三次試験開始から三日目。
僅かな念能力者の受験生をはじめ、それなりの実力を持つ者たちは早々にクリアして各々が好きに過ごしていた。
トランプタワーを作って遊んでいたり、何をするでもなく座ってたり、寝てたり、他の受験生と話していたり。
そんな連中を時々眺めつつ、クリア出来るか出来ないかギリギリな数名のルートを映して、キーボードを叩く。
管制室から操作することで動く仕掛けは、何も扉を開けたり道を繋いだりといったものだけではない。
中には落とし穴などの一般的な罠もあるわけで、今はそれを次々と作動させていたりする。
いわゆる妨害をやっているわけだが、進もうと思えば進めるはずだ。それだけの実力を持っているならば。
しかし、俺の僅かな期待に応えてくれるようなヤツはいないようだった。
どう進めばいいのかわからず、右往左往している受験生。
壁や床を注意深く調べている者、どうやって進むのか考えている者、諦めたように壁に寄り掛かって俯いている者。
見た限りでは、その誰もがハンターとなるには微妙な実力しか持ち合わせていない。
(……来年頑張れよ)
心の中でだけ呟いて、とりあえず妨害はここまでにしておこうとモニターの映像を他のルートへと切り替えた。
映しだされたのは、トサカが案内中の五人組。最後の問題をどうするかで争っているらしい。
五人で長く困難な道を行くか、三人で短く簡単な道を行くか。
制限時間は残り一時間を切っていて、長く困難な道を選べばどんなに急いでも失格は免れない。
かと言ってもうひとつの道を選べば、五人の内二人が失格ということになる。
仲間割れを狙った問題が多く出される多数決の道。
最後の最後で受験生同士の戦いを起こしかねない状況を作りだす2択。
(念でも使えりゃまた違ったんだろうが……)
たぶんコイツらはここで終わるだろうと見切りをつけて、席を立つ。
三次試験が始まってからほとんど寝ていない。
三日足らずの徹夜で眠気が押し寄せてくることなど普段の自分からすれば考えられないが、睡魔はそんなことおかまいなしに襲ってくる。
ストレスにならないように好きに過ごしていたつもりだが、やはり精神的にキていたのだろうか。
(あー…今なら一瞬で眠れる)
トサカに仮眠を取ってくると言いながら仮眠室へ入り、そのままベッドに倒れこんだ。
2時間眠っただけで清々しいほどに眠気がふっ飛んだ。
蹴り起こしてきたトサカは腹立たしいが、これで存分にゆっくりできると思えばムカつきもどこかへ行く。
聞いた話では三次試験の次は四次試験ではなく、おまけ的な試験を行うようだ。
名前は何て言ったか…軍艦島?そこでさらにふるい落とすのが目的だという。
確かに、もう四次試験に入るというのに受験生2桁は多い。さすが当たり年。
あの島でどんなことをやるのか楽しみ…ではあるが、それを眺めるつもりはない。
三次試験と違って高見の見物ができる状況になるとは思えないからだ。
ちなみに試験官は全ての試験が終わるまで帰宅できないらしい。面倒くさい話だ。
ハンター試験終了まで付き合うことになった俺はライブラリを物色してやろうと足を向けている途中。
この飛行船で本でも読みながら結果を待つとしよう。
「おお、ここにおったか」
「………」
「逃げんでもよかろう」
ライブラリまであと数mというところで背後からかかった声に、俺は足を速めた。
しかし一瞬のうちに回り込まれて、相手と対峙する形をなってしまう。
相変わらずすばしっこい。
「…何の用だ」
「5年ぶりじゃな。何度も電話を入れたというのに、一方的に切りおって」
「そうだったか?」
「ほっほっほっ、冷たいのう。ただいるだけでいい楽な依頼がそんなに嫌か?」
「嫌だ」
「女装のひとつやふたつ、お主なら何とも思わんじゃろ」
「ただの女装なら報酬次第だが……」
誰があんなものを受けるか。
女装自体胸糞悪いというのに、どうしてあれを受けられるだろう。
「……似合うと思うんだがの、ウェディングドレス」
「似合ってたまるか」
そう、ただの女装ではない。依頼内容は「花嫁のふりをしてほしい」というもの。
どこぞの大企業の息子が病気でそう長くないらしく、そして死ぬ前に一度でいいから結婚したいと言い出した。
けれどそいつには想い人はいないどころか……まあ、女性受けしない容姿とのこと。
色んなところに依頼してみたものの、理由は様々であるが断られてばかり。
どうしたものかと話し合っていたときに、身内にこのジジイ…ネテロの知り合いがいたようで。
その人物がネテロにどうにかできないかと相談し……何がどうなったのか、俺のところに話を持ってきたというわけだ。
『ユリエフ、お主ちょーっと花嫁になってみんか?』
………思い出す度に軽く殺意がわいてくる。
「そもそも俺以外でもできるだろ、それ」
「花婿にばれないように、というのが依頼主の意向での。これを成功できそうなヤツはなかなか……」
「だからって何で俺なんだ。女にやらせるのが一番だろ」
「それじゃ普通過ぎてつまらんじゃろ、ワシが」
「……………」
これはあれだ、殴り倒していいと言っているんだ。
さすがに殺すのは大人の事情で実行に移せないが、一発二発なら誰も文句は言わないだろう。
「…ジジイ」
「む?」
「大人しく殴られろ」
瞬時に両手両足にオーラを集めて、ジジイ目がけて拳を突き出した。
当然当たるはずもなくひらりとかわされるが、間髪いれずに俺は蹴り・突き・蹴りと繰り返していく。
その全てを避けられて防がれた。
やはりまだ、天と地ほどの実力差があるのだろう。
「ほほっ、ずいぶん速くなったの」
「余裕でかわしてるヤツが何を言う」
「褒め言葉は素直に受け取らんか。相変わらず捻くれとるのう」
「うっせえよ!」
さらに攻撃をスピードを上げる。
トリックタワーで慣らした甲斐あって、体は思い通り動いていた。
けれど一撃も入らない。
最後に手合わせしたときよりも自分は強くなっているはずなのに、それでも敵わない。
「…ふむ、そこそこ使えるようになったようだが…まだまだ甘いわい」
「っ!?」
空気を裂くように鋭く回した足がバシッと跳ね除けられ、間合いを詰められる。
一気に膨らんだ相手のオーラにヤバいと思った直後、世界が反転した。
「――っ!!」
背中に走る衝撃。オーラで防御していたとはいえ、痛いことには変わりない。
以前ならすぐに起き上がって反撃したが、今回はもうやる気が失せた。
何馬鹿な真似をしてるんだ俺は。
ゆっくりと体を起こし、間合いを取って立つジジイに目を向けた。
「もうお終いかの?」
「めんどくさくなった」
「いきなり仕掛けてきておいて、自分勝手じゃの」
「ふん。…依頼は受けねえからな」
「かまわん。依頼はとっくの昔に終えておる」
別の者に頼んでな、と朗らかに笑う老人。このクソジジイ、先に言えよ。
怒り損戦い損であるが、あの依頼が消えてくれたと思えばマシな気分になった。
「…ん?じゃあ何で声かけてきたんだ?」
「用がなければ声をかけてはいかんのか?」
「用があるから声かけてきたんだろ。今回は」
「ほっほっ。いや何、頼みたい事があっての」
「他を当たれ」
「まだ何も言うとらんじゃろうが」
聞かずとも答えは決まってる。ジジイの頼みは聞かない。これが俺の答えだ。
例えそれがどんな内容であろうとも……。
「まあ、まずは三次試験の試験官、ご苦労」
「二度とやらねえ」
「ついでと言っては何だが、四次試験も頼むぞ」
「……はあ?」
四次試験?頼むとは、試験官のことか。
ようやく終わったのに、引き続き試験官をやれと。
何だ、そんなに人手不足なのか?
「…試験ごとに試験官がいるはずだろ」
「四次試験は受験生ごとに試験官を配置するんじゃ。本当ならラフィーくんに頼むはずだったんじゃがな」
(……なんでこうなる)
ゆっくりしようと思ってたのに。
四次試験までは三、四日空きがあるとはいえ、些か憂鬱である。
「どうせ本でも読んでだらだらと過ごすつもりなんじゃろ。少しは満身創痍になるくらいに動かんか」
「だるい」
「真面目にやるならここのライブラリにある本を全て君にあげよう」
「月末に届けてくれ」
「交渉成立じゃな」
本はいくらあってもいいものだ。
それに、奇想天外な方法でタワーを攻略したらしいあの五人組を見るのも悪くない。
というわけでトリックタワー編終了。亜柳さん、素敵なお話をありがとうございます!
リッポーをトサカと言い続けるユリちゃん素敵(笑)
[2012年 4月 17日]