プロローグ

まだわずかに雪の残る校舎。
今年は名残雪が降ったため、雪化粧の卒業式だった。

いやもうさ、卒業生入場ってアナウンスが聞こえてくるまで寒かったのなんのって!
がたがた肩を震わせるのを必死に我慢してたら、隣りに並んでた奴が呆れた表情で見てきた。
いいだろ、ものすっごい寒かったんだからさ…!卒業式だからって、セーター禁止ってどういうことだよ。
いくら体育館にでかいストーブあるからって、あれは保護者席しかあっためないんだぞ。

世の中の不条理を感じながらも、長い長い卒業式が終わって。
ついにこの高校ともおさらば、と感慨深く校舎を見上げる。
三年間、お世話になりました。…これといって特別な思い出はないところが切ない。

「これで卒業だな」

声をかけてきてくれたのは、俺の数少ない友人…友人って言っていいよな?
高校生連中からはどこか浮いた存在の、クラスメイトだ。
やたらと大人びていて、背も高く美形。連れ歩く女は見るたびに違う。
たまに包帯してるとこも見かける、けだるげな人物。

最初は怖い奴なのかなーって思ってたんだけど、話してみるとそうでもなかった。
人付き合いは避けてるっぽいけど、実は面倒見がよくて好きなものに対する集中力はすごい。
微妙にうまく人付き合いのできない俺のことも、よく気にかけてくれるいい奴だ。

「長かったような、あっという間だったような」
「俺は窮屈だった。大学で少しは自由に過ごせることを願うよ」
「…充分自由だったろうに」

あんだけ女遊び激しくて自由じゃないってどういうことだ。
男として何もかもを持っているように見える友人に、羨望の眼差しを送る。
くそう、俺だっていつかは可愛い彼女をだな!

「あの」
「?」

可愛らしい声が聞こえてきて、妄想が幻聴まできたしたのかと驚いた。
ぱちくりと目を瞬くと、こちらを見ていた友人がちらりと俺の背後に目を向ける。

ん?後ろ?

「………」
「あの、急に声かけてごめんね。私隣りのクラスだったんだけど、覚えてる?」
「……あぁ」

覚えてるも何も、うちの学年のマドンナじゃねえかー!?
なんだ、彼女がいったい俺に何の用があるってんだ。え、ちょ、どうしたらいいの?

あ、もしかしていま傍にいる友人に声をかけたいけどできないとか?
それで俺に橋渡ししてほしいとかそういう…いや、こんだけ近くにいるなら直接声かけろって。
………あれ?そういえばこの子って、あいつと…。

「卒業でもう会えないかもしれないから、その前に言いたくて」
「?」
「私、あなたのことが好きなの。よかったら、付き合ってほしいんだ」

そうかそうかーやっぱりあいつのことが好………………。
ん?いまおかしな単語が聞こえた気がするぞ。「あいつ」じゃなくて「あなた」?

「………俺?」

信じられなくて声かすれちゃったよ!めっちゃ恥ずかしい!
ほら、彼女も微妙にびくってしちゃってるじゃん。うわーん、慣れてないんだよこういうのー!
どうしよう、どうしよう。いやでも、あのさ、この子って。

…一ヶ月前まで、後ろに突っ立ってる友人と付き合ってなかったか?

確か学園のマドンナまでもが毒牙に!と男連中が騒いでた。
ああ本当に節操ねえなあいつ、と呆れていた記憶もある。なのに俺に告白って。
たった一ヶ月で別れたってことか?いくら人気者同士でもあんまりな。
あ、それともこいつに振られて、腹いせで俺に告白してきたとか……とばっちりじゃねえか。

そもそも、こんなに可愛い子が俺に告白してくる理由がわからない。
あれかなー、卒業最後の思い出にドッキリでもやろうとか、そういうことかなー。

となると、告白をOKした時点で「ドッキリでしたー!」とか他のメンバーが出てくるのか。
…なんて悲しい卒業の思い出だそれは。
いかんいかん、高望みしたら身を滅ぼす。うん、俺は普通の女の子が彼女になってくれればいい。
だいたいドッキリやられたって、良いリアクションはできないよ俺。せいぜい硬直するぐらいだよ。

「あの…」

あ、考え込んでて答えてなかった。
えっとね、いくら卒業の思い出を残したいとはいえ俺を巻き込むのはやめてほしい。
友人に対するあてつけで俺に告白したなら、もっとやめてほしい。

「…冗談もほどほどにしてくれ」
「!」

びっくり目を瞠っている彼女は、恐らくネタばらしする前に指摘されて驚いたのだろう。
ごめんよ、青春の1ページを刻むことに協力できなくて。
でも俺としては、そんな悲惨な思い出を残したくないんだよ。

というわけで、ここは逃げるが勝ち。
くるりと振り返れば、まだそこに立っていた友人が心底呆れた目で俺を見ていた。
なんだよわかってるよ、卒業式の日までからかわれてる俺に呆れてるんだろ!
もしこれがお前に対するあてつけが理由だったなら、原因はお前にあるんだからな!

友人の横をするりと抜けて校門へと向かう。
すると当然のように彼も隣りに並んできた。

「よかったのか?」
「何が。…お前こそ、よかったのか」
「本気で付き合ってたわけじゃないし」

うわ、肩すくめて言いやがったこいつ。
お付き合いってのは本気でやるものなんだぞ!
いつか本気の相手ができたときに、いままでのことを後悔するがいい。

鬱々とした俺の空気を感じたのか、友人は話題を変えてきた。

「お前は考古学部だったか。競争率高いのによく受かったもんだ」
「…ずっとやりたかったことだからな」
「その研究熱心さは尊敬する」
「お前こそ、歴史好きは筋金入りだろ」
「あぁ」
「……けど、教師を目指すとは思わなかった」
「だろうな、柄じゃないってよく言われるよ。別に俺の夢ってわけでもないし」
「?じゃあ…」
「約束なんだ」

そう言って笑う彼の顔は、とても大人びていて。
こういう表情を見るとき、彼は俺たちとは違う場所に立っているのだと思い知らされる。
だから深く追求することができない。彼と俺との境界を確認することが、怖くて。
結局は、いつものように軽口を叩いて話題を流すしかできないんだ。

「…妹さんたちに恥じない大学生になれよ」
「努力はするよ」

こいつには可愛い可愛い妹が三人もいる。
皆とってもいい子で、兄であるこいつをすごく慕ってもいる。
どういう理由か知らないが、友人には両親がいないらしく彼がひとりで家を支えている。
たまにバイトに行く様子は見かけたが、家族を養っていけるほど働いているわけでもない。
どうやってお金を得ているのか、それは聞かずにいた。たまに包帯を巻いてることと関係がありそうで。
そ、それに、親の遺産とかがあるのかもしれないしな。

いつもの分かれ道に辿り着き、お互いに足は止めずにそれぞれの道を歩き出す。
じゃあな、といつものように手を振って。でも明日はもうこの道を通ることはなくて。

当たり前のように過ごしていた三年間が、ゆっくりと去っていく。
それを友人の背中が表しているようにも思えて、ほんの少しだけ寂しくなった。

まずは男主人公の状況について。

[2011年 4月 1日]