キルアの思い出−天空闘技場にて

それはが不意に酒を買ってきた日のこと。
未成年の俺に気を遣ってなのか、が酒を飲んでいる姿を見たことはなかった。
なのにその日は珍しくワインを手に部屋に入ってきて。
どこか機嫌が良さそうな様子でグラスを取り出してきていた。
…なんだろ、良いことでもあったのか?そんなことを俺は思って首を捻る。

「キルア、いつもの店のケーキ買ってきたぞ」
「え、マジ?やった!」

つまみにケーキを食べるつもりらしいは俺の分も用意してて。
いそいそと同じテーブルに座って、俺はフォークを手にとる。
グラスに注いだワインをじっと眺めたは、ゆっくりとそれに口をつけた。
味わうようにやたらゆっくりと口に流し込み、そして喉がこくりと動くのがわかる。
なんでかじっと見てちゃいけないような気がして、俺は目の前のケーキに集中することにした。

珍しく会話もないまま。
俺はケーキを食べ終えてしまって、おかわりはないのかと箱を覗き込む。
お、モンブランあんじゃん。これ食べていいのか?

なあ、と声をかけようとして思わず止まった。
だってなぜかこっちを焦げ茶色の瞳がじっと見つめていたから。
熱っぽい瞳がやたらと俺を見ている。な、なんだよその目。
思わず顎を引くと、ふっと目を細めたの手が伸びてきた。

するりと手の甲で俺の頬を撫でる。その手の動きが、いつもと違う。
なんつーか、じりじりとさせるようなゆっくりさで………エロイ。

「ど、どうしたんだよ…?」
「キルアのほっぺってすべすべしてるよな。髪も触り心地良いし」
「そ、うかな」
「子供体温で抱き心地良い」
「ちょ」

両腕で抱きこまれ、俺は鼻先をの胸にぶつけた。
な、なんなんだよ…!俺を子ども扱いしてよく撫でたりはするけど、こんなのは初めてだ。
俺の髪にが顔を埋めているのがわかって、身体が急に熱くなる。
なんだよ、本当になにしてんだよこいつ…!

「キルアは可愛いよなぁ」
「うれしくねーよ!!」
「…可愛いもの好きなのに」
「あのなぁ、だからガキあつかいはやめろって」
「そう言うところもまた可愛いんだって」

いつもは見せないはっきりとした笑顔を浮かべるに俺の目は釘付けになった。
するとなぜかの顔がものすごく近づいてきて。

え、と思ってる間に重なった唇。

軽い音と共にすぐに離れたけど、それはあれだ。
ドラマとか映画で見るその…いわゆるキスってやつで。
俺はもう頭が真っ白になった。だって俺もも男だぜ?なのになんで。

混乱する俺には構うことなく、可愛い可愛いと抱きしめて頭を撫でる大きな手。
どうしたらいいんだよ、と柄にもなく泣きたくなった。

ご機嫌なまま俺を抱き上げたにぎょっする。
そんでもってベッドに一緒に入り込んだときにはもうパニックだ。
けどこっちの気持ちも知らずは俺をぎゅーと抱きしめると、おやすみと囁いて。

………本当に寝やがった。

「………もしかしてこれ」

ほのかに香る、ワインの匂い。
少し赤くなってるの頬。すうすうと深そうな眠り。
親父とかじーちゃんがたまにこんな状態で寝こけてる姿を見たことがあった。

つまりこれは。







翌日、目を覚ましたは一緒のベッドにいる俺に首を傾げて。
俺が連れ込んだんだっけ?あれ?と不思議そうに顎に手をあてて考え込んでいた。
へーほー、つまり昨日のことはほとんど覚えてないってことか、へー。

「もうぜってー酒飲むな!」
「………」
「んな悲しそうな顔してもだめだからな!ぜったい、ぜったい飲むなよ!!」

こいつ、昨日のアレは全部酔っ払っての所業だ絶対!
普段はひとに関心なんてありません、って顔してんのに酒入るとあんな。
…あんな風に、誰彼構わずキスしたりそれ以上のことをしたりしてきたんだろう、きっと。
酒も女も、気持ちを紛らわせるにはいいって聞いたことあるし。

…色んなこと忘れたいこともあるんだろうけど、でも俺は。
相手も選ばずあんなことをしてほしくない、って思う。なんか、嫌だ。

だいたい、あれ俺のファーストキスだったんだぞ!!

どうしてくれんだ、本当に。

俺が傍にいる間は絶対にには酒を飲ませない。
そう誓ったのはこの日。

それから数年経ったいまも、俺はこの誓いを破らずにいる。

けどその理由は、俺だけの秘密のまま。ゴンたちに言うことはない。
………ま、あいつの酒癖の悪さはいつかバレるんだろうけどさ。
でもそうしたらクラピカは間違いなく二度と酒飲ませないだろうし、ありがたい。

ほんと、困ったヤツだよな。




キルアの経験談。どうやら彼はキス魔でもあるようです(最低だな)
…でもキルアのファーストキスはキキョウさんにしっかり奪われてると思うんだ。

[2011年 6月 27日]