解き方を見つけられるだろうか。
『この扉に何があるっていうんだ』
三兄弟のうちのひとりの問いに答えず、何故かメモ用紙を取り出して紙飛行機を作った。
何でそこで紙飛行機…と少し呆れたのは一時だけ。
『確かめたいことがあるから通らないでくれ』
『あ、ああ』
そう言い含めて扉を開けて、投げた紙飛行機は何事もなく扉の先に落ちた。
次にもうひとつ紙飛行機を折り、今度はそれにオーラを定着させて投げる。
投げられた紙飛行機は、扉をくぐった瞬間にフッと消えた。
別モニターにこのルートのスタート地点を映すと、紙飛行機が落ちていた。
つまり、この扉はオーラを宿したものにだけ反応する仕掛け。
解除せずに通れば、紙飛行機のようにスタート地点に戻される。
『………他の出口を探すか』
『え、目の前にゴールがあるのに?』
『通る方法はないのかよ』
解除方法はあるんだろうが、それを調べていたら時間切れになる可能性がある。
また、絶をすれば問題なく通れる。だが三兄弟に同じことを求めるのは無理というものだ。
けれどそれを一から説明するのが面倒なのか、三兄弟を見ては溜め息をついていた。
そりゃそうだよな。気持ちはわかる。
『……お前たちじゃ通れない』
『なんだと!?』
『おい、どういう意味だてめえ!』
『そのままの。…どこかに隠し通路とかないか、探すぞ』
現状では、それが最善。
三次試験、足手まといがいたおかげで実力を垣間見れたのはいい。
が、どうにもスッキリしない。コイツひとりだったならもっと早くにクリア出来ていただろうに。
壁や床などを調べ始めた四人を眺めながら、俺はこっそりと息を吐いた。
そう、店長さんものすっごく美人さんなのですよ。
[2012年 4月 17日]