お互いに仕事を手伝いあったり、遺跡めぐりをしたり。
彼と時間を共有することが多くなって、その分距離が縮まった。

最近では「お前ら付き合ってんの?」と聞かれるが、その答えはNO。
私はさんが好きだけれど、彼が私をどう思ってるかはわからない。
少なくとも嫌われてはいないと思う。
彼の、私への接し方が明らかに出会った頃よりも優しかったり甘かったりするから。

それならいいや、と思いながらも、心のどこかで関係の進展を望んでいて。

――モヤモヤが少しずつ溜まっていった。










「告りゃいいじゃん」
「それができたら苦労しないよー…はぁ」
「なんでできねーの?」
「それは…」

理由は明確だ。

しかしそれを目の前でケーキをつつく少年…もう青年と呼べるくらいに成長したキルアくんに言うのは悔しい。
…けど、言わなきゃ相談に乗ってもらってる意味ないのよね。うう…。

「…実は、告白とかしたことなくて……」
「はあ?一度も?まさかが初恋とか言うんじゃ……」
「初恋デス。…たぶんだけど」
「たぶんって何だよ」
「恋とかよくわかんないから…ただ、好きだなって思ったりとか?」
「とか?」
「………特別になりたいって思ったり、とか」

恐れ多いと思った時期もあったけれど、想いは育つばかりで。
会う度に好きの気持ちが大きくなって、「ずっと隣にいたい」とさえ思うようになった。

ずっと彼の傍にいられる、彼にとっての特別になりたいと。

「それそんまま言えばいいじゃん。好きだ、とかでも伝わるだろ充分。だし」
「………」

想いを伝えるのに、それ以上の言葉はいらない。
そんなこと、わかってる。
だからと言って、さらりと言えるわけがない。

何度か言おうと試みたけれど、いざそのときになると言葉が出てこないのだ。
たった2文字が喉のあたりまで来て、苦しくなって、引っ込んでいく。

「なんで言えないのかな……。キルアくんだったら言える?」
「俺はー…恋愛とかどうでもいいからわかんね」
「じゃあ、恋愛でなくて、誰かに好きって言える?さんとか」
「……………」

ぐっと言葉に詰まるキルアくん。
言えないんだ。

「伝えるのって難しいね。いろいろ考えちゃうし」
「…つか、お前の場合は考え過ぎ」
「え?」
「どうせ、振られたらどうしようとか考えてんだろ」
「……そりゃ、だって…」
「振られた後のことなんか考えたって、何の得もねえと思うぜ。時間の無駄」
「無駄って…そうかもしれないけどさ。……はぁ〜」

深いため息と共にテーブルに突っ伏すと同時に、がたりと勢いよくキルアくんが立ち上がった。
頭をがしがしと掻きながらの、不機嫌最高潮といった感じの表情。

「っだー!お前ホンット鬱陶しい!急に呼び出したかと思えば恋愛相談とかマジうぜえ!」
「だって相談できそうなのキルアくんしか思いつかなくって」
「アンとかイリカとか本屋のおっさんとかいろいろいるだろ」
「う……」
「俺だって暇じゃないんだぜ。ここ、お前のおごりだからな」
「……ハイ、おごらせていただきます」

大きくなって、ますます眼光が鋭くなりましたこの子!

「別に告白しようがしまいがお前の自由だけどさ、言っとかねえと後悔するんじゃねえ?」
「それ…は、そうかも」
「このままうじうじしてたら、横取りされんのも時間の問題だな」
「よ、横取り?」
「アイツがモテることくらい知ってんだろ」
「……うん。本人には自覚ないみたいだけど」
「基本スルーしてるしな」

そういえば、この前も女の人の視線を一心に集めてたのに平然としてた。
さんにとっては、その他大勢からの視線なんて、ないのと同じなのだろう。
…あれだけ女性の扱いに慣れてて、鈍いなんてことはないと思う。

いや、でも私が恥ずかしがってるのを不思議そうにしてるときがあるし。
彼の言葉に翻弄されて赤くなることがよくあるけど、それを首傾げて見てることも。
え、実は鈍いの?そうだったの?私がどんな思いでいるのか、欠片も察してくれてない?

「ねえキルアくん」
「んー?」
さんって、鈍い?」
「さーな。俺もたまにそう思うときがあるけどさ」
「やっぱあるんだ。…まあ、いくら鈍くてもハッキリ言えばわかるよね?」
「言うのか」
「言うよ。恥ずかしいけど、後悔はしたくないし」

女は度胸だよね、とどこかの映画に出てきた台詞とともに拳を握る。

「言うって決めたんならさっさとした方がいいぜ」
「? なんで?」
「先送りにすればするほど、決意ってのは鈍るもんなんだよ」

なるほど、言えてる。

ハッキリした気持ちがある、先送りする必要はどこにもない。
足りないのは勇気。
キルアくんの言うとおり、私は考え過ぎなのだろう。

関係の進展の望むなら尚更、私自身が動かなきゃ。










キルアくんと別れてから、買い物でもして帰ろうと行きつけの店を目指す。
どこかでイベントでもやっているのか、妙に人が多い。
何なんだろう、と見回しながら進んでいると、引き寄せられるかのように黒髪が視界に入った。

「あれは…」

人ごみの中で彼の姿を見逃さずに済んだのは、それだけさんという存在が私の中で大きいものだからなのだろう。
考え込むように顎に手を当てて何かを見ている。

せっかくだから驚かせてやろうとそろそろと近づいたが。
くるりと振り返った彼に、逆にこちらが驚かされた。

「…ぶう」
「それだけ慎重に近づかれたら、普通気づくぞ」
さんが鋭いんですー」

肩を落とす私に微かに笑って、手招いてくる。
そういえば何を見てたんだろう、と指された場所を見たら。

「新聞…あ。これ、この前行った遺跡ですよね」
「うん。崩れたらしくて、勿体ないなって思ってた」
「そうですね。…あ、でも崩れたおかげで色んな物が発見されたみたいです。…おお、珍しい物が盛りだくさん」
「また今度行ってみようか」
「はい」

遺跡のことが書かれた記事の他には、取り立てて騒ぐような事は書かれていなかった。
真新しい紙の日付は数日前のもの。ということは、私たちが訪れて間もなく事が起きたのだろう。
幸い死者も怪我人も出ていないようだけれど、勿体ない。壁面に刻まれた絵をもっとじっくり見ておくんだった。

「…そうだ、メイサ」
「はい?」
「これから家に行っても平気?」
「はい、大丈夫ですよ。どうぞ」
「ありがとう」
「いいえ。いつでもいらしてください。じゃあ行きましょう」

会話しながら、いつ告白しようかなんて考えていたせいだ。
歩きだそうとして、ドンと誰かにぶつかった。
咄嗟に謝ろうと口を開いたものの、腕を強く掴まれた痛みによって声が出せなかった。

「いってーなあ…って、お。なかなか可愛いな」
「いっ…!」
「ちょっと付き合えよ。ほら」

ほら、じゃないわああああ!!痛いって!

「っ離して!」

力任せに男の手を振り解いて、距離を取る。
こういった輩は非常に短気。
案の定、険しい顔で手を伸ばしてきたが。

「メイサに触るな」

私に触れようとしていた男の手をバシッと叩き落として、私の体を引き寄せる。
片腕だけでこちらを守るように抱きしめたまま、男を鋭く睨みつけた。
ここまで怒りを露わにするさんは初めて見た。

「なんだてめ……ッ!」
「………」
「な、」

男も負けじとさんに殺気を飛ばしていたが、彼の放つそれには敵わなかった。
その場に広がる冷たい空気。肌がぴりぴりする。
真っ向からこれを向けられている男は溜まったものじゃないだろう。

今にも腰を抜かしてしまいそうな人物は、逃げようにも逃げられないといった様子で。
思うように動かない体を引きずるようにしながら、一歩一歩後ずさりしていく。
顔面が面白いくらいに蒼白になってしまっている男。向かってくる意思など微塵も感じられなかった。

それがわかったのだろう、さんはフッと表情をいつも通りのものにした。
途端、痛いくらいだった空気が嘘のようになくなる。

「…さん」
「怪我はない?」
「は、はい。…ありがとうございました」

今まで何度、こうやって助けてもらっただろう。
安心させようとしてるのか、抱きしめて守ってくれる。
私なんかを助けるのに、ここまですることはないのに。

助けてもらったのに、モヤモヤする。
胸が締め付けられて、何だか泣きたい気分になった。

「…メイサ?」

泣きそうになる私の頭を、そっと撫でてくれるさん。

さんが好きだ。
彼の特別になりたい。
誰よりも傍に置いてほしい。

…だから。

す、と体を離して距離を取り、さんを見上げた。

「………さん」
「何?」
「…私、さんが好きです。だから、聞かせてください。私のこと…どう思ってますか?」

「え」と、短い呟きと共に、彼の目が見開かれた。
そこから戸惑いが見て取れたけれど、もう引き返せない。
出てしまった言葉は取り消せない。

答えを聞くことに緊張しているのか、恐怖しているのか。両方かもしれない。
体が少しずつ震えだして、僅かに乱れだす呼吸に気づかれないように口元に手をやった。

駄目だ。泣くのは答えを聞いてからだ。堪えろ私。
堪えなきゃ。ここで泣いたら、もっと彼を困らせてしまう。

「ッ、」

泣き虫な自分を、呪いたくなった。

じわりと歪む視界。
滲んできたものを抑えることができず、私は蹲って膝に顔を埋めた。

名前を呼ばれても、それに応える余裕はない。
せめて一秒でも早く涙を止まるように、零れだしそうな感情を押し留めていく。

なのに。

「大丈夫か?」
「…っすみません、すぐ、泣き止みますから。ごめんなさい」

優しく触れてくる手に、心が軋む。

好きだ。

初めて会ったときから惹かれてた。
誰よりも優しいひと。
フッとどこかへ行ってしまいそうで、だから余計につかまえていたくなった。

行かないで、傍にいて。
彼の隣にいたい。
触れられる距離にいたい。

でも、こんなんじゃダメだ。
今の私じゃ、私の望む位置にはいられない。

「…ごめんなさい。あの、無理に答えなくていいですから」
「…さっきの質問?」
「はい。えと、ホントにごめんなさい」
「もういいから、泣き止んでくれ。目が腫れるぞ」
「す、すみませ、すぐにっ……あ、あれ?止まらない?あ、あのごめんなさい。もうちょっとで…」

ぽろぽろと溢れてくる涙を、必死に袖で拭う。
止まれ涙。
これじゃ嫌われる。面倒な女だって思われる。いや、もう思われてるかも。

「…ごめん、なさい」
「メイサ?」
「嫌わないでくれると嬉しいです。…好きなひとには、嫌われたくないですから」
「……………え、っと……」
「すみません、勝手に泣いて、変な質問するし、困らせちゃいましたね。もう、大丈夫です」
「あ、うん」
「じゃあ私、これで失礼しますね。ホントにごめんなさい。今度お詫びします」
「あの、メイサ」

頭の中がぐるぐるとして、上手く思考できない。
これ以上変なこと言う前に別のとこに行かなくては。
気持ちを落ち着けて、今日のお詫びを。

止まらない涙を拭い続けながら、走り去ろうとしたけれど。
腕を掴まれたことでそれは出来なくなった。
早くどこかに行きたいのに、という気持ちを隠すように俯いたまま少しだけ振り返った。

顔を見たら、いよいよ涙が滝のように出てきそうで怖い。

「あのさ」
「は、はい」

名前を呼ばれたわけでもないのに、心臓が大きく脈打った。
思わず声が裏返ってしまったけれど、そんなことを気にする余裕は全くなく。
両頬を手のひらで包み込んで、視線を合わせてくるその動作に、さらに胸が高鳴る。

「あの、さっ…顔が近いです」
「…俺なんかを、好きになってくれてありがとう」
「へ」
「俺も、メイサと一緒にいたいと思ってるよ」
「は、え、……ええええええええ?!」
「……そんなに驚くことか?」
「いや、驚きますよっ!え、えっと、あの、ホントに?私の幻聴とかじゃ」

ふるふると首を振って、これが自分の気持ちなのだと頷くさん。
夢なのかこれは。浮かんでくるありきたりな考えは、頬に触れるぬくもりが否定してくれた。

「色々と迷惑をかけるかもしれないけど、傍にいてほしい。メイサの人生を丸ごとくれないか」
「………………人生、丸ごと?」
「ああ」
「あ、の…それ、は…」

プロポーズですか。とは聞けなかった。
顔に熱が集まって、目眩がしてくる。彼との距離が近すぎるのも要因のひとつだ。

私の言葉を待っているのだろう、見つめてくるさん。
答えは決まっているものの、どう伝えればいいのか上手く言えない。
でも、きっと。上手く言えなくったって伝わるはず。上手く言わなくても、ありのままの気持ちを言えば。

さん、あの…私、さんが大好きなんです。ホントに」
「うん」
「だから、その、私なんかでよければ…えっと、ずっと一緒にいてください」

視線を泳がせながらの私の言葉に、照れたように笑って。

「…ありがとう」

頬から手を離して抱きしめてきた。
今度は幸せで涙が止まらないんですが、どうすれば。









<おまけ>

「あの、さん。そろそろ離してくれると……」
(……どうすんだ俺。いや、メイサは受けてくれたけど。勢いでプロポーズとか…アホだ)
「あのー」
「ごめん、もうちょっと」
「え、あ、…はい」
(もう考えても仕方ないよなー。言っちゃったし。気持ちに嘘はないし)
「………」
(頑張ろう。せめてメイサが泣かないように。…って、今も泣いてるのか。あ、あれだ。悲しませることがないように、だ)






呪術師シリーズ、プロポーズ編!
企画の「新婚生活」から派生したお話を亜柳さんが書いてくださいました…!(感涙)

うおぉ、まさかのプロポーズ…というか告白風景を見られるだなんて。
っていうかヘタレめ!女の子に言わせてどうする!自分から言え…!
………結婚を前提にお付き合いをするあたりは古風ですね、じーちゃんの教育の賜物か。

亜柳さん、ありがとうございますー!!

そんでもってお礼の小話

[2012年 9月 11日]