去年のように店長に預けたとして、それが無事に彼の手に渡る可能性は正直微妙なところ。
だからと言ってあげないという選択肢を選べるわけもなく。
どうせなら直接渡せたらいいなあ…と、そんなことを考えていたのはバレンタインのひと月前のことだ。

そして、渡したい以前に受け取ってもらえるかどうかわからないじゃないか、と思ったのが2月に入ってから。
こうなったら本人にお願いしてみようと連絡を入れたのが数日前。
返信がきたのは、その次の日だった。


『俺でいいのか?だったら、楽しみにしてる』


……言ってよかった…!!
もちろんいいに決まってる!

そんな感じで始まったバレンタインの準備。
どんなチョコにするか、チョコでなくても全然アリらしいから別のものでも作るか。
ん?既製品?やなこった。手作りがいいんです私は。

レシピを探したり、調理に失敗したり、ラッピングに悩んだり。
去年よりもわたわたしたものだった。でも、楽しかった。

そして今はもっと楽しい気分だ。
わくわくするというか、心が弾むというか。
一足先に店長にチョコを渡しに行ったときは「その締まりのねえ顔をなんとかしろ」と呆れられた。
まあ店長の小言はいつものことなので置いといて。

バレンタイン当日。私はさんに指定されたお店へとやってきた。
天空闘技場の近くにある、すごくおいしいと評判のケーキ屋。
しかしさすがバレンタイン。女の子だらけだ。
ケーキなどをお持ち帰りするお客や予約していたケーキを取りにきた人たちがズラリ。お店の前にも以下同文。

非常にごたごたしていて、当たり前かもだが満席だった。
さんを探すけれど、姿が見えない。と思ったら声がかけられる。

「メイサ、こっち」
「え?」
「右見て」
「右……あっ」

カウンターの中にいらっしゃった!?え、実は従業員?
驚きながらも人の波をくぐってさんの方へ行く。
…行こうとしたが。

「わっ、と…」

ぞろぞろと移動する女の子組にぶつかりそうになって、数歩下がった。
…なんか今睨まれた気がする。現在進行形で睨まれてる気がする…!
なんでだ。私、何かしたっけ。いやいや、彼女らとは初対面だし。

「…大丈夫か?」
「あ、はい。…ってさん?あの、手」
「ここだと邪魔になる。外に行こう」
「は、はい」

いつの間にかカウンターから出てきていたさんに手を引かれて、お店の外に出る。
今は混んでしまう時間帯なのか、お客が帰ってはまた新たに入ってきて。
席に座ってスイーツタイムな人たちは動く気配がないように見える。

……にしても、さっきからチクチク痛いものを感じるのは気のせいじゃないよね。
視線が痛い。何もしてないのに睨まれるってどういうこと。
うーん、いつもならどうでもいいと思うんだけどなあ。殺気染みてて正直鬱陶しいよこれ。

なんて考えてると、さんがぴたりと立ち止まって振り返った。
よし、視線はもう気にしないことにしよう。それがいい。

「あの、あそこってさんがよく来てるっていうお店ですか?」
「うん。昨日と今日だけ手伝いにきたんだ」
「手伝い…。バレンタインだから忙しいんですね。給仕ですか?」
「いや、簡単なことを少しだけ。表にはあまり出ないようにしてるよ」
「そうなんですか…」

接客が得意じゃないのかな?
笑顔が基本だし、営業スマイルも難しいのかもしれない。

「来てくれてありがとう、メイサ」
「へ?え、あ、いえ。もともと私がお願いしたんですから、こちらこそありがとうございます」

結局どんなものを作ればいいのか決められなかったので、いろいろ作ってみた今年のチョコ…というか、お菓子の詰め合わせ。
トリュフ・生チョコ・ブラウニーやマフィンなど、詰め合わせだからそれぞれのサイズは小さいけれど、この種類なら充分だと思う。

「よければ、受け取ってください」
「…うん、ありがとう」
「余ったらキルアくんあたりにあげていいですよ」
「そうだな。喜んで食べると思うよ」
「ふふっ」

本当はキルアくんにも作りたかったけれど、最近音信不通なので諦めた。
さんに託すという手もあるけどね。そこまでして渡すというのも気が引ける。
まあいつか機会があったら渡すとして、今回はさんへのチョコだ。
渡せてよかった。

「俺も何かあげられたらよかったんだけど…ごめん」
「いえ、気にしないでください。こうして受け取っていただけただけで嬉しいです」
「…じゃあ、ホワイトデーに何か贈るよ」
「え」
「何か欲しいものはある?」
「……え、っと…あのでも、ホントに何も…えっと、私は……」

な、なんか言いたいことがまとまらない。上手く言えない。
お返しをしてくれるという、その気持ちだけで嬉しい。
別に何もお返しがなくっても、今この時が幸せで。それだけでいいのに。

でも、さんからすればお返しをしたいのだろう。それはわかる。
じゃあ私はそれを受ければいいのかな。それも何か申し訳ないんだけど。

「その…今みたいに、お話ができたら私は嬉しいです。物を貰うよりも、その方がずっと」
「それだけでいいのか?」
「もちろんです。私、さんと一緒にいる時間がすごく楽しいんです」

彼の傍は居心地がいい。
出会った頃には恐怖さえ抱いてしまった声や雰囲気は、今は私を安心させる。
お返しはいらないみたいなことを言ったけれど、実はほんの少し望んでいたりする。

少しでも多く、長く。彼の優しさに触れられる時間がほしい。

「――なら、ホワイトデーに時間をもらえるか?」
「え?」
「お返しにもならないと思うけど、何か御馳走する。一緒にご飯でも食べに行こう」
「………」
「あ、それとも作った方がいいか?それならそうするけど」

「…って食事って決める必要もないよな……」なんて呟きが聞こえた。
一緒にご飯。去年、天空闘技場で御馳走になったのとは違って、もしかして今度は二人で?
いや、そうと決まったわけじゃない。早とちりしないように、私。

でも、一緒にいられるんだ。
そう思ったら、胸の奥がふわふわと暖かくなった。

「メイサ、どこか行きたい所とか…」
「…タクミさんと一緒ならどこでも」
「………そう。じゃあ、決まったらまた連絡する。それでいいか?」
「はいっ!待ってます!」

なんだろう、不思議な気持ち。それはさんといる時に感じるもの。
彼と一緒にいられることがこんなにも嬉しい。

どうして、なんて問いかけを何度しただろう。
その答えは未だに見つけることはできなくて。

ただ、私の中にあるのは。
さんが大事だということ。
そんなことを口にすれば困らせるだけだと思った。
だからせめて、少しでも伝わりますようにとお菓子に気持ちを込めた。





亜柳さんよりいただきました、呪術師シリーズのバレンタイン話です。
毎年毎年、なんて幸せなヤツなんだ…!

[2013年 3月 7日]