ぼぅっと飛行場で待合をしている、そんな時間はちょっと退屈。
 寄せては去っていく人波を何とはなしに見つめていると、ふと名前を呼ばれた気がした。
 僕の名前を知っているだなんて、ホントに珍しいものだから、聴き間違えかと思って、そのままにしていたら、もう一度呼ばれる。
 挙句の果てには、名前を呼ばれながら肩を叩かれる。ちょっと痛い。

「お久しぶりです。先輩」
「あー、えっと」

 見覚えのあるような気のする少女に、記憶を辿るが、名前が出てこない。
 特徴的な髪の結い方に、確かに見覚えは、あるのだけれど。

「メンチです、メ・ン・チ!!」
「あー、メンチかー、メンチねー」
「そんなこといって、次会った時には絶対忘れてるでしょう!」

 あーうん、思い出した。美食ハンターのメンチ。このうら若い歳で結構秘境まで行ってる。
 美味しいものにはとことんこだわる、まさにグルメ。美味しいものならジャンルは問わないところが僕とは違う。
 僕は結構、甘いもの限定なところがあるからなぁ・・・・・・。

「どこかに行かれるんですか?」
「あー、うん。ちょっと出回らないハーブと香辛料を採取しに、とある場所まで」
「え!? どこですか!?」
「教えないよ。僕のオリジナルブレンドに入れるやつだから」
「配合まで教えてくださいっていってないじゃないですかー」
「でも君の場合、原料わかっちゃったら、配合は自力でわかっちゃいそうだからね」

 そう視線を窓にやったまま告げれば、なにやら妙な悲鳴が聞こえた。
 どうかした? と視線をメンチの方に向ければ、俯いてなんでもないです、と慌てる彼女。
 あー、うん。何でもないならいいんだけど。

「君は? どこからか帰ってきたとこ?」
「あ、はい。ジャポンまで行ってきてました」
「あの島国かー。何か面白いものはあった?」
「やっぱり伝統的な食文化が面白いですよー! もう職人芸とでもいいましょうか! 本で読んだことはあったんですけど、間近で見るとそりゃもう興奮するのなんのって!」

 そういって楽しそうに話す様子は、本当に興奮していて。
 それだけで、本当に行けて嬉しかったんだろうな、というのがわかる。
 確かに、プロの職人の技に直に触れられるのは、僕たち食の求道者にとっては貴重な体験だ。
 より多くの知識と経験を求めて、職人と呼ばれるひとたちに出逢い、そして食材も追及する。
 古今東西のあらゆる『食』と名のつくものであれば美食ハンターは問わないだろう。
 ・・・・・・僕がかなり偏っているだけで。

「今回はまた新しいもの出会えそうですか?」

 隣に座ってこちらを覗きこんでくるメンチに、そうだな、と頭の中を整理する。

「一応、登録されてないものはいくつか目星がついてるけど」
「何で発見したときに申請しないんですかー! 取られちゃうかもしれませんよ??」
「僕以外は興味なさそうだから、大丈夫でしょ」

 『珍食材』『美食』『健康食材』とかいうもので、協会が認可するものもある。
 それを登録したハンターは、それなりの報酬が手に入ったりするのだけれど。
 あまり興味がない。強いていえば、この食材探しの旅費、くらいにしか考えていない。
 あまったのは店の資金繰りに使ってるけど、いまどのくらい溜まったっけかなー。

「実は先輩、結構お金持ってるでしょう?」
「いや、なんだかんだいって定期的にこうやって旅費で消えてるから」

 うん、そんなには溜まってない。定期的な食材探しと、あと研究を集中的にぼんっとやるから、そのときは店開けてらんないし。
 そのときは収入源ゼロの癖して、店の維持費とか、なんだかんだ掛かってくる。
 それを考えると、貯金はした方がいいんだよね。

『これからご搭乗をご案内しますのは―――』

 アナウンスが流れて、搭乗チケットを確認する。

「じゃ、僕はこれで」
「またケーキご馳走してください!」
「君はもう収入あるんだから、ダメ。僕の店に食べに来てくれたら、喜んでお客さんとして迎えるよ」

 ひらひらとメンチに手を振って搭乗口を目指す。
 ここからこれに乗って、さらに乗り換えて、船で向かう。
 結構な奥地だから、移動するのも骨が折れる。
 まぁ、改良する余地がないほどに完璧な配合が見つかったときには思わず身震いしてしまったけれど。
 ほとんど麻薬に近い、病み付きになる、でも決して表には主張してこない味と香り。リピート率が高いのはそのせいかもしれない、と遠くを見る。
 ひとの本能が欲しているものなのかもしれない、快楽と脱力。
 筋肉を緩め、楽しい気分にさせるこの配合は、あと一歩踏み込んで使用する用途や量を間違えば、本当に麻薬指定が付くかもしれない。
 だかど、まぁ、ひとつの品種だけでは出せない上に、巧妙な配合が必要とあっては、誰も手出しはしないだろう。
 マイクログラム単位で効果が変わってしまうその配合は、すべてこの頭の中。
 研究してきた紙はすべて燃やした。あまりにも危険すぎる、そう思ったから。
 もったいないでしょう? 他のひとに研究とられちゃうの。
 いや、まぁ、この配合が他の麻薬と決定的に違うのは、副作用がほぼ皆無、ってことだ。
 食べた商品を想起させるものがなければ、購買意欲はほぼないと思う。禁断症状なんてものはない。
 それと、摂取すると集中力が増すしね。こういってはなんだけれど、いい意味で力が抜けて、いつも以上の力が発揮できる。
 麻薬のような、そうでない、魅惑の、黒魔術でできたような不思議な配合。
 ま、僕は黒魔術は使ってないけどね。美味しくする魔法の調合してるだけ。

『それでは、出発します』

 飛行船のアナウンスで、僕は眠りについた。







 店長が長い長い休みに入って、暫く。
 いつもの店に顔を出した後、貧血で倒れそうになる。

「うぅぅーーーっ」

 店で働いている最中は、殆ど店長が体調を管理してくれている。
 顔色が悪いと思ったら、即座に何か食べ物を与えてくれる。
 それが何なのか、私にはわからないのだけれど、とっても美味しくて、食べた後は不思議と体調が回復している。
 さすがに風邪とかを引いてると入店禁止、と怒られるのだけれど、それ以外の体調不良は、店長の作る『お菓子』が私を癒してくれる。
 それなのに。

「店長ーーー、早く帰ってきてください・・・・・・」

 グラグラ揺れる視界に、思わず小さくそんなことを呟けば、視界が陰る。

「イリカ、こんなとこでどうかした?」

 背の高い、黒髪の青年に、声をかけられる。
 店が休みだったから、あの日から彼にも会ってなかった。

「・・・・・・・お久しぶりです、さん」
「あー、うん。具合でも悪い?」

 そうやって訊いてくれるさんの表情は、いつもと変わらないようでいて、少し心配そう。
 ああ、心配かけてしまったんだ、と思って、すみません、と口にすれば、首を横に振られる。

「体調悪いときは誰にでもあるから。謝らなくていい」

 そんな言葉をいってくれるさんがすごく嬉しくて。
 私は表情が緩むのを止められなかった。

『ピリリリリリリリリリリリ』

 幸せな瞬間が永遠に続くかと思われたとき、私の携帯が鳴る。
 急いで取り出して確認すると、店長からのメール。

「・・・・・・?」
「店長です。もう、お店に帰ってるって」

 少し首を傾げたさんにそう告げて、お店に行ってみましょう、と誘う。
 私が歩き出せば、さんもついて来てくださって。
 少しだけくらくらしながらも、きちんとお店にたどり着ける、そんな気がした。






「よし、これで完了」

 イリカにメールを送信して、暫くぶりの器具たちに挨拶する。
 調合を終えた瓶を棚にしまって、一通りチェックを済ませる。
 いや、まぁ、今回もいろいろ遭ったけれど、五体満足で目標達成、お疲れ様、自分。
 こんなことしてると、普通のパティシエよりも危険度が増すけれど、やはり自分の納得いく食材を集めたいから、やめられない。
 納得いく食材は、一般人が立ち入ることが許されない地域に在ったりするものもあるから、ライセンス取ったわけで、特に深い意味はない。
 僕の体力なんて、ホントに一般人に毛の生えたレベルだろうしね。今回もよく生き残ったよ、ホント。
 そういえば、メンチが僕のアドレス勝手に知ってたけど、どこから入手したんだろう。ま、いいけど。
 入口のドアが開く音がして、そちらに視線を向ければ、イリカと見慣れた青年が入ってくるところで。
 
 ん、なんで一緒にいるんだろう。

「店長、お帰りなさい」
「うん、ただいま。貧血?」
「あ、わかります?」
「前回のときから考えてそろそろかな、と思ってた。極力間に合うように帰ろうって」
「・・・・・・スミマセン」
「気にしないの。ほら、これ食べて。」

 そういって差し出したのは、奥地で女性の体に良いと伝えられているものを僕なりにお菓子に使用したもの。
 成分がものすごく高濃度で効果が高いから、少量でも摂取してれば、貧血とかには良い。
 今回は、この薬草を協会に申請してきたんだけれど。
 イリカが血を採取されたあとに摂取して、確実に体調がいいみたいだから、実証としては充分だよね。
 まぁ、成分や効果なんかは、協会が改めて確認して認可するんだろうけど。

君がイリカをここまで安全につれて来てくれたんだね、ありがとう」
「いや、俺は別に」

 そういって視線を落とす彼に、どこまで知っているのか問いかけたくなったけれど、ここでは無粋かな、と考え直す。
 とりあえず、イリカはいないときの方がいいよね。当事者だし。

「せっかく来たんだ。旅先で焼いた新作クッキーでも食べるかい?」

 そうやって微笑めば、彼は頷いてくれる。
 さて、じゃあ、紅茶を淹れてこようかな。
 イリカの身体が特殊なことは、それ故にその血も、細胞も、高い値で取引されることは、取り敢えず、いまのところ、知らないってことで済ませてあげる。





まさかのメンチの先輩!というかハンター!
普通じゃないとは思っていましたが、身近にそんなすごいひとが、という(興奮)
…ということは店長も念を使えるわけで。…なんだろう、お菓子作りに役立つ能力だろうか。

そして店員の彼女もどうやら普通ではないようです。
主人公、常連としてだいぶ優遇されて幸せだろうなぁ…甘いもの沢山食べられる(笑)

ケーキ屋シリーズが楽しみで仕方ありません。海梨さん、本当にありがとうございます〜!


[2011年 8月 16日]