主人公の友人視点。
彼は別館で連載している、創竜伝連載の男主だったりします。
[2011年 4月 1日]
雪の残る校舎から出て、白い息を吐き出す。
三月に入っての雪に、ただでさえ寒い卒業式は極寒となった。
どうせ保護者なんて来ないし、俺は気楽なもんだけど。
こんな中わざわざ体育館に来る親とか来賓の職員とか大変だよな、って思う。
けど教職を目指す俺も、無事にその職を得たら毎年参加する羽目になるわけで。
…それはちょっとばかし勘弁だな、と眉を寄せる。
そうして校門を目指していると、じっと校舎を見上げている同級生を見つけた。
交友関係の狭くて浅い俺の、唯一といってもいいかもしれない。この学校での友人だ。
「これで卒業だな」
なんとはなしに声をかけると、ゆっくりと焦げ茶色の瞳が振り返る。
寒さのためにただでさえ動かない表情が、いまは能面のようになっている。
物静かというよりは、奇妙に貫禄のある気配を感じさせるこいつは、学年でも浮いた存在だ。
口数は少なく、ひとりでいることを好むかのように終始誰とも目を合わせず読書ばかり。
人付き合いを避けている俺からすれば、あまり干渉されない居心地のいい相手だった。
中国史をはじめ様々な歴史を調べることを趣味としている俺とも、似た趣味を持つ。
奴の場合は考古学、という微妙に違うジャンルに興味があるようだが。
「長かったような、あっという間だったような」
どこかぼんやりと呟くそいつは、三年間の高校生活を振り返っているようだった。
俺としては大した思い出もない、ただの通過点のひとつだけれど。
「俺は窮屈だった。大学で少しは自由に過ごせることを願うよ」
「…充分自由だったろうに」
じとり、と睨んでくる視線に苦笑する。
まあ色々とやりすぎた自覚はあるが、それをお前も窘めなかったじゃないか。
高校生でありながら、少々女遊びが激しくて。暴力沙汰に巻き込まれていた俺のことを。
当たり前のように何も言わず受け入れてくれたこと、本当に感謝している。
「あの」
「?」
それを言葉にする前に、こいつに声をかけてきたのは卒業生の女子。
一ヶ月前に一瞬俺と付き合ったことのある、学年のマドンナだ。
可愛らしさを装って上目遣いになる彼女に、友人は何の感慨もない無表情さで見下ろす。
「………」
「あの、急に声かけてごめんね。私隣りのクラスだったんだけど、覚えてる?」
「……あぁ」
淡々と答える様子に、彼女の瞳に落胆の影がよぎる。
自分に声をかけられて有頂天にならない男がいることが、許せないタイプなのだ。
だから一ヶ月前も、俺に声をかけてきた。付き合わないかと。
ちょうど誰も相手がいないところだったからOKして、付き合ったのはせいぜい一週間。
付き合ったといっても、数回デートと外泊をしたのみだ。
その後で私たち別れた方がいいのかもしれない…なんてしおらしく言ってきたから。
ああそう、と別れたのが最後。あのときの彼女の顔はなかなかに印象的だった。
「卒業でもう会えないかもしれないから、その前に言いたくて」
「?」
「私、あなたのことが好きなの。よかったら、付き合ってほしいんだ」
自分の意のままにならない男が許せない。だから自分に見向きもしないこいつに、声をかけたのだろう。
ここまでくるといっそ感嘆してしまう。けれど。
「………俺?」
わずかにかすれた声は、静かな怒りを含んでいるようにも思えた。
無言で見つめる奴からにじむ気配に、彼女がびくりと肩を揺らす。
「あの…」
何かを言い募ろうとする彼女には目もくれず、ただ一言。
「…冗談もほどほどにしてくれ」
「!」
彼女の思惑全てを見透かす言葉に、ただ目を見開くしかできない姿は哀れではある。
しかしそれに構う様子もなく、友人はくるりと向きを変えて歩き出した。
おいおい、そのまま放置かよ。お前って俺より女泣かせなんじゃないか?
けれどここで俺も何も言わず友人を追いかけて校門を出るのだから、同罪だろう。
「よかったのか?」
「何が。…お前こそ、よかったのか」
やっぱり。あの子と俺がわずかの期間でも付き合っていたことを知っていたのだ。
気遣うような声音に肩をすくめ、大したことじゃないとリアクションする。
「本気で付き合ってたわけじゃないし」
その言葉にひそやかに眉をひそめる友人。
なんだかんだで硬派な彼は、俺の女性関係にも物申したいことがあるに違いない。
だがこればっかりは仕方ない、と話題を変えることにした。
「お前は考古学部だったか。競争率高いのによく受かったもんだ」
「…ずっとやりたかったことだからな」
「その研究熱心さは尊敬する」
「お前こそ、歴史好きは筋金入りだろ」
「あぁ」
「……けど、教師を目指すとは思わなかった」
「だろうな、柄じゃないってよく言われるよ。別に俺の夢ってわけでもないし」
「?じゃあ…」
「約束なんだ」
あまり他人に自分のことは話さないが、彼にはするりと言えてしまう。
わずかににじむ重い空気を察知して、それ以上に踏み込まないでいてくれるから。
「…妹さんたちに恥じない大学生になれよ」
「努力はするよ」
ほら、こうやって話題をうまくスライドさせる。
そして脳裏に浮かぶ妹たちに、思わず苦笑してしまった。
数少ない俺の友人のことを、あいつらも気に入っていたことを思い出したのだ。
けれど、高校を卒業したいま、こいつと会うことはもうないだろう。
互いに連絡先を知っているわけでもなく、ただ同じ空間を共有していただけの存在。
いつもの分かれ道に辿り着けば、お互いに足は止めずにそれぞれの道へ。
じゃあな、といつものように手を振って歩き出す。
この友人と過ごした時間だけは、高校生活の中でもいい思い出だったかもしれないと。
そう笑って。
主人公の友人視点。
彼は別館で連載している、創竜伝連載の男主だったりします。
[2011年 4月 1日]