−ケーキ屋視点−

「いらっしゃいま・・・・あ」
「・・・・・・?」

 挨拶する前に止まっちゃったよ、どうしよう・・・・・・!
 気を取り直して、笑顔を作る。金髪のお兄さんと並んできた青年。今日は弟さんと一緒ではないみたい。
 店長から隠し撮りを見せてもらっていた私は、その青年ふたり連れに、一瞬営業モードから素に戻ってしまった。
 すごく、カッコいい。なんだろう、弟さんと一緒に来てるときは『お兄さん』な雰囲気の彼も、なんだか、ちょっと、イメージが・・・・・・。

「ご注文はお決まりでしょうか」
「んーと、俺、ティラミス。あ、茶葉って種類ある?」
「はい、アールグレイとアッサム、セイロンを取り揃えておりますが」
「じゃ、俺、アッサムで」
「あれ、俺いつも淹れてもらってるの、なんだっけ」
「基本アールグレイをお出しすることになっていますが、ご希望がございましたら」

 お伺いしますが? そう続けた。
 基本、茶葉はアールグレイ。希望を出されたときのみ対応、がうちのスタイル。
 常客となれば、希望する茶葉を仕入れることもある。ホンムータンなんてのも一時期あったくらいだ。

「ん、いい。いつものが美味いし。今日のオススメは?」
「今日はミルフィーユが最高に似合うと店長はいってます」
「じゃ、それで」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」

 基本淹れてるアールグレイとアッサムは微妙に淹れ方が違うのだけれど、いつものが美味い、とさらっといってくれた彼の言葉が嬉しくて。
 それだけでスキップしそうになる自分を抑えて、カウンターに戻る。

「ん、アッサムかい?」
「あ、はい、お客様のご要望で」
「ふぅん、ティラミスにアッサムね、まぁ、悪くはないけど、僕としては選ぶならセイロン」
「それは店長の好みでしょう?」
「うん、僕の好み。ま、あのお客さん、ミルクティーにするみたいだからいいけど」
「あ、この間いらっしゃったときに、飲み方見てるんですね、店長」
「アールグレイだとどうしてもフレーバーが勝っちゃうから、ミルクティーだとちょっと飲みづらかったんでしょ」
「私、アールグレイのミルクティーも好きですけど」
「それは君の好みでしょ。そろそろいいんじゃない?」
「そうですね、お出ししてきます」

 ふたつのポットとカップ、そしてケーキの皿を一気に運ぶのは危険なので、取り敢えずティラミスのセットを用意する。
 アッサムはミルクとも相性がいいし、ティラミスも、カフェインが強い。ミルクティーで食べるのもありだと思う。
 基本紅茶はストレートで出す店だが、紅茶とケーキとお客様とをみて、ミルクをつけたりつけなかったり。
 ミルクティーで出すことを知らないひともいるくらいだ。アイスティーだって、いわれれば作るのだけれど。
 特に、夏! というとき以外は殆どといっていいほど出ないな、アイスティーは。

「お待たせいたしました。ティラミスとアッサムティーになります。ミルクはお付けしますか?」
「あ、いるいる!」
「ミルフィーユ、すぐにお持ちしますので、もう少々お待ちください」

 音を立てないように気をつけながらポットからカップに紅茶を注ぐと、丁寧に礼をしてそこを去る。
 すぐにカウンターから、ミルフィーユとアールグレイをとってくると、こちらも音がしないように気をつけて置く。

「では、ごゆっくりどうぞ」

 そう声をかけてから、カウンターに戻る。
 片付け終わったティーセットを整理しながら、ふと視線は青年の方へ。
 堅めに焼かれたパイ生地が、適度な抵抗を見せながら、フォークで切られていく。
 よそのは食べにくかったりするが、うちの店長のは、本当に枯葉がほろほろ崩れるように、フォークで切りやすい。
 もろいけれど、フォークで突き刺しても、壊れることのないバランスに、思わず感嘆のため息が出る。

「食べたそうだね」
「・・・・えっ? 私そんなに物欲しそうな顔してましたか?」
「あれ? ミルフィーユ、君の好物でしょ?」
「う・・・・・・」

 そう指摘され、一気に顔が熱くなる。そんな、売り物に対して、ましてやお客様の手に渡ったものに対してそんな物欲しそうな目で見ていたかなぁ。

「僕のミルフィーユ気に入ってくれて、この店にいてくれてるんだもんね?」
「煩いですよ、店長。焼成終わったんですか?」
「んー、いまオーブン使ってるから、時間になるまで、別に常にスタンバらなくてもいいしー」
「他の仕込みはどうしたんですか?」
「もう今日の分は終わってるって。いま何時だと思ってるの?」

 そういわれて、時計に目をやれば、時は既に今日のティータイムは終わろうとしていて。
 うちは、夜の営業はしていないから、ここから仕込むのは、明日お店に並べるものに関してだ。
 短い営業時間にもかかわらず、うちの店が景気が良いのはありがたいことだが、店長の気ままさ手伝って、いつも経営はみていてはらはらする。

「僕の城だから、そんなに心配しなくても大丈夫」

 作業場に戻っていくときにかけられた言葉は、落ち着いた声で。
 そんなに表情に出てしまっているだろうか、と慌てた。
 そんな折、レジにあのふたりが立っていて、急いでそちらに足を向ける。

「ティラミスセット、本日のオススメセットですね」
「ああ」
「お預かりします、お返しがこちらです」
「ご馳走様、美味かった」
「・・・・・・!」
「いつもありがとう」
「―――こちらこそっ! いつもありがとうございますっ」

 
 常連のお客様を認識することはたやすいことだけれど、まさか、店員の私を認識されていたとは。
 いつも、が、本当に、『いつも』を差すことを理解して、黒髪の青年に頭を下げる。

「また来てくださいっ」

 扉を開けて、外の雑踏に消えていく背中が確かに片手を挙げて、それをひらひらと振ったのを確認して私はもう一度深々と頭を下げた。
 


「よかったね」
「店長! ・・・・・・なにがですか?」
「彼と話してみたかったんでしょ?」
「ばれてました?」
「うん。君は、顔にすぐ出るから。さ、ティータイム終了の看板だして」
「はーい」






天空闘技場のケーキ屋さんは大のお気に入り。
なので闘技場を出た後もよく食べに来たり買いに来たりしていると思われます。
主人公行き着けのお店(笑)素敵な店長に店員さんで、ほのぼのします〜!

[2011年 6月 26日]